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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: U3


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第93話 裏原宿の錬金術と虚構のゲーム

 本格的な夏休みに入り、外は茹だるような猛暑が続いている。

 だが、渋谷区桜丘町にある『レオ・キャピタル』のオフィスは、強力な空調によって常に快適な温度が保たれていた。


 会議室の大きなテーブルを囲んでいるのは、俺が選び抜いた「いつものメンバー」だ。


「……あー、もうダメ。英語の長文、全然頭に入ってこない」


 城戸隼人が、夏休みの課題プリントを放り出して天を仰いだ。


「城戸。そこで『to不定詞』の形容詞的用法を見落としているから、文意が繋がらないんだ。……ほら、ここを修飾している」


 俺は、彼のプリントに赤ペンで線を引いた。


 今日は、俺たち学生組の「夏休みの宿題を片付ける」という名目で集まった勉強会だ。

 とはいえ、純粋に勉強しているのは隼人くらいのものだ。


 向かいの席では、早坂涼さんが分厚い教育学の専門書を広げている。19歳になったばかりの彼女は、白のキャミソールに薄手のシャツを羽織り、真剣な横顔を見せている。ボーイッシュな中にも、大人の女性らしい艶やかさが漂い始めていた。


 その隣では、天童くるみさんがサングラスを外し、台本に蛍光ペンでマーカーを引いている。

 さらに窓際のソファでは、白鳥恒一がスケッチブックに向かい、一心不乱に鉛筆を走らせていた。


 高校生、大学生、アイドル、画家。

 本来なら交わるはずのない才能たちが、一つの空間でそれぞれの課題に向き合っている。この奇妙な連帯感は、心地よい。


「……レオ、この台詞の感情の動きなんだけど、どう思う? 監督からは『もっとアンビバレントに』って言われたんだけど」


 くるみさんが、台本を片手に身を乗り出してきた。ほのかに甘い香水が漂う。


「相反する感情の同居ですね。例えば『愛しているからこそ、憎い』といった。……言葉の裏にある抑圧された感情を、視線の泳ぎや指先の微細な震えで表現してみてはどうですか」


「なるほど……。視線と指先か。レオって本当に、何でも言語化できちゃうのね。助かるわ」


 彼女はパッと花が咲いたように微笑み、台本にメモを書き込んだ。

 どんな現場でも結果を出し続ける彼女のプロ意識は、高く評価できる。


「さて」


 全員の作業が一段落したところで、俺はホワイトボードの前に立った。


「頭の体操はここまでにして、少しビジネスの話をしましょう」


 その言葉に、隼人も涼さんも、そして白鳥までもが顔を上げた。

 彼らは俺の「計画」を聞くのが好きなのだ。


「先日、裏原宿を視察して、新しいスキームを構築しました」


 俺はホワイトボードに『ストリートブランドの二次流通』と書き込んだ。


「現在、特定のブランドの新作には、異常なプレミアム価格がついています。需要に対して供給が少なすぎるからです。我々はこの『歪み』を利益に変換します」


 俺は具体的な数字を書き出していく。


「必要な初期資金は400万円。内訳は、商品の発売日にホームレスや学生を動員して行列を占拠させる『並び屋』の雇用費として200万円。そして、確保した商品を即金で買い取るための資金が200万円です」


「お、おい西園寺。そんなに買い込んで、店でも開くのか?」


 隼人が目を丸くして尋ねる。


「いいえ。実店舗を持つ必要はありません。在庫を管理するマンションの1室があれば十分です」


 俺はニヤリと笑った。


「販路は二つ。一つは、地方で商品が手に入らない富裕層向けのセレクトショップへの卸し。そしてもう一つが本命です。……今年の9月、ポータルサイトの『Yahoo!』が、日本でインターネットオークションのサービスを開始する予定です」


「インターネットの……オークション?」


 涼さんが首を傾げる。


「はい。ネット上で個人間が商品の価格を競り合うシステムです。これを使えば、全国の熱狂的なファンに対して、最も高い値段で商品を売ることができます」


 1999年9月に開始される「Yahoo!オークション」。

 このプラットフォームの登場により、二次流通市場は爆発的な進化を遂げる。俺はその波の最前線に乗る。


「利益率は300%から500%の世界です。400万円分の在庫を毎週回転させるだけで、月利で数百万円のキャッシュが確定します」


「……相変わらず、えげつない錬金術だねぇ、ボンは」


 涼さんが呆れたように、しかし感心したように息を吐いた。


「さらに、並行して『特化型メルマガの発行事業』を立ち上げます」


 俺は別のボードに図を描く。


「競馬の予想、懸賞の当選情報、パソコンの裏技など、ニッチで需要の高い情報をメールマガジンとして配信します。今は無料で読者を囲い込み、後々、広告枠や有料のプレミアム情報へと誘導する。……情報を制する者が、次の時代を制します」


