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神様と居候  作者: 透水
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第五話

「…………」

 誰かの声が聞こえる。ごにゃごにゃしてて、何を言ってるかはわからない。

「……さ…………」

 わずかに鮮明になった。誰だろう。

「広直さんってば!」

「ぬあ!?」

 突然顔の上で叫ばれて、俺は跳ね起きた。自分でもこんなに腹筋が強かったのかと、感心してしまうくらい。そして同時に頭に激痛。詳しく言えば、脳の前頭葉にあたる部分に。

「ってて……。あれ、慶喜?」

 額を押さえて床にうずくまる部屋の主を発見し、俺はそいつに声をかけた。

「いったあ~……。あなたすっごい石頭ですね。私頭蓋骨にひびが入るかと……」

 そう言う慶喜の目は涙目だ。よっぽど痛かったらしい。俺ってそんなに石頭なのか?

「あれ、そういやここ……はベッドか。……あ、実砂は!?」

「お隣に」

「お隣にって……わあ!」

 左側は慶喜のいる床だ。お隣とは自然に右側になる。と、そこにはちょうどこっちに寝返りをうった実砂がいた。誰もいないと思っていたところに人がいて、なおかつその人が体重を支える俺の右手に触れたので、また大声を出してしまった。

「どうです? 私のベッド結構広いでしょう」

「いや、そんなのどうでもいいから……。あ、ところでこいつ、クスリは……」

「抜けましたよ。しっかりね。でもあなた、見てたでしょ? 声かけてもさっぱり出て来ないからもしかして……と思ったら、台所で倒れてるじゃありませんか。私非力なんですからね。運ぶの大変でしたよ」

 慶喜はため息をつきながら、おおげさに肩をすくめて見せた。

「ああ、好奇心がわいて、見てた……。そしたら突然、あんときの記憶が戻ってさ」

「じゃ、完全に覚えてるわけですね。私が初めてあなたに会った夜のこと」

「忘れたくても忘れらんねえよ」

 傷跡はないにしろ、蚊以外の生物に血を吸われたなんて、いやな記憶だ。いやすぎてしっかり刻まれてしまった。

「それじゃ、私実砂さんの部屋に行って来ます。多分クスリたくさんかくしてると思うんで。全部回収してきますよ」

「全部? わかんのかよ」

 背伸びをしながら隣人宅侵入を宣言した慶喜を見て、俺はとっさに考えついたことを言った。意外なところにクスリが隠してあったらどうするんだ?

「忘れてませんか? 広直さん。私神様ですよ? それぐらいわかりますって」

 慶喜はまたにっこり笑った。ずいぶんと優しい笑顔の神様だな。

「んじゃ、いってらっしゃい」

「はいはい。実砂さんにちょっかい出しちゃいけませんよ」

「さっさと行って来い」

「もー、あなたがいる部屋、私が借りてるってこと忘れてません?」

 ……あんなちゃらちゃらしたやつが神様だなんて、やっぱり信じるのは無理だ。自称神様の若者の背中を見送りながら、俺はさっき触れた実砂の手を、そっと握ってやった。



「覚えてない……のか?」

「うん。それにしても久しぶりねえ、ヒロってば。なーにー? 新婚生活?」

 記憶が消えてても、発想は同じだった。

 大量のクスリを持って慶喜が帰ってきたとき、ちょうど実砂も目を覚ました。覚ましたのはいいんだが、なぜ俺がここにいるのかってことを覚えてないようだ。俺が慶喜の部屋に住む、ということを伝え、そしてホントに覚えてないのかともう一度聞いたら、この返事だ。慶喜のことは覚えていたらしい。ただし、隣人として。

「いやあ~、私たちそんなに夫婦に見えます? ちなみに、どちらが女に見えるんです?」

「そこ! 話に乗るな!」

 クスリを詰めた紙袋を台所においてきたらしい慶喜が、床の上であぐらをかく俺の横に立ち、中腰になって実砂に質問した。実砂はちょこんとベッドに座っている。

「んーとねー……」

「お、お前も答えるなよ!」

 ここで“女に見えるのはヒロ”なんて言われたら、どうすりゃいいんだ。

「ヒロより背高いけど、髪長いからケイ君だなあ」

「あら~、私ですか。まあ食事作るの私ですし、合ってますね、広直さん」

「俺に同意を求めるなよ……」

 そんなにこにこしながら言われたって。

「さてと。実砂さん、今日はこっちで夕食でもいかがです? 今日はすき焼きなんですけど」

「お前本気ですき焼きやるのか!? この真夏に!?」

「食事に季節は関係ありませんよ。さ、どうします?」

 俺の大声のつっこみも、静かに受け流された。再び視線は実砂へ。

「んー……。ケイ君たちが迷惑じゃないなら、食べようかな……」

「もちろん! 誘ってるんだから迷惑なんかじゃありませんよ。広直さんもいいですよね」

「ん? ああ、俺も別にいいけど……」

「はい、じゃあ決定! 実砂さんはテレビでもどうぞ。私と広直さんで用意しますんで」

「え、俺も!?」

 なんだか強制的だった気が。

「ええ。大丈夫、野菜切ってもらうだけですから」

 さあやるぞ~、とまた一人意気込みながら、慶喜はさっさと台所に行ってしまった。

「ねえヒロ……」

「ん?」

 まだベッドに座っている実砂が、ちょうど立ち上がりかけていた俺に声をかけてきた。

「……ごめんね、クスリ無理やりあげようとして。謝り足りないかもしれないけど」

「…………!」

 まさか……。

「覚えてんのか?」

「うん。今突然思い出したの」

 あいつはまた、記憶を完全に消せなかったわけだ。

「どうする? あいつに言っておくか?」

「……ううん、いい。あたしから言ってびっくりさせるから」

 いたずら好きな子供みたいに、実砂は笑った。つい俺もつられて口元がほころぶ。いかにも実砂らしい。

「そっか。じゃ、俺はあいつの手伝いにいくよ。まだ寝てていいぞ」

「うん。ありがとヒロ」

 居候が寝てていいぞと言うのは変だが、まあいいだろう。

 とりあえず、今はすき焼き作りに専念することにした。後の食事中、実砂が記憶が消えていないことを慶喜にばらし、ガキみたいに驚いて落胆したのは、言うまでもない。

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