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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: U3


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第81話 裏原宿の迷宮と銀色の解放

 期末テスト直前の週末。私立桜花学園は「半ドン」の授業を終え、生徒たちは参考書を詰め込んだ鞄を手に、それぞれの放課後へと散らばっていく。


 下駄箱で靴を履き替えていると、隣からふわりと甘いバニラの香りが漂ってきた。


「あ、西園寺くん! お疲れ様~」


 花村結衣先輩だ。


 夏服のブラウスの第一ボタンを無造作に開け、首筋にうっすらと汗を浮かべている。その健康的な色気と、屈託のない笑顔のギャップは、相変わらず心臓に悪い。


「お疲れ様です、花村先輩。テスト勉強は順調ですか?」


「うん! こないだの勉強会のおかげで、古文はいけそう! ……数学は、まあ、赤点は回避できる……かな?」


 彼女はテヘッと舌を出した。


「セイラちゃんもね、『西園寺くんの教え方は癪に障るけど、分かりやすいのは事実ね』って言ってたよ。ふふ、素直じゃないよねぇ」


「……光栄です。霧島先輩らしいですね」


「あ、そうだ! テスト終わったらさ、みんなでまたどっか行こうよ! 愛理ちゃんも誘って!」


「ええ、是非。……プランを練っておきます」


 彼女の明るさは、張り詰めた神経を緩めてくれる。


「じゃあね~! バイバ~イ!」


 手を振って去っていく彼女の背中を見送りながら、俺は明日への英気を養った。


 明日は日曜日。そして、我が家の「猛獣」たちとの外出が予定されている。


 翌7月4日、日曜日。


 梅雨の中休み。湿度は高いが、雲の隙間から強い日差しが降り注ぐ午後。


 俺は、姉の摩耶と、その親友である早坂涼と共に、原宿の竹下通りを抜けた先――通称「裏原宿」を歩いていた。


「あっつー……。なんだよこの湿気。サウナかよ」


 Tシャツに太めのカーゴパンツ、キャップを目深に被った涼さんが、手で顔を扇ぎながらぼやく。


 18歳の現役早大生でありながら、その風貌は完全に「イケメン少年」だ。


「文句言わないの、涼! あんたが『新しい服欲しい』って言ったんじゃない」


 隣を歩く姉・摩耶は、日傘をさして涼しげな顔をしている。見た目は深窓の令嬢だが、中身は涼さんと同レベルのバンカラ気質だ。


「そうだけどさぁ……。アタシは古着屋で適当なTシャツ探せればそれで……」


「ダメです。今日はトータルコーディネートさせていただきますよ」


 俺は涼さんの背中を押した。


 1999年の裏原宿。


『A BATHING APE』や『UNDERCOVER』といったブランドが熱狂的な支持を集め、ストリートファッションの聖地として独自の文化を形成しているエリアだ。


