【涙腺崩壊】落ちているスマホの中身を見てしまった俺
数ある中からこの作品を選んでいただきありがとうございます!
薄暗い夜道。
自分の息を吐く音さえもよく聞こえる。
足だけが規則的な音を立てる。
ほろ酔い気分で鼻歌が漏れる。
深夜零時を少し回ったところ。
終電の駅から一駅だったので、タクシー代の節約に歩いて帰る。
明日、俺は東京に引っ越す。
電車を二本乗り継いで新幹線に乗り、東京駅まで行く。その後の電車の乗り換え方法はメモをしている。
明日は始発電車で離れる予定だったので、今日、大学の友達が送別会をしてくれた。
田舎町ではあったけど、電車を乗り継げば街のほうにも出れたし、楽しい思い出もたくさんできた。久しぶりにお酒が進み、この四年間の馬鹿話がたくさんできた。
バイト代を貯めて、一泊二日のスキーは友だちと何度も行った。
負けたやつは女の子に話しかける罰ゲーム。だが、冴えない俺たちはスキー場にもかかわらず、道を聞くという迷惑なこともやった。
今夜は、その話が一段と盛り上がった。
楽しかった時間と終わってしまった寂しさに気持ちがちぐはぐになる。
(荷造りは大体終わっている。後は歯ブラシと歯磨き粉とスマホと充電器くらいか)
夜道を照らす街灯が近づいてくる。
田舎道では電柱の間隔が広い。
ひとつ前の街灯からしばらく経っていた。
次の街灯の真下にはスマホが落ちていた。
俺は歩みを止めて、落ちているスマホを眺める。
「スマホ?」
俺はそっとスマホを拾い上げた。
ロックがかかっていないのか、画面に触れるとスクリーンが明るくなる。
ちょうど見えた画面はメモ帳アプリのようだった。
日付のタイトルが並ぶ。
今日の日付まであるので一昨日の日付を開いてみると日記のようだった。
スクロールして日付を遡った。
一番古い日付から流し読みする。
川口未奈美、二十歳。
同じ大学の後輩。
大学に通うために引っ越しをして、この近くに住み始めたらしい。
大学の周りで発見したことでは、俺もよく行くお店も書かれていた。
田舎なので行くところは重なる。
日付のファイルを開けては閉めていく。
スーパーも数えるほどしかなく、ようやくいつも通うスーパーに決めたようだ。
決め手はスーパーの手作りおはぎ。
自分と同じスーパーだったので、おはぎに同感した。
(あのスーパーの“生姜が香るからあげ”も美味しいんだよな)
地元の馴染みの話に、心の中で頷いた。
コロッケは青木精肉店が美味しいとか、寝具は通販のほうが安いとかそんな話が続いた。
出てくる店の名前はどれも自分の家の近くだった。
俺は得意げな顔で読み進める。
よく行く居酒屋もカラオケも、話に出てくる。田舎町だからお婆ちゃんが昼間にしか開けない和菓子屋も気まぐれにしか開けない古書店についても書かれていた。
(あそこの店主に『なんで営業日を書いていないんですか?』って聞いたら『俺が開けたい時に開けるんだよ』って、ラーメン屋のこだわりが強い頑固親父みたいなこと言われたな)
その光景が頭の中に鮮明に思い出された。すると身体の奥から滑稽な気持ちが溢れてきた。
「くっ、くっ⋯⋯」
小さく笑いが込み上げてくる。
彼女のメモ帳アプリには自分が行った店ばかりだった。
一ヶ月前に行った洋食屋も十日前に行った書店も、一週間前に行った喫茶店にもいた。
昨日行った定食屋のことも書かれていた。
ここ一ヶ月に行った場所はほとんど重なった。
春の薄ら寒い風に二の腕を擦る。
(大丈夫⋯⋯絶対に大丈夫だ)
そう決断するも、フォルダには今日の日付が残っている。
このまま閉じてしまおうか⋯⋯指が開くボタンと閉じるボタンを行き来する。
少し長めに息を吐く。
今日のフォルダを開く。
そこには彼女も自分の気持ちを伝えると書かれていた。
『忠くんに今日こそ告白するの。優しくて、心地よい声のする彼のことをもっと知りたいわ。そして隣でたくさん話すの。
昼間にしか開けないお婆ちゃんの和菓子屋で黄身しぐれを買って、気まぐれにしか開けない古書店が開いていたら『ラッキーだね』ってハイタッチするの。
別の日にはカラオケに行って、大学の帰り道にスーパータカハシでおはぎを買うの。忠くんにも教えてあげたいな。ここのおはぎはすごく美味しいから。
それでここら辺はあんまりお店がないけど、色んな雑貨を見て、カフェで話して、居酒屋で飲んで⋯⋯ふふ、そうなったらいいなぁ』
俺はそこまで読むと目頭を押さえた。
震えているのは指なのか身体なのか分からなかった。
