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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: U3


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第92話 ストリートの熱狂と冷徹なコンサルタント

 猛暑の午後。俺は、一人で原宿のキャットストリート、通称「裏原宿」を歩いていた。




 休日のこのエリアは、異様な熱気に包まれている。


 特定のカリスマデザイナーが手掛けるストリートブランドの店舗前には、新作のTシャツやスニーカーを求めて、何百人もの若者が長蛇の列を作っていた。


 徹夜組も珍しくない。彼らにとって、ロゴの入ったアイテムは単なる衣服ではなく、ステータスシンボルであり、熱狂の対象だ。




 俺は少し離れた日陰から、その行列を静かに観察していた。




「……凄まじいエネルギーだ。だが、著しく非効率でもある」




 需要に対して供給が圧倒的に絞られているため、市場には強烈なプレミアム価格が発生している。定価6千円のTシャツが、数万円で取引される世界。




 俺の頭の中で、新たなビジネススキームが組み上がっていく。




『人気ストリートブランドの並び代行・買取・委託販売店』。




 情報弱者や時間のない富裕層をターゲットに、プレ値での売買をシステマチックに行う。ホームレスや学生を日当で雇って行列に並ばせ、商品を確保する。そして、渋谷や原宿の雑居ビルにショーケースを構え、委託販売手数料を抜く。


