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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: U3


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第91話 未来への地図と梅しその香り

 東京の空は、雲ひとつない快晴だった。

 容赦ない日差しがアスファルトを焼き、陽炎を揺らしている。本格的な夏の到来だ。


 通学中のハイヤーの中、俺は、冷房の効いた快適な空間で2冊の専門書を交互に読み進めていた。


『心理学における行動分析』。


 スキナーの行動主義心理学をベースに、人間の行動を「強化」と「罰」の随伴性から解き明かす理論書。

 そして、『フランス料理の科学』。

 調理プロセスにおけるタンパク質の変性やメイラード反応を、化学的な視点から解説した一冊。


「……行動の習慣化と、味覚の構造化。アプローチは違うが、どちらも『再現性』を求めている点では同じだな」


 知識を脳内で体系化しながら、俺は校門をくぐった。


 今日は1学期の終業式だ。

 体育館での式典は、校長の長い話と、生徒たちの隠しきれない解放感の中で淡々と進行した。

 そして正午過ぎ、ホームルームが終わると同時に、教室は爆発的な歓声に包まれた。


「やったぁぁ! 夏休みだぁぁ!!」

「カラオケ行こうぜ! オールで!」


 40日間の自由を手に入れた高校生たちのエネルギーは凄まじい。

 俺は鞄をまとめ、喧騒を後にしようとしたところで、桜木マナに声をかけられた。


「……西園寺くん! お疲れ様」


「お疲れ様です、桜木さん。通知表の結果はいかがでしたか?」


「うん! 英語と国語、クラスで5番以内に入れたよ! 数学も……まあ、平均点は超えたし!」


 彼女は晴れやかな笑顔を見せた。

 以前のような、誰かの顔色を伺うような影はもうない。

 自分の足で立ち、自分の成果を喜べる強さを手に入れたようだ。


「素晴らしいですね。夏休みもその調子で」


「うん! バイトも頑張る。……西園寺くんも、無理しないでね?」


「ええ。適度に休息は取りますよ」


 短い挨拶を交わし、彼女は友達の輪の中へと戻っていった。

 俺もまた、自分の戦場へと向かう。


 帰りの車内で、俺は舞に今後の事業展開について指示を出していた。


「Y2K対策代行サービスは、年末にかけて爆発的な需要が見込める。だが、それは一過性の祭りだ」


 俺はノートパソコンの画面を指し示した。


「2000年1月1日を過ぎれば、このビジネスは消滅する。……だが、我々の手元には『ITリテラシーが低く、金払いの良い中小企業』のリストが残る」


「……なるほど。そのリストを活用するのですね」


「その通りだ。年明けからは、彼らに対して『社内SE代行サービス』を提案する。月額固定のサブスクリプションモデルだ。PCのトラブル対応、ネットワーク管理、セキュリティ対策。これらを月額5万円で請け負う」


 社員を一人雇うより遥かに安く、プロのサポートが受けられる。経営者にとっては魅力的な提案だ。

 一度契約すれば、解約率は極めて低いストックビジネスになる。


「2000年問題の『恐怖』を入り口にして、恒久的な『依存』へと移行させる。……これが次のシナリオだ」


「完璧ですね、社長。すぐに準備に入ります」


 舞は感嘆のため息を漏らし、スケジュール帳に書き込んだ。


 その日の夕方。

 俺は天童くるみと、横浜・みなとみらいにいた。


 海沿いの公園。夕暮れの潮風が心地よい。

 変装用の帽子を被ったくるみは、手すりにもたれかかり、海を眺めながらポツリと言った。


「……ねえ、レオ。あたしたち、これでいいのかな」


「何がですか?」


「……年齢、だよ」


 彼女は俺の方を向いた。サングラスの奥の瞳が、不安げに揺れている。


「あたしはもう18で、社会人としても働いてる。……でも、あんたはまだ15歳。高校に入ったばかりの子供じゃない」


 彼女は自分の腕を抱いた。


「周りから見れば、あたしがいい年して年下の子をたぶらかしてるように見えるわよ。……これ以上一緒にいたら、あんたの将来に傷がつくんじゃないかって、たまに怖くなるの」