「……情報、か。確かに、今の時代は誰もが『繋がり』と『答え』を欲しがっているからな」


 白鳥がスケッチブックから目を離さずに呟いた。


「その通りです。……皆さんには、それぞれの得意分野でこの計画をサポートしてもらいます」


 俺のプレゼンが終わると、会議室には静かな興奮が満ちていた。

 1999年の夏。俺たちは間違いなく、時代の先端を走っている。


 夕方、俺は一人で麻布十番の高級スーパー『ナニワヤ』にいた。

 今夜の夕食の買い出しだ。

 ペントハウスは俺一人の城。誰の干渉も受けず、自分だけの晩餐を楽しむための食材を選ぶ。


 カゴに入れたのは、最高級の『金華ハム』、タラバガニの缶詰、そして瑞々しいキュウリとトマト。さらに、鹿児島県産・黒豚の挽肉と、大判の餃子の皮。

 デザートには、縞模様の美しい大玉のスイカ。

 そして、飲料コーナーで、国産の六条大麦を深煎りした最高級の『麦茶』のパックを購入した。


 帰宅後、静寂なキッチンに立つ。

 今日のメニューは『具だくさんの冷やし中華』と『手作り餃子』だ。


 まずは冷やし中華のタレを作る。

 今回は醤油ベースではなく、濃厚な『胡麻だれ』だ。

 練り胡麻に、黒酢、醤油、砂糖、そして少しのラー油と生姜の絞り汁を混ぜ合わせる。コクと酸味のバランスが命だ。これを冷蔵庫でキンキンに冷やしておく。


 次に具材の準備。

 金華ハムは細切りに。タラバガニは贅沢に大きくほぐす。キュウリは食感を残すために少し太めの千切り。そして、卵を薄く焼き、美しい錦糸卵を作る。


 並行して、餃子の餡を練る。

 黒豚の挽肉に、みじん切りにしたキャベツ、ニラ、ニンニク、生姜を投入。味付けは醤油、酒、ごま油、そして隠し味のオイスターソース。

 粘り気が出るまで手で練り上げ、大判の皮で包んでいく。ヒダを美しく均等に寄せる作業は、無心になれる。


 フライパンに油を熱し、餃子を並べる。

 焼き色がついたら熱湯を注ぎ、蓋をして蒸し焼きに。

 水分が飛んだら、最後にごま油をひと回ししてカリッと仕上げる。


 チリチリという香ばしい音と共に、肉とニンニクの強烈な香りが立ち昇る。


 茹でて氷水で締めた中華麺を皿に盛り、その上に色鮮やかな具材を高く積み上げる。冷えた胡麻だれをたっぷりと回しかける。


「……完璧だ」


 食卓に、涼しげな冷やし中華と、暴力的なまでに食欲をそそる焼き餃子が並んだ。

 グラスには、氷を入れた最高級の麦茶。琥珀色の液体が、涼やかな音を立てる。


「いただきます」


 まずは餃子を酢醤油につけて口に放り込む。


「……っ」


 パリッとした皮を破ると、中から黒豚の強烈な旨味を持った肉汁が溢れ出す。ニンニクとニラのパンチが効いている。

 すかさず、麦茶を流し込む。

 深煎りされた大麦の香ばしさとスッキリとした苦味が、口の中の脂を洗い流してくれる。ビールも良いが、純粋に食事の味を楽しむなら、上質な麦茶は最高のペアリングだ。


 そして、冷やし中華へ。

 濃厚な胡麻だれが絡んだ麺に、金華ハムの塩気とタラバガニの甘みが合わさる。キュウリのシャキシャキ感がアクセントになり、いくらでも食べられそうだ。


 熱気と冷気。濃厚さとさっぱり感。

 対極にある味わいの往復運動。

 一人きりの静かなダイニングで、俺は至福の味覚体験に没頭した。


 デザートのスイカは、塩を少しだけ振り、甘みを極限まで引き出して平らげた。


 食後。

 俺はリビングの照明を落とし、シアタールームの革張りソファに深く腰掛けた。


 再生するのは、以前TSUTAYAでレンタルし、手元に置いてあったDVD『ゲーム』だ。

 デヴィッド・フィンチャー監督による、1997年のサイコスリラー。


 大富豪の投資家ニコラス・ヴァン・オートンが、誕生日に弟からプレゼントされたCRS(Consumer Recreation Services)という会社が提供する「ゲーム」に参加する物語。

 彼を取り巻く日常が徐々に崩壊し、暗殺者に狙われ、全財産を失い、現実と虚構の境界線が完全に失われていく。


 スクリーンの中で、マイケル・ダグラス演じる主人公が、追い詰められ、疲弊していく様を見つめる。


「……実によくできたプロットだ」


 俺はグラスに残った麦茶を揺らした。


 この映画の恐怖は、「どこまでがゲームで、どこからが現実なのか分からない」という点にある。

 そしてそれは、15歳の肉体に転生し、未来の知識を使って世界をハックしている俺の現在の状況と、奇妙なほどにリンクしている。


 俺が動かしているビジネス、俺が接しているヒロインたち。

 これらは全て、俺というプレイヤーが「未来を知っている」という優位性を持った上でプレイしている、巨大なゲームではないのか?


 もし、この優位性が失われたら。

 あるいは、神宮寺レイといった予測不可能なノイズが、俺の盤面を完全にひっくり返してきたら。


 映画のラスト。

 全ては弟が仕掛けた壮大な「ドッキリ」であったことが明かされ、主人公は日常へと帰還する。


「……映画はハッピーエンドだが、現実はそうはいかない」


 俺はDVDを止め、静寂を取り戻した部屋で立ち上がった。

 俺のゲームには、リセットボタンはない。

 一度でも致命的なミスを犯せば、築き上げた資産も、守るべき仲間も、全てを失う。


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