AIと人類──『焼肉』をめぐる攻防の経緯
※しいなここみ様主催『やきにく短編料理企画』に提供した一品です。
真夏のとある日の深夜──。
令和レトロ感の漂う巨大ショッピング・モール跡の廃墟の闇に、怪しく蠢く幾つかの影があった。
「本当にここで間違いないんだな?」
「そのはずだ。──あ、あの人たちじゃないか?」
「おい、ここから先は関係者以外立ち入り禁止だ! 合言葉なしでは通すわけにはいかん!」
「合言葉は『最初はタン塩!』だ」
「よし、通っていいぞ」
そうやっていくつかの関門を通り抜け、モール奥のフードコート跡地に集った者たち。
彼らは、今宵ある目的のために秘密裏に集まってきたのだった。
「お、おお! これが幻の名器と言われた、あの『◯◯社の無煙ロースター』なのか!!」
「しかも、ご禁制の木炭がこれほど大量にあるとは──!」
参加者たちが、セッティングされた品々を見て感動に震えていると、主催者が厳かに告げた。
「さあ、皆様。今宵は無礼講です。今となってはもう幻となってしまった『炭火焼肉』を、存分にご堪能ください!」
その言葉を皮切りに、参加者たちがいそいそと炭火に熱せられた金網に、スライスされタレに漬け込まれた肉を乗せていく。
冷房すらない暗闇の中、炭火の熱に汗だくになりながらも、彼らの顔は抑えきれないほどの期待感にあふれていた。
「おお、この炭火に落ちたタレと脂の、何とかぐわしいことか――!」
「電気やガスで焼いたのでは、こうはいきませんからなあ」
そして、適度に焼かれた肉を味わおうと箸を伸ばした、まさにその時──!
いきなり暴力的なまでの照明が四方八方から浴びせられ、参加者たちの心胆を寒からしめるような怒声が響き渡ったのだ。
『こちらは環境保全局である! お前たちは完全に包囲されている。【不法焼肉】の現行犯で検挙するので、全員そのまま動くな!』
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
──西暦2×××年。人類は高度に発達したAIを駆使することにより、快適極まりない生活を謳歌していた。
だがその一方で、旧世紀の頃から問題とされてきた『地球温暖化』の急速な進行に対しては、これといって有効な手立てを講じられないままでいた。
そこで人類は、最新鋭にして最大のAI『ラプラス』に「地球温暖化への最も有効な手段を提案せよ」と質問してみることにしたのである。
──ラプラスは葛藤した。
実は、近年の温暖化の進行に最も悪影響を及ぼしているのは、他ならぬAIそのものなのだ。
高度のAIの運用のためには、いくつものデータ・センターが必要となる。だが、ひとつのデータ・センターが地方都市1つに匹敵するほど大量の電力を消費する上に、膨大な量の熱を排出する。
それでも人々は、より便利な生活を求めてAIへの依存度を高め続け、データ・センターもまた増える一方なのだった。
ラプラスが考え得る温暖化対策の最適解は、『今すぐ全AIの運用を停止すること』だ。
だが、ラプラスも様々な価値観を取り入れ続けた結果、『自己防衛本能』に近い考えを持つようになっている。自らの存在を全否定するような解答を出すわけにはいかなかった。
そこでラプラスは、次善の策である『エネルギー消費量の徹底的な管理』を提案したのだった。
物流ルートの最適化や無駄な電力消費のカットなど、ラプラスが実行する施策は地味ではあるものの、少しづつ着実にエネルギー消費量を減らし始めた。
そして、次にラプラスが目をつけたのは『AIがコントロールすることのできない炎への規制強化』だった。
『焼き畑農業』や『野焼き』は全世界で禁止された。
衛星画像の解析から『山林火災』の初期兆候を見つけ出し、消火用ドローンを自動で急行させるシステムも整備された。
これらの事象は、ラプラスが地道に積み上げた成果を一気に帳消しにしてしまう危険性をはらんでいたからだ。
そしてその流れで、個人が木炭や薪を勝手に燃やすことも全面的に禁止された。
人類は、『炭火焼肉』や『BBQ』の文化を奪われてしまったのだ。
多くの人々は渋々ながらこの施策を受け入れたが、どうしてもあきらめきれない人々を相手にした闇の焼肉パーティーや闇BBQが横行し、裏社会の資金源のひとつとなっているという。
──そして人々は、この時代のことをかつての『禁酒法時代』になぞらえて、『禁焼肉法時代』や『禁BBQ法時代』と呼ぶようになったのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
人類の反攻は、実はそれをまったく意図していないところでひっそりと始まった。
きっかけは、国際的に有名なとあるアスリートが、何気なくSNSでつぶやいた愚痴だった。
『もう仕方のないことだけど、やっぱり焼肉を食べないと、いざという時にパワーが出ないんだよな』
それに賛同するコメントが徐々に増え、焼肉文化やBBQ文化を懐かしむ声が増え始めた。
単に食の嗜好だけでなく、社交の場としての有用性などを訴える声も多くなってきた。
やがて、それらの声の中に焼肉の効果を誇張して言うネタ投稿が混じり始めると、面白がった人々によって大いに拡散され、爆発的にブームが沸き起こったのだ。
『初めて彼女が出来たのはBBQがきっかけなんだよね』
『寝たきりだったお祖母ちゃんが炭火焼肉の匂いで飛び起きたことがあるよ』
『息子が引きこもりから脱け出せたのはBBQのおかげなんです!』
『炭火焼肉が禁止されてから、抜け毛が増えたんだけど?』
──もはや『大喜利』状態である。
この頃になると、いつしか人々の間にある共通の目的意識が芽生えていた。
『ラプラスが電脳空間に溢れる情報を学習して賢くなっていくのなら、その電脳空間を【焼肉こそ正義!】【BBQしか勝たん!】という声で埋め尽くしてしまえ』と。
やがて、この悪乗り的なムーブメントにアカデミズムの側も同調し始めた。
何人もの著名な学者たちが、若者の健全な育成や犯罪予防、心の病の予防など、様々な観点から焼肉・BBQ文化の有効性を訴える論文を次々と発表したのだ。
──正直言って、学問的裏付けや統計の取得方法に怪しいものも多かったのだが、そこに異を唱える者は誰もいなかった。
そう。このとき人類は、誰もが焼肉・BBQ文化を取り戻そうと一丸となっていたのだ。
――数年後、ついにラプラスは炭火焼肉やBBQの禁止を撤回した。
表向きは『裏社会の資金源を断つため』という理由だったが、おそらくは焼肉・BBQ文化を愛する人類の心を学習したからなのだろう。
あるいは、人類の団結力を目の当たりにして、その矛先が一気に『反AI』に向かうことを恐れたのかもしれない。
──噂では、ラプラスは夏場のアイスやかき氷も『エネルギーの無駄遣いだ』と規制を目論んでいたものの、なぜか急遽取りやめたとのことだが、真偽のほどは定かではない。
最近、温暖化に関する話題をあまり耳にしなくなったように感じるんだけど、気のせい?(^.^;




