意気込んでるのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第46弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「狙われているのは、君のほう。」の後の話です。
ここに越してから、もう一ヵ月が経とうとしている。
親睦会、というほどではないけど、ちゃんと挨拶がしたいという運送屋の奥さんの提案にノインが「いいですよ」と言ってくれたので、こうしてやって来ている。
誘われたのは、ついこの間の……ノインが怪しい男を連れて詰所へ行ったあの日だ。
扉を閉めようとした時に、通りかかった彼女がそう声をかけてくれたのである。
この付近の女性しか来ない、ということではあったけど。
緊張で気分があまり……よくない。
(裏口……)
裏口から来て、って言われたけど……。
裏口を抜けると、洗い桶と干しかけの布が並ぶ小さな庭に出た。
板を二つ重ねただけの簡易な台のまわりに、椅子とも言い難い腰掛けが置かれている。
誰かの作業の途中なのか、針や布、かごの中の洗濯物がそのまま残っているのが見えた。
庭の端では、小さな男の子が荷車の車輪に触れて遊んでいる。
もう一人は、洗濯物の影にしゃがみこんで、石を並べていた。
ふいに自宅のほうへと視線を向けてしまう。
隣家との境は、ノインの身長ほどの高さの木の柵で仕切られている。
板と板とのあいだには指が通るほどの隙間があり、向こう側がぼんやり透けて見えた。
(こっちからはこう見えてるのかぁ……)
完全に遮られてはいないけど、細かいところまでは見えない。
自分たちの家のほうが敷地が広いぶん、こちらからは奥まって見える。
井戸の縁は半分だけ。厩舎の一部。
見えるのはこれだけ、と思っていた時、視界の中で風によって白い布が揺れたのがわかった。
(ひえええぇ)
私の肌着!
洗濯紐の位置は、ちょうど柵から少し離れた場所。
たいして気にもせずに毎日干していたけど、見え……。
(…………あれ、あんまり……わからないな)
揺れる布は見えるけど、形まではわからない。
ちょっとだけ顔を傾けるけど。
(私があそこに立ってても、手元までは見えない……)
ほーっと大きく胸を撫で下ろす。
(……ん?)
そういえば洗濯紐はノインが張ってて……。
「…………」
適当じゃなかったってこと???
まさかあ。
ノインが頭がいいのはわかるけど、そんなことまでできる…………。
(ここにしますね、って張ってくれてたけど……うーん)
できる、かもしれない。
いや、深く考えるのはよそう。
「あら、来てくれたのね」
振り向いたのはこの家の奥さんだ。
ぺこりと頭を下げる。
「おじゃまします」
「固くならなくていいのよ。ほら、そこに座って」
(そんなこと言われても)
靴の修理屋の奥さんと、その隣の洗濯屋の人と…………だれ?
(知らない人がいる……)
とりあえず腰を下ろす。ちゃんとした椅子じゃないから、少しぐらついた。
湯気の立つ湯のみを渡そうとされ、両手で受け取ろうとして。
「あっ、ま、先にこれを。よかったら」
持ってきた包みを差し出すと、全員の視線が一斉に集まる。
「パンなんですけど……」
「まあ、いいの? 気を遣わなくていいのに」
「夫の手作りですが、味は保証します!」
力いっぱい言ったけど。
(あ、あれ???)
全員が停止してる。な、なんで?
一拍遅れて奥の見知らぬ女性が笑った。
「いい旦那さんねえ」
いい旦那?
ハテ? ほぼ無理やり持たされたものだけど、なんかあんまり。
(最初に手作りパンは大失敗では……)
でも、せっかく持たせてくれたし……。
それに彼の作ったものは美味しい。自分の味覚では、そうなのだ。
いい旦那、という判定がオルガの中では難しい。
都会ではなにが正解なんだろう?
(村だとノインみたいな夫は、いい旦那、とは言えないんだよね)
村はいわば共同体。その中で役割が全員にある。でも。
「い、いい夫だとは思います……」
歯切れの悪い言い方になってしまった。
ノインは村の誰とも当てはまらない。王都でさえ、なんかちょっと違うんじゃないかなって思ってしまうというか。
運送屋の奥さんが受け取ってくれて、包みを軽くほどいた。
中から現れたのは、丸いパンがいくつか。
焼き色は均一で、表面はほんのりつやがある。
(わあ! 相変わらずおいしそう……! へへへ、家にも食べられるように多めに作ったって……)
あれえ……???
なんか、空気が……。
「……これ」
靴修理屋の奥さんが、覗き込む。
「お店のじゃないの?」
「違います。夫が時々作ってくれるもので、皆さんと食べたらって持たせてくれて」
なぜか数回、こちらとパンを見比べている。
「ちょっと待って」
運送屋の奥さんが、一つ手に取った。指で、軽く押す。
やわらかく沈んで、すぐ戻るそれに。
「なにこれ」
笑いが混じった。
ちぎると、中は白く、きめ細かく、糸を引くように伸びる。
他の奥さんたちもそれに倣った。
それぞれ口に入れて、「おいしい」と声がした。
(良かった!)