スマホを消すと、後ろにいる彼女の姿が画面に反射した。俺は画面越しの彼女と目が合った。
彼女は目を見開いていた。
(そんな驚いたような顔をしないで⋯⋯)
何度目のやり取りだろうか。
最近、頻度が高くなってきた。
俺は振り返ると、まるで告白現場のように肩に力が入った彼女の姿があった。
「未奈美、スマホに書いてあったこと、読んだよ」
喉が締め付けられてうわずった俺の声を、気にもせずに俺の言葉に目を見開いている。
彼女が書いていた日記では、毎日のようにデートしたとこが書かれてあった。
しかし、彼女の記憶は、今日、リセットされてしまった。
もう彼女の記憶は一ヶ月しか保たないようだ。
この二年半の彼女との記憶を、思い出す。
初めて出会ったスキー場で、ゲームに負けてスキーロッジしかないのに、道を聞く間抜けっぷりだったが、声を掛けて本当に良かったと思う。
それがきっかけで連絡先を交換し、結果的に付き合うことになったのだ。
すごく順調だった。
彼女とは気が合って、色んな思い出もたくさんできた。かけがえのない思い出だ。
俺のスマホにはその写真もビデオも沢山ある。
それがある時、記憶喪失のように彼女から記憶が消えてしまった。古い記憶は残っているものもあるようだ。
だが俺のことは一切覚えていなかった。
最初の頃、俺は感情の行き場がなくて、彼女にも当たってしまった。彼女を部屋に置いて出てしまったこともある。
頭が冷えた頃、彼女に謝り、自分を責めた。
二回目は自分だけで耐えた。だが、辛かった。感情の波は高くなっては落ち着いて、また高くなってを繰り返す。
その時に自分だけでは抱えられるものではないとようやく気が付いた。
そして彼女の両親にも話し、病院で診断をしてもらうことになった。
田舎町から二時間かかる大きな街の大学病院で診察を受けるも改善方法が見つからない。その後もネットで情報があれば予約をすぐに取った。
彼女の両親からは『忠くん、今度のところは遠いから付き添いは大丈夫よ』と告げられたが、バイト代を貯めた。
その一ヶ月前に行った大学病院でやっとその分野の研究が進んでいる東京の有名な先生を教えてもらい紹介状をもらった。
そして先だが予約も取れた。
目の前の初々しい彼女。
必死に笑顔を作ろうとしている。
そのあどけない表情が心に堪える。
(この先またリセットしてしまったら⋯⋯)
この先どうなるのか分からない。
それでも俺は震える手で彼女の手を取る。
(こんな時にも格好が付けられないダサいやつだな)
そう心の中で自分を揶揄しても彼女の手は離さない。
「未奈美、明日、俺と東京に行こう」
「えぇっ!? 忠くんと!? うん、うん、行こう。東京に一緒に行こう」
頬を上気させる彼女の反応があまりにも眩しかった。
雨も降っていないのに、地面が濡れる。
顔を下に向けた俺の頭に彼女の慌てた声が降ってくる。
「えっ、忠くん、どうしたの? 泣いてる!?」
俺は手で急いで涙を拭いた。
「ごめん⋯⋯なんでもない」
抑揚の迷子になった声に自分で驚いた。
未奈美は考えているのか少ししてから口を開けた。
「忠くんに嫌なことがあったら私がなんとかするからね」
何かを決意したように力が入っている未奈美の姿を見て、俺はか細い笑い声を漏らした。
* * *
窓側の席で景色を楽しんでいた彼女がこちらを向いてきた。
「あのね、最近、たまに何かを忘れている気がするの」
俺は胸を鷲掴みにされたような衝撃で息ができなくなった。
「もし俺との思い出を忘れたら、次にもっと楽しいことをしたらいいよ」
そう俺が返しても彼女の手の震えは止まらない。
「一ヶ月で忘れちゃっても?」
「うん」
俺は震える彼女の手を取る。
それでも震えは止まらない。
「二週間でも?」
「うん」
彼女の声が揺れている。
俺の心も鋭い痛みを感じた。
「⋯⋯明日でも?」
「うん」
彼女の目には涙が溢れている。
彼女は窓側に思わず、顔を背けた。
俺は彼女の涙を見て強く思った。
彼女が忘れた分だけ俺が覚えていよう。
いつまでもずっとずっと覚えているんだ。
新幹線がトンネルに入った。
窓ガラス越しの彼女と目が合った。
俺は笑顔を向ける。
彼女は小さく笑い返した。
お読みいただきありがとうございました!
この作品はホラー短編『【閲覧注意】落ちているスマホの中身を絶対に見てはいけない』
https://ncode.syosetu.com/n6580mi/
のお話の大枠を残したまま、ヒューマンドラマに作り変えてみました。
もし良かったら読み比べてみてください(^^)




