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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: U3


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第90話 屋上のヒーローと論理の迷宮

 私立桜花学園の放課後。生徒たちが足早に下校していく中、強烈な日差しが照りつける校舎の屋上には、どこか思い詰めたような表情の少女が一人、フェンスに寄りかかっていた。


「……お待たせしました、花村先輩」


 俺が声をかけると、花村結衣はハッとして振り返った。

 彼女の柔らかな茶色の髪が、夏の熱風に揺れる。いつも周囲を和ませるその笑顔は、今は不安げに曇っていた。


「西園寺くん……。ごめんね、放課後なのに呼び出したりして」


「構いませんよ。……何か、悩み事ですか?」


 俺が隣に並んで東京の街並みを見下ろすと、結衣は少し躊躇いながら口を開いた。


「あのね……セイラちゃんのことなんだけど。最近、なんだか元気がないの。……私に心配かけないように無理して笑ってるみたいで。お家が、大変みたいで……」


 霧島セイラ。学園の生徒会長であり、霧島グループの令嬢。

 俺は彼女の背負っている重圧や、一族内部の複雑な事情を把握している。結衣が気づくのも無理はない。彼女は他人の痛みに誰よりも敏感なのだから。


「……結衣先輩は、本当に友達想いですね」


「ううん、そんなことない。私、ドジだし、頭も良くないから……セイラちゃんみたいに一人で頑張ってる子を見ると、どうしていいか分からなくなっちゃうの」


 彼女はうつむき、フェンスを握る手をきつく握りしめた。


「自分を卑下する必要はありません。先輩が彼女を心配するその優しさは、間違いなく彼女の救いになっています。……具体的な問題解決は、僕が適宜サポートします。ですから、先輩は今まで通り、彼女の心の支えでいてください」


 俺がはっきりと告げると、結衣は顔を上げ、大きな瞳で俺を見つめた。


「……西園寺くん」


「僕にできることなら、何でもしますから」


「ふふ……。西園寺くんって、本当に不思議。……なんだか、セイラちゃんを助けてくれる『ヒーロー』みたい」


 彼女は涙ぐみながらも、ようやくいつものひまわりのような笑顔を見せた。

 その純粋な信頼の眼差しは、照りつける太陽よりも眩しい。


「……ヒーローなどという柄ではありませんよ。ただの合理的な判断です。さあ、行きましょうか」


「え? どこに?」


「甘いものでも食べて、気分を切り替えましょう」


 俺は結衣を連れて新宿へと向かった。

 行き先は『新宿高野フルーツパーラー』だ。

 涼しい店内で、彼女の前に運ばれてきたのは、旬の桃が山のように盛られた特製パフェ。


「わぁ……! すごい! キラキラしてる!」


 結衣は目を輝かせ、パフェと俺を交互に見た。

 一口食べると、その顔いっぱいに至福の表情が広がる。


「ん〜っ! すっごく甘くて美味しい! 西園寺くんも食べる?」


 彼女がスプーンを差し出してくる。

 純真無垢なその好意に、俺は少しだけ苦笑しながら、その甘さを受け取った。

 彼女の笑顔を守るためなら、多少の厄介事にも首を突っ込む価値はある。


 翌7月22日、木曜日。


 午前中、俺は自宅のペントハウスでノートパソコンを立ち上げ、複数の口座残高を確認していた。


『Y2K対策代行サービス』。


 不安を煽るダイレクトメールを都内の中小企業にばら撒き始めてから、申し込みの電話が鳴り止まない。


「このまま1999年末を迎えれば、顧客データが全て消滅するかもしれません」――その事実に基づいた『恐怖』は、経営者たちの財布の紐を容易く解いた。


 作業内容は学生バイトによる修正プログラムのインストールのみ。

 利益率は異常なほど高い。この短期間で、すでに数千万円の純利益が確定している。


「……年末までこの恐怖を煽り続ければ、さらに跳ねるな」


 モニターの数字を見つめながら、冷徹な計算を終わらせる。


 携帯電話が短い着信音を鳴らした。

 天童くるみからのメールだ。


『レオおはよー! 今度のクイズ番組の台本読んでるんだけど、これ全然わかんない! 助けて!(>_<) 「19世紀、進化論を提唱したダーウィンが乗っていた船の名前は?」』