「やわらかい……!」
「これ本当に家で作ったの?」
嬉しくなって、オルガは「はい!」と大きく頷く。
「多めに持たせてくれたので、よかったらあの、ご家族のぶんもどうぞ」
できた旦那だわ、と誰かの声が聞こえた気がする。
パンのおいしさで空気が和らぎ、オルガはほっとした。
(うわああ、良かった! ありがとう、ノイン!)
ご褒美パンがいいんじゃないですかね、とか言いながら朝早くから作ってくれたことに、感謝しかない。
湯のみの形はばらばらで、縁が少し欠けているものもある。
(木皿とか木匙を使うよりは、こっちがいいのかな……)
観察していると、声をかけられる。
「自己紹介をしてなかったわね。わたしはリナよ。
あそこで遊んでるのが息子のユウ」
運送屋の奥さんの言葉に、慌てて反応しようとしたけど。
「わたしはエマ。改めてよろしくね」
優しく微笑んだのは、靴修理屋の奥さんだ。
その隣の女性がにこっと笑った。
「サラよ。あそこで石並べをしているのが息子のトウ」
「あっ、オルガです」
それぞれに頭を下げてから、微笑む。
もう一人の奥さんも自己紹介をしてくれたけど、住んでいるのはここと少しだけ離れているみたいだった。
(えぇっと、リナ……さん。サラ、さん。エマ……さん。村にもいたなぁ、エマが二人)
名前を覚えようと必死になっていると。
「旦那さん、騎士なのよね?」
尋ねられ、即座に頷いた。
「はい、王都防衛騎士団所属の、正規騎士です」
「やっぱり! 朝見かけるのよ」
「馬に乗ってるのよね? あれ、かっこいいわよねえ」
「背も高くて目立つし、一瞬幻かと思っちゃったわよ」
言葉が重なって、少しばかり圧を受けてしまう。
(か、かっこいい、か。そ、そりゃ、そうだよね。うん)
「どんな人なの?」
答える前にさらに質問されてしまい、オルガは面食らった。
「どんな……?」
どんな? んんん?
(どんなと言われても、やさしい? あと、いつも穏やかに微笑んでる? 時々意地悪なこと言ったり、からかってきたりするけど……嘘をつかないし)
「やさしい、ですかね」
うまく表現できなくて、結局そうなってしまう。
「優しい?」
「い、一応……」
「怒ったりしないの?」
怒る?
オルガは「うーん」と悩んだ。
「不機嫌になることはありますけど、怒ってるのはあまり見たことないです」
「へえ」
感心したような声。
たしかに、怒鳴ることのない男性は初めてかも。
不機嫌になっても、ムッとするだけというか。
「でも忙しいんでしょう? 騎士って」
「忙しいですけど、急ぎの用がなければ毎日同じ時間に帰ってきます」
魔物討伐や夜勤がなければ、大抵同じ時間帯に戻ってくる……んだけど。
な、なんだろう?
(さっきからやたら、ノインのこと訊かれるなぁ……)
なんか、注目されてる。
「そういえば、この前見かけなかったけど、体調悪かったの?」
「?」
「ごめんなさい。引っ越して来てから、ずっとその、生活音がしなくてちょっと心配で時々うかがっていたの。
洗濯物が干されているから居るのねって確認しちゃってて」
申し訳なさそうにリナさんが眉を下げ、オルガは自宅のほうを見た。
(生活音がしない?)
確かにオルガは日中で外に出るのは、ほぼ午前中のみ。
井戸で水汲みをし、洗濯物を洗って干せばそれ以降は洗濯物を取り込むまでは家から出ない。
出る必要が、ない。
だから出ない。
(ま、まあ……不気味に思うのもわかるけど)
一瞬だけ二階へと向ける。
(……静か……かぁ。き、聴こえてないみたいで良かった……)
じゃなくて!
オルガは慌てて、困ったように笑う。
「つ、月のものがきてしまって、体がちょっと重くて……」
「ああ」
納得の声と頷きが重なる。
「それで……」
「夫が家のことをしてくれたみたいで」
続けた言葉に、またもぴたり、と空気が止まった。
(あ、あれ……?)
なんだか、まずいのでは。
「あっ、えっ、体調が少しでも悪いと思ったら、全部やってしまうんです。ダメだよって言ってるんですけど、聞いてくれなくて」
焦りながら続けたのに。
(……ど、どうしよう、す、すごい、なんか、静かになっちゃった……)
布が風で揺れる音だけが、妙に耳に残る。
「……全部って、どこまで?」
恐る恐る問われて、自分がやらかしたと思っているオルガは泣きそうになりながら続けた。
「せ、洗濯とか、水汲み、ご飯も……気づいたら掃除もしてて」
家事は妻の仕事でもある。
誰も言葉を返してくれない。
(う、うぅ……どうしよう、ノインが自信持ってって、髪まで結ってくれたのに……!)
