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010:魔王の素敵な晩餐

 おしおきを済ませて。

 俺はあらためて、チーに説明を促した。


「んじゃー、心して聞くように」


 チーが言うには、神魂覚醒の秘儀に必要なものは三つ。水晶球と、魔王自身の魔力、そして、神魂を実体化させる練成効果を持つ魔法アイテムだ。


「アイテム? 他に必要なものがあるのか」


 俺が訊ねると、チーは、ちょいと何事か思い出すような仕草をしつつ、名前を挙げていった。


「エリクサー。賢者の石。仙丹。……それらのうち、ひとつでもあればいいらしいんだけどねー。どれも、超古代の魔法技術で製造された、いわゆる完全物質ってやつらしいんよ。どんな物質も対価無しに練成するっていう。それで神魂の依り代となる精神エネルギーを作ってあげないとダメなんだって。ただ、完全物質の実物はアタシも見たことないし、どこにあるかもわかんないけど」

「ふーむ。では、それらを見つけ出す必要があるということか」

「そ。まだまだ先は長そうだねー」


 なんだ、残念。しかし取りあえず、研究は進展してるようだし、今はこれでよしとしとこう。アイテムについては、今度翼人どもが来たときにでも聞いておくか。あいつら変なものしこたま溜め込んでるから、心当たりがあるかもしれん。


「わかった。引き続き、研究を頼む。アイテム探しはこちらでやろう」

「承知したよ。で、魔王ちゃん、今回のご褒美ちょうだい、ご褒美っ」


 目をキラキラさせながら、おねだりしてくる。こういうところがお子様っぽくて、いまいち大魔術師って感じがしないんだよな。実はそこが曲者でもあるんだが。


「何が欲しいんだ? いっとくが、俺の正妃になりたい、はナシだぞ」


 これまで、こいつは何度もそれを要求してきた。しかも毎回、目がマジだ。


「……ケチ。いいじゃん、それくらい」


 よくない。まだ諦めてないようだな。

 魔王の正妃ってのは、魔族のなかでは魔王に次ぐ権力者だ。初代魔王も先代魔王も正妃を娶っている。特に先代の正妃は、旦那以上に権勢を振りかざして、しばしば宮中を混乱させたようだ。カカア天下ってのはどこの世界にもあるもんだな。俺は面倒だから正妃なんて置いてないし、今後もそのつもりはないんだが、チーは、あわよくばと、その座を狙っている。見た目はこんなでも、チーは六百歳の古狸。中身はドス黒い野望渦巻くババァだ。油断できん。


「じゃあ、……アタシ、魔王ちゃんの子供が欲しいなぁー」

「産めねーだろその身体じゃ」

「やってみないとわかんないよ?」

「わからいでか」

「しょーがないなぁ。じゃ、今回は黄金千斤で勘弁したげるよ。あと、魔王ちゃんとデート権」


 デート権って……。いかつい魔王と外見幼女なリッチーがテーブル挟んでメロンソーダ飲みながらキャッキャウフフとか、お手々繋いで遊園地とか、なんか嫌だぞ。なんか。この世界に遊園地はないけど。


「金のほうは、すぐにでも用意してやる。しかし、デートと言われてもな」

「あー、心配しなくても、一緒にゴハン食べようってだけだよ。魔王ちゃんって、そういうの全然向いてないもんね。欲望に正直すぎるし、不器用さんだし。紳士的に女をエスコートとか、逆立ちしても無理でしょ」


