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根底から破壊されるトロッコ問題

作者: ful-fil
掲載日:2026/02/20



 俺は見知らぬ場所にいた。

 地平線まで続く乾いた大地、どんよりと曇った暗い空。

 目の前には一本の線路が左右に伸びている。

 左側は少し先で二股に分かれているようだ。

 二股に分かれた先では、一方では五人が作業中、もう一方では一人だけが作業している。

 レールの敷設なのか補修なのか、熱心に作業していて俺の存在には気づいていない。

 まあ、俺は鉄道作業員の仲間じゃないし。

 無関係の第三者にすぎない。

 ふと見ると、ちょうど俺の目の前に線路を切り替えるレバーらしきものがある。


「線路の切り替えって手動でやるもんなのか……?」


 こういう設備を間近で見たことなどないが、なんとなく直観で使い方が理解できた。

 今、線路は五人が作業している方へ繋がっている。

 もしも俺が分岐を切り替えたら、一人が作業している方へと繋がるだろう。


 状況を把握した時点で、俺は嫌な予感を抱き始めていた。

 こういう状況設定、どこかで聞いた覚えがある。

 あれは何の話だったか、確か友人との雑談で……。


 右手の方向からガタンゴトンと列車が近づいてくる音がした。

 見ると、石炭を満載したトロッコ列車がこっちへやってくる。


「……トロッコ問題だ!」


 このままだと五人の作業員がトロッコに轢かれて死ぬ。

 かといって分岐を切り替えたら一人の作業員がやはり轢かれて死んでしまう。

 トロッコの速度は思いのほか速い。

 迷っている暇はない。


「させるかー!」


 俺はそこらへんに落ちている大きめの石を持ち上げ、レールの上に置いた……!






 気づくと俺は元の位置に立っていた。

 相変わらず作業員たちは俺に気づかず、何事もなかったかのように作業を続けている。


「……時間が戻ったのか?」


 再び右手の方向からトロッコが接近してくる。

 置き石しようとするが、石がない。

 ない、ない、さっきはあったのに。

 周囲を見回しても掃除したばかりのように何も落ちていない。

 こんな線路しかない荒野が石一つ落ちていないなんて。

 置き石をさせまいとする誰かの意図を感じる。

 石さえ置ければトロッコは脱線して、全員が助かる可能性大なのに。

 トロッコは意外な速さで接近してくる。

 考えろ、俺、どうすれば全員が助かるか、考えるんだ!


「置き石がダメなら……こうだ!」


 俺はタイミングを合わせて、トロッコを横から蹴り倒した……!





 俺は再び元の位置に立っていた。

 五人と一人の作業員が作業をしている、代わり映えのしない風景。

 足元には小石一つなく、右方向からはガタンゴトンと列車がやってくる音がする。

 今度の列車は軽く蹴り倒せるようなサイズではなかった。

 バスくらいの大きさがある、普通に大勢の人が乗るようなサイズだった。

 大きな鉄の箱が、圧倒的な重量感で人を轢き潰そうと迫ってくる。


「蹴り倒すのもダメってか! そんなに人を死なせたいのか!」


 考えろ、俺、どうすれば誰も死なずに済むか、考えるんだ!


「こんな荒野に徒歩で来たはずがない! 出てこい、俺の愛車!」


 俺はレジャー用に買ったマイカーに乗り込んだ。

 線路上で車を停めて、運転手である自分は下りて逃げる……!





 俺はまたしても元の位置に立っていた。

 作業員たちは同じ作業を黙々と続けている。

 足元は綺麗に掃除されていて、近くに自動車もバイクも停まっていない。

 そして右からやってくる列車は通勤電車サイズ。


「そうまでして人を殺したいのか!」


 いや、少し違う。

 目的は作業員の死ではない。

 正確には『五人を救うために一人を犠牲にするかどうかの判断を迫られるデスゲーム的状況と、その決断を迫られて苦しむ様子』が見たいのだろう。

 この状況を作った奴は犯罪者だ。

 他人の死と精神的苦痛を見物して楽しむ極悪人だ。

 ここまで手の込んだ仕掛けをして、俺の行動に合わせて対応までしている。

 きっとどこか安全な所から見物しているに違いない。


「殺人鬼め……!」


 線路に置けるような石は無い。

 他に脱線させられそうな障害物になり得るものは何もない。

 このまま犯人の思い通りに分岐を切り替えるしかないのか!?


 ……いや、まだだ。

 手段がまだ一つ残されている。

 俺は深く息を吸い込んだ。


「この残酷趣味の変態野郎! そんなに他人の命を奪わせたいか、苦悩する姿が見たいのか!」


 どこかで見ているであろう犯人に罵声を投げつける。


「いくらデスゲームに巻き込んだって、誰かを犠牲にするしかない状況に追い込まれたって、思い通りに動かされる人間ばかりじゃねえんだよ、思い知れ!」


 最後の手段、それは……俺自身を線路上の障害物にすること。

 俺は迫りくる列車の前に飛び込んだ……!





「適性テストの結果が出そろいました」

「VRを利用しての初の適性テストだね。どんな結果が出たかな」

「ペーパーテストよりも本人の性格特性が顕著に表れたようで、一人、少々気になる結果を出した者がいます。ある問題で、何か出題意図を勘違いしたらしく、レールを切り替えるか切り替えないかの二択でいいのに、設問の隙を突くような独自の行動をくり返し、逃げ道を塞いでもまた新たな逃げ道を探そうと……」

「ハハハ、変わり者が混じってたみたいだね。たまにいるよね、こういうシステムの穴を探すタイプ」

「自己を過信する傾向があり、有事に自己判断で勝手な行動に出る恐れがあると思われます」

「組織に向かないよねえ。こういう子はスタンドプレイが問題視されにくい、人がいなくて一人で何でもやらなきゃいけない場所に置いとくのがいいかもね」

「地方に出向させますか」

「バイタリティありそうだしねえ。離島とか山とかに向いてるんじゃないかな。とりあえず本社には向かない人材だから、昇進は見送りで」



 (こうして主人公の昇進の道は根底から破壊されたのであった。)


<完>

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― 新着の感想 ―
これはひどい(笑)  私なら、トロッコが分岐を通過する瞬間に切り替えて、泣き別れ状態(同じ鉄道の車輪が別のレールに入ってしまう事故)を狙ってみるかな。  どちらにしろ組織に不向きな人間ですが、一応…
なんということ! オチでorzになりました。そうか、私も組織に向かないのか。はい。私は主人公と同じ選択をするタイプです。 でも法治より人治の国でのサバイバルには向いてるよ、きっと。知らんけど。
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