 トップアイドルとしての自覚と、常識的な大人の分別。

 それが彼女を苦しめている。

 41歳の中身を持つ俺にとっては些末な問題だが、彼女にとっては深刻な壁なのだろう。


「……くるみさん」


 俺は鞄から、一冊のファイルを取り出した。


「これは?」


「僕の『人生設計書』です。向こう50年分、シミュレーションしてあります」


 彼女は驚いてファイルを受け取り、ページをめくった。

 そこには、20代での資産目標、30代での事業展開、そして引退後の隠居計画までが、緻密な数字と共に記されていた。


「……何これ。キモチワルイくらい細かいんだけど」


「そこには、リスク要因も全て織り込み済みです。スキャンダル、株価暴落、天災。……そして、君との関係も」


 俺は彼女の目を見て、静かに微笑んだ。


「僕の計算に『想定外』はありません。君が年齢差を気にしていることも、世間がどう見るかも、全て計算に入っています。……その上で、君が必要だと判断しているんです」


「……計算尽くってわけ?」


「ええ。君が老婆になっても、僕がジジイになっても、隣で笑っていられるように設計してあります」


「……バカ。ジジイとか言わないでよ」


 くるみは泣きそうな顔で笑い、ファイルを閉じた。


「……分かったわよ。あんたのその変態的な計算能力を信じてあげる」


「賢明な判断です」


 俺たちは『コスモワールド』の観覧車を見上げた。

 巨大な時計のようなその輪は、俺たちの時間を刻んでいる。

 年齢など、単なる数字だ。俺が描く未来図の中で、彼女は常に輝くヒロインとして配置されているのだから。


 朝から気温は30度を超えていた。

 俺は所用で代々木公園の近くを歩いていた。


 木陰の広場から、重低音のビートが聞こえてくる。

 ラジカセを鳴らし、一人で激しく踊っている少女がいた。


 星野亜美だ。


 ダボっとしたスウェットパンツに、スポーツブラという露出の高い格好。

 全身から玉のような汗を流し、真剣な表情でステップを踏んでいる。

 バイト中の軽いノリや、いつもの人懐っこい笑顔はそこにはない。

 ただひたすらに、自分の身体と音楽に向き合う、ストイックなダンサーの顔だ。


 俺は足を止め、彼女の動きに見入った。

 リズム感は抜群だ。だが、何かが噛み合っていない。


 曲が終わり、亜美が荒い息を吐きながら膝に手をついた。

 顔を上げ、俺の存在に気づく。


「……はぁ、はぁ……っ! ……あ! こないだの生意気くん!」


 彼女はタオルで汗を拭いながら、睨むように俺を見た。


「何よ。……あたしのダンスに見とれてた?」


「ええ。熱量は伝わってきました」


「でしょ? ……へへん」


「ですが、重心が爪先に寄りすぎています」


 俺は冷静に指摘した。


「え?」


「ターンの瞬間に軸がブレているのは、踏み込みが浅いからです。もっと骨盤を意識して、床を『蹴る』のではなく『押す』イメージで動けば、キレが増すはずです」


「……はぁ? あんた何様? ダンスやったことあんの?」


 亜美はムッとして頬を膨らませた。


「物理法則の話です。運動エネルギーを効率的に回転に変換できていない。……試しに、踵を意識してもう一度やってみてください」


「……チッ。偉そうに」


 彼女は悔しそうに舌打ちをしたが、素直に曲をかけ直した。

 言われた通りにステップを踏む。

 踵を意識し、床を押す。


 クルッ。


 鋭いターンが決まった。軸がブレない。


「……うそ。……軽く回れた」


 亜美は自分の体を見下ろし、呆然とした。


「感覚派の君には、理論による補正が必要だっただけです。才能はありますよ」


「……なんなの、あんた。マジで」


 彼女はタオルを頭から被り、隠すようにして呟いた。


「……悔しいけど、凄いわ。……サンキュ」


「礼には及びません。……さて、汗を流しに行きましょうか」


 俺たちはそのまま原宿へと移動した。

 竹下通りの喧騒を抜け、裏通りのスニーカーショップへ。


「うわっ、これレアじゃん! 『エアマックス95』のイエローグラデ!」


 亜美はショーケースに張り付いて目を輝かせた。

 ダンスの話、音楽の話、そして将来の夢の話。

 ステージの上で輝くことを夢見る彼女の瞳は、夏の太陽よりも熱く燃えていた。


 夕方。

 亜美と別れた俺は、麻布十番の『ナニワヤ』で夕食の買い出しを済ませ、帰宅した。


 静寂に包まれたペントハウス。

 誰の気配もないこの空間が、今の俺には最も落ち着く。


 俺はキッチンに立ち、エプロンを締めた。

 今日のテーマは「夏の疲労回復」だ。


 メインは『鶏肉の梅しそ焼き』。

 鳥取県産の銘柄鶏『大山どり』のもも肉を使用。

 余分な脂と筋を取り除き、一口大に切る。

 紀州南高梅の果肉を包丁で叩き、ペースト状にする。そこに酒、みりん、醤油を少々。

 鶏肉をフライパンで皮目からじっくりと焼く。カリッとしたら裏返し、火を通す。

 最後に梅肉ソースを絡め、仕上げに刻んだ大葉をたっぷりと乗せる。


「……香りがいい」


 梅の酸味と大葉の清涼感が、食欲を刺激する。


 副菜は『カボチャの煮物』。

 面取りしたカボチャを、出汁、砂糖、薄口醤油で煮含める。一度冷まして味を染み込ませておいたものだ。


 味噌汁は、豆腐とわかめ。シンプルイズベスト。


 飲み物は、『タカラcanチューハイ』の「梅」。

 甘くない、ドライな口当たりが食事に合う。今日はあえて缶のまま飲む。それがこの酒の流儀だ。


「いただきます」


 一人、静かに手を合わせる。


 鶏肉を口に運ぶ。

 皮のパリパリ感と、ジューシーな肉汁。そこに梅の酸味がガツンと効いてくる。大葉の香りが鼻に抜け、脂っこさを完全に中和する。


「……美味い」


 そこに、冷えたチューハイを流し込む。

 焼酎の炭酸割りに、梅のエキス。キレのある味が、鶏肉の旨味をさらに引き立てる。


 カボチャの煮物は、ホクホクとして甘い。

 味噌汁が五臓六腑に染み渡る。


 誰かと食べる食事も素晴らしいが、こうして自分のペースで、自分のためだけに作った料理を味わう時間もまた、至高の贅沢だ。


 食後。

 俺はリビングの窓辺に向かった。

 そこには、先日購入した観葉植物のパキラが置かれている。

 少し葉が乾燥しているようだ。


 俺は霧吹きを取り出し、丁寧に葉水を与えた。

 シュッ、シュッ。

 細かい霧が葉を濡らし、瑞々しい緑色が蘇る。


「……大きくなれよ」


 植物も、ビジネスも、そして人間関係も。

 日々のメンテナンスと、適切な栄養が成長の鍵だ。


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