 だが、今日俺が目指すのは、そうしたカリスマブランドではない。


 路地裏にひっそりと佇む、新進気鋭のセレクトショップ。


「……ここだ」


 コンクリート打ちっぱなしの無機質な店内。


 俺はハンガーラックから、一枚のカットソーを抜き出した。


 黒のノースリーブだが、首元がドレープ状になっており、シンプルながらも女性的なラインを美しく見せるデザインだ。


「涼さん。これを試着してください。ボトムスはこのシルバーグレーのロングスカートで」


「はぁ!? スカート!? 無理無理! 似合わねーって!」


 涼さんが全力で拒否する。


「似合うかどうかは、着てから判断します。……それとも、俺の見立てが信用できませんか?」


「うっ……。ボンがそう言うなら……」


 彼女は渋々試着室へと消えた。


 数分後。


 カーテンが開き、涼さんがおずおずと出てきた。


「……どうだよ。笑うなよ?」


 そこにいたのは、いつもの「姉御」ではなかった。


 黒のドレープが彼女の華奢な鎖骨を強調し、ロングスカートが縦のラインを作ることで、彼女の持つ「凛とした美しさ」が引き出されている。


 ショートカットの髪が、むしろモードな雰囲気を醸し出していた。


「……嘘。涼、すごく綺麗……!」


 姉が目を見開く。


 涼さんは顔を真っ赤にして、居心地悪そうに腕を組んだ。


「だ、だから似合わねーって言ったろ! なんかスースーするし!」


「いいえ。似合っていますよ」


 俺は彼女に近づき、ショーケースから選んだシルバーのバングルを、彼女の手首に嵌めた。


 無骨なデザインだが、それが逆に彼女の細い手首を際立たせる。


「『可愛い』ではありません。……『格好いい』です。貴女の持つ強さと知性が、服に負けていない」


「……っ!」


 涼さんが息を呑んだ。


「格好いい……?」


「ええ。貴女は媚びる必要はない。そのままで美しいのですから」


 鏡の中の自分を見つめる涼さんの瞳が、揺れた。


「……ちぇっ。相変わらず口が上手いんだから、ボンは」


 彼女はバングルを愛おしそうに撫で、照れ隠しのようにニカッと笑った。


「……悪くないかもな。サンキュ」


 買い物を終え、摩耶姉さんが「ちょっとあっちのお店も見てくる!」と別行動を取った隙に、俺と涼さんはキャットストリート沿いの隠れ家的なカフェに入った。


 オープンテラスの席で、アイスカフェラテを注文する。


「……ふぅ。生き返るな」


「お疲れ様でした。……そういえば、花屋の件はどうなっていますか?」


「ああ。工藤のおっさん達な。……意外と真面目にやってるよ。花の扱いも丁寧だし、何より客への挨拶が『へいらっしゃい!』から『いらっしゃいませ』に矯正されつつある」


 涼さんは楽しそうに笑った。


「ボンが資金を出してくれたおかげだ。……アタシ、教師になる前に、あいつらの更生を見届けるのが面白くなってきちゃってさ」


「それは何よりです。貴女なら、彼らの『人生の担任』になれますよ」


 その時だった。


「……西園寺くん?」


 通りの向こうから、声をかけられた。


 振り返ると、そこには瀬名愛理先輩が立っていた。


 聖カトレア女学院の制服ではなく、シックなモノトーンの私服姿だ。手には小さな紙袋を持っている。


「あ、瀬名先輩。奇遇ですね」


「……ええ。買い物?」


 彼女の視線が、対面に座る涼さんに向けられる。


「あ、どうも。西園寺の……姉の友人の早坂です」


 涼さんが、珍しく「余所行き」の敬語を使って挨拶した。その変貌ぶりに俺は吹き出しそうになったが、なんとか堪える。


「……初めまして。瀬名愛理です」


 愛理先輩は涼さんの整った容姿を見て、少し警戒を解いたようだ。


「西園寺くん、意外と交友関係が広いのね」


「まあ、色々と。……先輩は何を?」


「……これよ」


 彼女は紙袋から、小さな箱を取り出して見せた。


 中に入っていたのは、アンティーク調の銀製のブックマークだった。繊細な透かし彫りが施されている。


「素敵な細工ですね」


「ええ。……これ、セイラへのプレゼントなの。あの子、最近勉強頑張ってるから」


 ツンとした物言いだが、その裏にある親友への愛情は隠せない。


「きっと喜びますよ。霧島先輩、美しいものがお好きですから」


「……だといいんだけど。……じゃあ、邪魔したわね」


 彼女は涼さんに軽く会釈をし、颯爽と歩き去っていった。


「……へぇ。あの子が噂の『監視役』?」


 涼さんがストローを回しながら言った。


「ええ。手強いですが、悪い人ではありません」


「ふふん。ボンの周りには、面白い女が集まるねぇ」


 涼さんは意味ありげに笑い、残りのラテを飲み干した。


 夕方、摩耶姉さんと合流して帰宅した後。


 俺は『グラン・エターナル麻布』のキッチンに立ち、夕食の準備に取り掛かった。


 歩き回って疲れた体に、エネルギーを注入するメニュー。


『豚肉とニンニクの芽のオイスターソース炒め』。


 豚肉は、脂の甘い「黒豚」のバラ肉を使用。下味をつけて片栗粉をまぶし、カリッと焼く。

 ニンニクの芽は、シャキシャキ感を残すために強火で短時間で炒める。

 味付けは、オイスターソース、醤油、酒、そしてたっぷりの刻みニンニクと生姜。


 ジャァァァッ!!


 中華鍋の中で食材が踊り、食欲を刺激する強烈な香りがキッチンに爆発する。


 副菜は『中華風冷奴』。

 絹ごし豆腐の上に、刻んだザーサイ、ネギ、ミョウガをたっぷり乗せ、熱したごま油を「ジュッ」とかける。


 スープは、干し貝柱で出汁をとった『冬瓜と卵のスープ』。優しい味わいが、脂っこい口をリセットしてくれる。


「ただいまー! ……うわ、めっちゃいい匂い!」


「I'm home! Leo, 今夜は中華?」


 買い物から戻った姉と、別件で外出していた母・ソフィアがダイニングに集まってくる。


「ええ。スタミナをつけて、梅雨の湿気を吹き飛ばしましょう」


 俺は冷蔵庫から、キンキンに冷えた『ヱビスビール』を取り出した。もちろん、飲むのは母だけだ。俺と姉は冷たい烏龍茶。


「いただきまーす!」


 姉が豚肉とニンニクの芽を白米にワンバウンドさせて頬張る。


「……んんっ! 美味しい! ご飯が進む味!」


「豆腐も最高よ! このザーサイの塩気がたまらないわ!」


 母がビールを煽り、上機嫌で笑う。


 俺も箸を進めた。ニンニクの芽の歯ごたえと、豚肉の脂の甘み。オイスターソースのコクが全体をまとめ上げている。


「……涼さん、あの服似合ってたわねぇ」


 姉が思い出したように言った。


「ああ。彼女の新しい一面を引き出せたと思う」


「玲央、あんた将来スタイリストにもなれるんじゃない?」


「投資家の方が儲かりますよ」


 俺の即答に、姉と母が声を上げて笑った。


 賑やかな食卓。


 裏原宿で見つけた銀色の輝きと、フライパンの上で踊る食材の輝き。


 どちらも、今の俺にとってはかけがえのない「日常」の光景だった。


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