 トップアイドルになっても、彼女の無邪気さは変わらない。

 俺は即座にキーを打つ。


『ビーグル号です。ついでに、彼の著書は「種の起源」。頑張ってください』


 送信ボタンを押すと、すぐに『レオ天才! だいすき!』という返信が来た。

 彼女の明るさに少しだけ口角を上げ、俺は外出の準備を整えた。


 午後、所用で新宿の街を歩いていると、すれ違う人波の中で見覚えのある女性の姿を見つけた。


「柚木さん」


 声をかけると、日傘をさしていた柚木沙耶が立ち止まり、こちらを振り返った。

 薄紫色のサマードレスが、彼女の落ち着いた大人の魅力を引き立てている。


「あら、玲央くん。奇遇ね」


「お買い物ですか?」


「ええ、少し画材をね。……玲央くんは、相変わらず少し急ぎ足で歩いてるのね」


 彼女はふわりと微笑んだ。

 その観察眼は鋭い。彼女と話していると、張り詰めた神経が少しだけ緩むのを感じる。


「時間は有限ですから。ですが、こうして貴女と世間話をする余裕くらいはありますよ」


「ふふ、嬉しいこと言ってくれるのね。……暑いから、無理しないでね」


 短い立ち話だったが、彼女の纏う穏やかな空気に触れ、俺は歩調を少しだけ緩めて目的地へと向かった。


 新宿通りに面した『紀伊國屋書店 新宿本店』。

 膨大な蔵書を誇るこの場所は、知の迷宮だ。

 俺はエスカレーターで洋書コーナーへと向かった。ビジネス書ではなく、少し頭を切り替えるための活字が欲しかったのだ。


 ミステリーの棚の前。

 背表紙の英語タイトルを眺めていると、一冊の本が目に留まった。

 エラリー・クイーンの『The Tragedy of Y(Yの悲劇)』。論理パズルの最高峰とも言える古典だ。


 俺がその本に手を伸ばした瞬間。

 隣から伸びてきた白く細い手と、指先が軽く触れ合った。


「あ……」


 俺が視線を向けると、そこには驚いたように目を丸くしている少女がいた。

 瀬名愛理先輩だ。

 白のノースリーブに薄手のカーディガンを羽織り、知的な美貌にはわずかに戸惑いの色が浮かんでいる。


「……奇遇ですね、瀬名先輩。洋書のミステリーですか」


「西園寺、くん……。ええ、まあ」


 彼女は手を引っ込め、少し気まずそうに視線を泳がせた。

 ドラマや少女漫画のような、ベタすぎるシチュエーションだ。


「……貴方もこれを読むの? クイーンの原書なんて、高校1年生が読むには少し骨が折れると思うけど」


 彼女は少しだけ挑発するように言った。


「論理的なパズルは嫌いではありませんので。特にクイーンの、読者に対する『フェアプレイの精神』は美しいと思います。全ての伏線が提示され、論理の帰結として犯人が導き出される」


 俺が答えると、愛理先輩はハッとして顔を上げた。


「……分かるわ。私も、感情で押し切るようなミステリーより、論理的で伏線回収が美しい作品が好きなの。……なんだ、西園寺くんも分かってるじゃない」


 彼女の瞳に、知的な好奇心が灯った。

 俺たちはそのまま棚の前で、アガサ・クリスティの叙述トリックや、ディクスン・カーの密室講義について、互いのオススメを語り合った。

 彼女の読書量は凄まじく、その考察は極めて論理的だ。年齢を問わず、ここまで知的な会話のキャッチボールができる相手は貴重だった。


「……立ち話もなんですから。少し場所を変えませんか」


 俺が提案すると、彼女は躊躇いなく頷いた。


「ええ。貴方の選書センス、もう少し聞いてみたいし」


 俺たちが向かったのは、新宿三丁目にある純喫茶『名曲・珈琲 らんぶる』。

 地下へと続く階段を降りると、そこには昭和の香りが残る、広大でクラシカルな空間が広がっていた。

 クラシック音楽が静かに流れる中、俺たちは向かい合って座った。


「素敵な場所ね。……貴方、本当にどこでこういうお店を覚えるの?」


 アイスコーヒーのグラスを傾けながら、愛理先輩が尋ねる。


「歩いていれば見つかりますよ。……ところで先輩、先ほどの『アクロイド殺し』の解釈ですが——」


 俺たちは時間の許す限り、論理の迷宮を楽しんだ。

 進路や学校のしがらみといった現実から離れ、純粋な思考遊戯に耽る時間。

 彼女のクールな表情が、ミステリーの話題になると熱を帯びて生き生きと輝く。

 そのギャップは、年上の女性らしい魅力に溢れていた。


 夕方。

 紀伊國屋書店で本を数冊買い足し、俺は麻布のペントハウスへと帰宅した。


「ただいま戻りました」


 リビングに入ると、ソファでファッション誌を読んでいた姉――西園寺摩耶が顔を上げた。


「あ、おかえり玲央。随分遅かったじゃない。……もしかして、デート?」


 姉はニヤニヤしながら探りを入れてくる。

 相変わらず、弟の私生活に興味津々らしい。


「ただの買い物と、知人との世間話ですよ」


「ふーん? まあいいけど。ねえ、玲央はどこか遊びに行かないの? 海とか、避暑地とかさ」


「特に予定はありません。事業の拡大と、市場の動向を追うだけで夏は終わりそうです」


「えー、つまんないの。高校生なんて人生で三年間しかないんだよ? もっと青春しなよ」


「僕にとっては、ビジネスで結果を出すことこそが最大の娯楽ですので」


 俺が冷たく切り返すと、姉は大げさにため息をついた。


「可愛くない弟。……まあ、玲央が楽しんでるならいいけどさ。夕飯は適当に食べるから、気にしないでね」


「分かりました。ごゆっくり」


 俺は自室に入り、ネクタイを外してシャツのボタンを開けた。

 静寂な空間。

 机の上には、先日購入した真鍮製の立体パズルが置かれている。


 俺は椅子に深く腰掛け、その冷たい金属の塊を手に取った。

 複雑に絡み合った複数のパーツ。一見すると絶対に外れないように見えるが、必ずどこかに論理的な解答が存在する。


 カチャ、カチャ……。


 金属が擦れ合う微かな音が、部屋に響く。

 結衣の優しさ、くるみの無邪気さ、沙耶の穏やかさ、そして愛理との知的な交流。

 周囲の人間関係は、このパズルのように複雑に絡み合い始めている。

 そして、水面下で動くファントムや神宮寺といった脅威。


 俺は指先で金属の隙間を探りながら、盤面の情報を整理していく。

 力任せに引いても外れない。角度を変え、視点を変え、論理の筋道を通す。


 カチャリ。


 重みのある音と共に、パズルが見事に二つのパーツに分かれた。


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