火あぶりの刑に処す
「男爵令嬢の身分にも関わらず、王家禁書庫に侵入した罪で、サリーナを火あぶりの刑に処す!」
十字に組み合わされた丸太へ、磔にされた私を見下しながら、アホーライ王子はそう宣言した。彼の隣で、私が丸太にくくりつけられる原因をつくったブリール公爵令嬢が、一瞬ニヤリと笑う。
王子の一言で周囲の衛兵が動き、私の足下にある、藁と小枝と太い木材が編み込まれた物に火をつける。藁がチリチリと、死までのカウントダウンを開始した。無駄に強い風が、小さな炎を煽る。火が瞬間ボウッと大きくなり、少し戻る。足裏に徐々に熱が伝わる。
「ブリール様に騙されたのです!」
私は大きな声で必死に叫ぶ。
炎が足裏をチリチリと刺激する。風のおかげで、煙を直接浴びることはなかったが、心なしか炎の成長が早く見える。熱を感じ、反射で足がピクッと動くが、縛り付けられた私に逃げ場はない。
「まだ言うか!往生際が悪いぞ!」
「アホーライ様の言うとおりだわ。黙りなさい!私に罪をなすりつけようだなんて、最後まで醜い奴ね!」
アホーライ王子の怒鳴り声。追いかけるようにブリール令嬢も声を荒げる。
ブリール令嬢の誘いに、深く考えず乗った私が迂闊だった。私が史上最年少で魔道士の権威であるヴァリオン賞を授与されたとき、金で賞を買ったのだ、と言い始めたのは彼女だったのを、すっかり忘れていたのだ。
『公爵家の権限で王家禁書庫に入る許可をいただいたのだけれど、一緒に来ませんか?ぜひ同世代で一番の魔法使いに来て欲しいの』と誘われたときは、彼女が天使に見えた。王家禁書庫は、許可無く入れば死刑になるほど、国の存続を揺るがしかねない、危険な魔法が記された魔道書が納められていると言う。魔法を志す者なら、ぜひ一度は入ってみたい憧れの場所なのだ。
だから、私は頷くより他無かった。
炎が足首までを、瞬間覆う。途端、鋭く、痛みに似た熱さが皮膚を這う。
「ッ!!」
私は何とか声を抑え、身じろぎをして耐える。前方の二人の悪魔は、私の苦悶の表情を見て指さし、笑い合っていた。
「ブリール様に案内されッたのです!許可されていると言って!それで、閉じッ込められて!」
「書庫を守る衛兵はブリールの事は見た記憶が無いと、そう宣言していたが?それに禁書庫にはお前一人しかいなかったでは無いか」
あきれたようにアホーライ王子が言う。ブリール令嬢は、もはや隠すこともせず、ニヤニヤと笑い続けている。
後から思い返せば、ブリール令嬢に案内されたとき、衛兵など一人もいなかった。王城の衛兵を動かせる者など、王家の人間しかいない。ブルーム令嬢がトイレに行くと言って禁書庫を出た後、タイミング良く王子が訪れたのも、全て仕組まれていたのだろう。アホーライ王子はグルに違いない。
せっかく憧れの禁書庫に入ったというのに、本は少ししか読めなかった。
炎がとうとう下半身を飲み込み始める。先ほどまで足先を襲っていた刺激は、下半身全体に伝搬する。突き抜けるほど痛いのに、どこかかゆくて、動きたくてたまらない。いつの間にか、目からは涙がにじみ出る。
私は体をくねくねと動かし、何とか苦しみから逃れようとする。そのたびに目の前の奴らは笑い声を上げる。それがたまらなく悔しい。
「見ろ!滑稽な動きをしているぞ!」
「おそらく前世は芋虫だったのですわ!来世は何になるのかしら!」
嬉々として私の焼身ショーを眺める二人。
だが、耐えなければいけない。まだ耐えなければ。
炎が胸部まで躍り出る。もう足先の感覚はない。正座を長時間した後、血液が止まって、足先が自分の物では無くなるような、そんな感覚だ。でもそこはまだ良い。感覚が残っているところが問題なのだ。
皮膚という装甲は捲りとられ、筋肉を直接あぶられる、ビリビリとした刺激。内臓が、熱い。触ってグチャグチャにしたい衝動が、体をかきむしる。暴れる体。でも、動けない。
風がやむ。煙が顔にまとわりつく。
「ガホッゲホッ」
気管に、肺に、何かが刺さる。咳が、考える間もなく出る。多分、煙の中には、見えないトゲが紛れ込んでいるのだ。目がジクジクと痛い。前が、涙で、煙で、炎で、霞んで見えなくなる。
そろそろ頃合いだ。
禁書庫にいた間、私は少ししか本を読むことが出来なかった。……だが、逆に言えば少し本を読むことが出来たのだ。
私は、正確に、適切な魔力を練り上げる。
そして小さく声を出した。
『リバース』
瞬間、景色が変わる。
私の視界には、十字に組み合わされた丸太に磔にされ、体が半分以上燃えている女性がいた。
「ギャァーーーー!?ゴホッ!ガホッ!」
女性は急に悲鳴を上げ、その反動か、ひたすらに咳をする。
身をよじり、顔をぶんぶんと動かしている。
「滑稽だな!なあブリール」
横の男が憎々しい名前、否、私の名前を呼ぶ。
禁書庫で修得したのは、数十分だけ対象と魂を入れ替える魔法。
……ただし、効果中にどちらかが死んだ場合は、元には戻らない。
「……本当に滑稽ですわ」
目の前の女性は、喉が焼けたのか、口をパクパクして何かを伝えようとしていた。涙がほろりと流れ落ち、炎の中に消えていく。
だんだんと動かなくなっていき、ついに止まる。炎の中にチラチラと、黒焦げになった、人のような形をした何かが見える。
「ふぅ。楽しい余興だったな。やっぱり人が懇願しながら死ぬ様は見ていて面白い……次も頼むぞブリール」
アホーライ王子が、私の耳元でそう囁く。
私はにっこりと笑みを浮かべて答える。
「お任せください、アホーライ様」
次の標的が、決まった。
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