 ネットオークションが未成熟なこの時代、実店舗を持つ「二次流通のハブ」は確実に儲かる。




「……初期投資は店舗の保証金とバイト代のみ。悪くない」




 手帳にメモを書き込んでいると、ポケットの携帯電話が震えた。


 ディスプレイには『神宮寺レイ』の文字。




「……珍しいですね、休日の昼間に」




『やあ、西園寺くん。良い知らせだと思ってね』




 電話の向こうから、探偵・神宮寺のどこか楽しげな声が聞こえた。




『昨晩、広域窃盗団「ファントム」のアジトに、警視庁の特捜班が突入した。主犯格を含め、メンバーは一網打尽だよ』




「……ほう。それは重畳です」




 俺はあえて感情を交えずに応じた。




『警察に決定的な証拠とアジトの場所を匿名でタレ込んだ親切な市民がいたようでね。……これで、君のペントハウスも平穏を取り戻せるだろう?』




「ええ。あなたの『親切』には感謝しますよ、神宮寺さん」




『ハハッ。まあ、彼らの劇場型犯罪には少し飽きていたところだからね。……じゃあ、また良い情報があれば連絡するよ』




 通話が切れる。


 ファントムの脅威は去った。これで、物理的なセキュリティレベルを通常に戻すことができる。


 俺にとって最大の懸念事項が、あっさりと解決した瞬間だった。




 その後、俺は渋谷へ移動し、人目につかない会員制のプライベートカフェに入った。


 ここで、少しだけ時間が空いたという天童くるみと待ち合わせをしていたのだ。




「お待たせ、レオ!」




 帽子とサングラスを外したくるみは、冷たいアイスティーを一気に半分ほど飲み干した。




「お疲れ様です、くるみさん。今日は雑誌の撮影ですか?」




「うん。夏物の水着グラビア。……もう、カメラマンの注文が多くて疲れちゃった」




 彼女は頬を膨らませて愚痴をこぼす。


 トップアイドルとしての多忙な日々。だが、その表情にはかつてのような悲壮感はなく、充実した疲労感が漂っている。




「君のプロポーションなら、どんな水着も着こなせるはずですが?」




「もう、レオったら! さらっとそういうこと言うんだから……」




 彼女は顔を赤くして、嬉しそうに笑った。


 ほんの30分ほどの他愛のない世間話。しかし、彼女にとっては過酷な芸能界を生き抜くための、大切な「酸素補給」の時間なのだろう。




「じゃあ、あたし次のスタジオ行かなきゃ。またね、レオ!」




 嵐のように現れ、風のように去っていく彼女を見送り、俺も店を出ようと席を立った。




 その時だった。




「……貴方が、西園寺玲央くんね?」




 カフェの入り口付近で、一人の女性が立ち塞がった。




 年齢は20代半ば。手入れの行き届いたストレートのロングヘアに、涼しげで鋭い瞳。


 アルマーニの細身のパンツスーツを完璧に着こなし、隙のない「機能美」を体現しているような大人の女性だ。




「……いかにも。僕が西園寺ですが、貴女は?」




「早坂茜。……涼の姉よ」




 名乗られた名前に、俺は脳内の情報を素早く検索した。


 早坂涼。俺の会社の一員であり、花屋プロジェクトを任せている早大生。彼女から、外資系コンサルティングファームで働く優秀な姉がいるとは聞いていた。




「なるほど、涼さんのお姉様ですか。……お噂は伺っております。妹さんにはいつもお世話に——」




「単刀直入に聞くわ」




 茜さんは俺の挨拶を冷たく遮り、ヒールの音を立てて一歩近づいた。




「うちのバカな妹を、どんな危ないビジネスに巻き込んでいるの?」




 その瞳には、明確な敵意と警戒心が宿っていた。




「……涼が最近、羽振りがいいのよ。それに、ヤクザ上がりみたいな連中とつるんで『花屋』をやっているとか。……調べさせてもらったわ。全て、貴方の『レオ・キャピタル』が資金を出しているそうね」




 彼女は腕を組み、15歳の俺を見下ろした。




「お金持ちの道楽息子が、19歳になったばかりの世間知らずな妹を騙して、何か違法なマネーロンダリングでもさせているんじゃないでしょうね? ……もしそうなら、私にも考えがあるわよ」




 完全に「妹をたぶらかす得体の知れない子供」という認識だ。


 先日誕生日を迎えたばかりの妹を心配する、肉親としての真っ当な反応だろう。


 だが、そのロジカルなアプローチと、身内を守ろうとする冷徹な姿勢は、コンサルタントとして極めて正しい。




 俺は小さく息を吐き、静かに微笑んだ。




「……ここで立ち話をするような内容ではありませんね。早坂茜さん。もし貴女が『エビデンス』をお求めなら、場所を変えましょう。……僕のビジネスモデルについて、プロのコンサルタントである貴女にプレゼンさせていただきますよ」




 俺が茜さんを案内したのは、恵比寿にある『ウェスティンホテル東京』の1階、「ザ・ラウンジ」だ。


 重厚なヨーロピアンクラシックのインテリアと、広々とした空間。ビジネスの密談には最適な場所だ。




 俺たちは向かい合って座り、俺はダージリンティーを、彼女はエスプレッソを注文した。




「……高校生が、随分と堂々とエスコートしてくれるじゃない。で? 言い訳を聞かせてもらいましょうか」




 茜さんはエスプレッソのカップを持ち上げながら、挑戦的な視線を送ってくる。




 俺は姿勢を正し、静かなトーンで語り始めた。




「まず、違法性については完全に否定しておきます。資金の流れは全てクリーンであり、税務上の処理も完璧です。……涼さんに任せている『花屋プロジェクト』は、元反社会的勢力の社会復帰を目的としたものであり、当社のCSRの一環です。長期的には、企業ブランディングにおいて投資額以上のリターンを見込んでいます」




「……CSR? 15歳が経営する投資会社が、社会的責任を語るの?」




 茜さんの眉がピクリと動いた。




「ええ。そして涼さんは、その現場の教育係として適任でした。彼女の持つ統率力と人間的な魅力は、彼らを更生させる上で最高の『アセット』です。僕は彼女を騙しているのではなく、正当な報酬を支払い、彼女の才能を活用しているに過ぎません」




 俺はさらに言葉を続ける。




「現在、当社のメインストリームは『Y2K対策の代行サービス』と『着メロ配信プラットフォーム』です。Y2Kビジネスは年内で終了しますが、その顧客リストを『社内SEのサブスクリプション』へと転換するフェーズに入っています。さらに、先ほど原宿で視察を終えたばかりですが、ストリートブランドの『二次流通ハブ』となる委託販売ビジネスのスキームも構築済みです」