丁寧に櫛を通して結ってくれた髪は、自分でやるよりもとても綺麗にまとまっている。
(や、やっぱり……奥さんとしての自覚が足りないって言われ……)
「羨ましい! いいわねぇ」
運送屋のリナさんに言われて、ビクッとオルガは肩を震わせた。
「それにこのパン、完成度高いわ……」
まじまじとパンを見ているのは靴修理屋のエマさん。
「これは売れるレベルよ」
と、こちらに言ってくるのは洗濯屋のサラさん。
(え……?)
「うちなんて、具合悪くても『飯まだ?』なのに。
わたしだけね、その旦那さんを見てないの。どんな人なのかしら、興味あるわあ」
「綺麗というか、すごく整った顔してるわよ。毎朝馬に乗って出かけるんだけど、似合い過ぎてるわね」
ええ?
(き、きれい? か、かっこいい、じゃないのかな……? あれえ?)
「家事までやってくれるなんて、仲がいいのね?」
靴修理のエマさんに言われて、きょとんとした。
仲がいい?
「どうやって結婚したの?」
別の質問を違う方向からされ、オルガは目を瞬かせる。
「夫が、結婚の申し入れをしてくれて。ノイ……彼とは幼馴染なんです」
「え、なにそれ」
「やっぱり、昔から好きだったの?」
すき?
(……私は)
「私は……最近好きに……でも夫は、十二年くらい好きだったって言ってました」
一瞬、全員の動きが止まる。
「……は?」
「え?」
「恋愛結婚ってこと?」
それはちょっと、違う……と、思うけど……そうかもしれない。
答えに窮してしまう。
「結果的に恋愛結婚? ですかね。最初は違ってました」
「それもそうよね。恋愛と結婚は別問題だもの」
(そ、そうなんだ)
村は縁談が来ないと、なにも始まらないし。
王都は違うのかなぁ。
あれこれと続けて質問されはしたが、終始緊張していたので、質問にうまく答えられたかオルガはわからない。
やがて陽が少し傾き始めた頃。
「そろそろ終わりに……」
リナさんが言いかけたタイミングで、通りの向こうから馬の足音が聞こえた。
思わずと言ったように、そこにいた全員が目配せをする。
「母ちゃん、お客さん」
いつの間にか消えていたこの家の息子さんに連れられて、そこに現れたのは。
(あ……)
オルガは思わず、顔を赤くする。
目が合うと、優しく微笑んでくれる。
オルガ以外の全員が息を呑んだ。
長身の濃紺の騎士の制服姿の青年は、少しだけ目を細める。
「迎えに来ましたよ」
「あっ、えっと」
腰を少し浮かせてうかがうと、「今日はありがとう」と口々に言われて、オルガは全員に深く頭を下げてから、ノインに駆け寄った。
「楽しかったですか?」
「うん」
指を絡めて、手を繋がれる。
ノインが去り際に小さく。
「妻がお世話になりました。これからも優しく接してあげてください」
と、言って微笑んだのをオルガは気づかなかった。
***
「ノインのパン、おいしいって! 売り物になるって言われたよ!」
「ふふっ。そうですか」
「そういえば家が静かで心配されてたみたい」
「へえ」
「……あのね、仲いいのねって言われたよ」
「そう」
「……仲、いいかな? ノインは? どう思う?」
「……君は?」
「なかよしでいたい……と、思う」
「…………」
裏口の扉に手をかけて、ノインがこちらを見た。
絡めた指に、力がこもる。
「どういう『なかよし』がいいですか?」
「……ど、どういう?」
「君の望む『なかよし』に、俺は全力で応えますよ」
「…………」
むっとして、軽く睨んだ。
「ノインは?」
「……」
フッ、と彼が笑った。
「割り込まれる余地なんてないくらい、仲良くなりたいです」
「わりこまれる?」
どういうこと???
裏口の扉を開けて中に入り、閉じる。
「ぎゅーってしたいってこと?」
「…………」
ノインはちょっとだけこっちを見て、ふふふふ、と笑い出す。
「君がぎゅーっとしたいのでは?」
「うっ。そ、れは……したいけど」
「さっきの質問に答えていません。
どういう『なかよし』になりたいんですか?」
それは。
くるっと彼が向きを変えてこちらを見てくる。
抱きしめましょうか、というように両手を軽く広げて。
「ノインにずっと好き、って言って欲しい……私も、言いたい……」
小さく小さく、言う。
喧嘩があってもいい。
意見がぶつかってもいい。
彼と夫婦でいられなくなっても、好きだと想って欲しい。……少しくらいは。
(あれ?)
なんか静かだな、とそっと顔をあげると。
ノインが額を手で押さえていた。
「ど、どうしたの?」
「……そんなの、いくらでも叶えて上げますよ」
「ん?」
「いえ、君は俺を夢中にさせるのが上手いなと思っただけです」
??? どういうこと??
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