 そう言ってチーはからからと笑った。なんか凄く酷いことを言われてる気がするが、反論できんのがなんとも。


「わかったわかった。じゃあ、後で一緒にメシ食いにいくか。その前に、お前は風呂入ってこい」

「えー? たかが半月入ってないだけだし。こんくらい、全然平気だよ」

「そんななりで食堂いったら、畑中さんに叩き出されるぞ」

「うー……。わかった。じゃあ、また後でねー」


 チーはパタパタ手を振りながら、玉座の間から出ていった。

 いつものことだが、なんとも掴みどころのないババァだ……。





 晩メシはローストビーフ定食。

 俺とチーは同じテーブルに向かいあって、しばらく黙々と食い続けた。だって旨いんだもん。トロトロに柔らかい牛肉の舌触りときたら、もうお口の中が極楽浄土。


 ちょっと離れたテーブルでは、ミノタウロスのミーノくんが、同じものをオフオフいいながら食っている。共食いじゃねーのかそれ。


「そういやさ、ここらへんは、まだ寒波の影響は及んでないみたいだねー」


 付け合せの茹でブロッコリーをかじりながら、チーが呟く。


「寒波? 何のことだ。今は夏だぞ」

「うーん。アタシが行ってた北のほう……旧魔王城あたりは、こんな季節だっていうのに、なんかずいぶん気温低くてねー」

「冷夏ってやつか」

「そんな生やさしいもんじゃないよ。ほんと寒かったし。雪降ってたし」

「なぬ、雪? 本当か」

「うん。アタシも長いこと生きてるけどさ、この時期に雪なんて見たのは初めてだよ。例年なら、竜の群れがあのへん飛び回ってるのに、全然見かけなかったし。多分、寒くて巣穴にこもっちゃったんだろうねー」


 旧魔王城の付近は竜の生息域になっている。この世界の竜は、モンスターの一種とみなされることもあるが、実際は単なる野生動物で、性格もおとなしく、魔族とも特に関わりはない。成獣で体高五メートルほど。知能は低く、図体ばかり大きい爬虫類だ。ようはでっかいトカゲに翼がついてるようなもんだな。寒さに弱く、冬が近づくと巣篭もりする習性がある。とはいえ、今は夏だ。


「むう。確かに異常だな……」


 旧魔王城一帯は、もともと山岳と原生林に囲まれた僻地だから、産業も何もないが、今後、もしその寒波とやらが南下してくれば、食糧生産に悪影響が出かねない。稲もこれから熟してくるというのに。米不足とか嫌だぞ。


「そんときは、魔王ちゃんの魔力でなんとかしてよ」

「できるわけねーだろ……」


 魔王といえど、万能にはほど遠い。せいぜい雷を降らしたり、ちょいと地震を起こしたり、でっかい火の玉をつくれる程度。地震カミナリ火事魔王ってか。さすがに天候までどうこうできるほどの力は持ち合わせていないのだ。確かに少々気にかかる事態ではあるが、現状、手の施しようがない。


「せいぜい、こっちまで影響が出ないよう、天に祈るしかないな……」


 そこへ、畑中さんが、新たな皿を持って俺らのテーブルへ歩み寄ってきた。


「しば漬けを作ってみたんですよ。いかがです?」

「お。いいねー。……おお、しっかり漬かってる。旨い」


 俺がポリポリうまそうに食ってるのを見て、チーもつられるように、しば漬けを口に放り込んだ。


「あっ、おいしいねーこれ! ゴハンにすっごい合う!」


 嬉しそうな声がはじけた。無邪気な笑顔は、本当に愛らしいお子様そのものだ。ババァだけど。


「お口に合いましたようで、何より。いやー、しかし凄いものですな、あの漬物石は。本当に一分かそこらで、どんなものでも漬かってしまうとは。味のほうも、普通に漬けたものより、ずっと良くなりますし」


 畑中さんが上機嫌で言う。そうだろうそうだろう。これからはこんな旨い漬物がいつでも食えるんだ。翼人どもには感謝しないとな。


「漬物石?」


 チーが訊ねる。俺はちょっと自慢げに説明した。


「翼人どもが持ってきたんだ。魔法がかかってる漬物石だってな。どんな野菜も、あっという間においしいお漬物になるんだぞ」

「へえ、魔法が……」


 と、応えてから、チーは軽く首をかしげた。


「……ねー、それって、なんか呪文とか唱えながら漬けるの?」

「そうだ。おいしくなーれ、おいしくなーれ、ってな。そうすると、本当においしくなる」

「……」


 チーは、なにやら考え込むような顔つきになったが、おもむろに俺の顔を見つめて、ぽそっと言った。


「それ、賢者の石じゃん……」


 俺は、つい、持っていた箸をとり落としてしまった。



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