 俺は手帳を開き、裏原宿のビジネスに関する粗利のシミュレーションと、在庫回転率の予測数値を茜さんに提示した。




 茜さんの視線が、手帳の数字に釘付けになる。




「……待って。この委託販売の手数料率……。在庫リスクを完全にゼロに抑えつつ、キャッシュフローを回す気? 並びの代行部隊をシステム化して……」




 彼女の表情から、徐々に「子供を叱る姉」の顔が消え去り、「プロのコンサルタント」としての真剣な顔が浮かび上がってきた。




「その通りです。需要と供給の歪みを突き、情報の非対称性を利用する。……どうですか、早坂さん。僕のビジネスは、貴女の目から見て『危ないお遊び』に映りますか?」




 沈黙が流れた。


 ホテルのラウンジに流れる静かなピアノの生演奏だけが聞こえる。




 茜さんは手帳から目を離し、まじまじと俺の顔を見た。


 その瞳には、明らかな「驚愕」の色が浮かんでいた。




「……信じられない。貴方、本当に15歳?」




 彼女は小さくため息をつき、エスプレッソを飲み干した。




「……ただの金持ちの道楽息子かと思ってたけど。中身はウォール街の老練なファンドマネージャーね。……涼が心酔するわけだわ」




「過分な評価です。……ご安心いただけましたか?」




「ええ。違法性がないことと、貴方が並の人間じゃないことは嫌というほど理解したわ」




 茜さんは少しだけ口角を上げ、初めて「仕事相手」に向けるような笑みを見せた。




「……西園寺くん。貴方のその『二次流通ビジネス』のスキーム、悪くないわね。でも、利益率をあと5%上げる方法があるわ。……聞きたい?」




「是非。一流のコンサルタントからの無料のコンサルティングを断る理由はありません」




 俺たちはそこから、ストリートブランド市場の展望と、最適な手数料設定について、プロ同士のシビアな「壁打ち」を交わした。


 感情論を排し、純粋な数字とロジックだけで構築される会話。


 妹の涼さんとは全くベクトルが違うが、彼女もまた、極めて優秀で魅力的な女性だった。




「……今日は有意義な時間でした。涼さんには、このことは内緒にしておきますよ」




 別れ際、俺がそう告げると、茜さんは少しバツが悪そうに視線を逸らした。




「……あの子、昔から不器用なのよ。自分の損得抜きで他人のために動いちゃう。……西園寺くん、あの子が怪我しないように、上手く使ってやってちょうだい」




「承知しています。彼女は、僕の重要な共犯者ですから」




 茜さんは軽く手を上げ、颯爽と恵比寿の街へと歩き去っていった。


 新たな、そして強力なビジネスの理解者を得た瞬間だった。




 夏休み中の登校日。


 夏期講習とホームルームを兼ねたこの日、私立桜花学園の1年A組の教室は、生徒たちの気だるげな熱気に包まれていた。




 現代社会の補習授業。


 教壇に立つ教師は、チョークを置き、額の汗を拭った。




「……さて。昨今の日本経済において、長引く不況から物価が継続的に下落する現象が見られる。これにより企業の収益が悪化し、さらなる賃金低下と消費の冷え込みを招く悪循環……これを何と呼ぶか。また、その解決策としてどのようなマクロ経済政策が考えられるか?」




 高校1年生には少し難易度の高い、現実の経済課題に直結する問いだ。


 教室は静まり返り、誰もが目を逸らしている。




 教師は、名簿を見ることなく、まっすぐに俺の席を見た。




「……西園寺。答えられるか?」




 俺はノートパソコンを閉じ、静かに立ち上がった。




「はい。『デフレ・スパイラル』です。解決策としては、まず日本銀行による大胆な金融緩和、具体的にはゼロ金利政策の導入や量的緩和によって市場にマネーを供給し、インフレ期待を醸成することが挙げられます。同時に、政府による機動的な財政出動を行い、有効需要を創出する必要があります」




 俺は淀みなく、教科書以上の模範解答を口にした。




「……見事だ。まるで日銀の総裁にでも意見を求めているようだったよ」




 教師は感嘆の声を漏らし、クラスメイトたちからは「またかよ」「凄すぎだろ」という囁きが漏れた。




 日常の学園生活。


 昨日、外資系コンサルタントと数千万規模のビジネススキームを論じ合っていた自分と、こうして教室で高校生として授業を受けている自分。


 そのギャップが、心地よいノイズとなって俺を満たす。

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