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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: U3


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第79話 教育者の憂鬱と監視者の洗礼

 本格的な梅雨の到来を告げるような湿った空気が、東京の街を覆っていた。


 朝。俺は、リビングでエスプレッソを飲みながら、テレビの通販番組を眺めていた。


『さあ、この浄水器をご覧ください! 水道の赤錆が、一瞬で透明な水に!』


 大げさな実験映像。不安を煽り、解決策を提示する古典的なマーケティング手法だ。


「……水への不安か。ミネラルウォーター市場はこれから確実に伸びるな」


 俺は手帳にメモを取り、テレビを消した。情報はどこにでも転がっている。


 放課後。


 俺は渋谷のスペイン坂にあるドリンクスタンドに立ち寄った。


 注文したのは『ウィートグラスジュース』のダブルショット。強烈な苦味と青臭さがあるが、デトックス効果は絶大だ。


 一気に飲み干し、口の中に広がる草原の味を水で流し込む。


「……行くか」


 今日の目的地は、高田馬場にある早稲田大学だ。早坂涼さんが通う大学で、少し早めの学園祭が行われていると聞いていた。


 JR山手線で移動し、学生でごった返す高田馬場駅に降り立つ。


 駅前から大学へと続く早稲田通りは、独特の熱気に包まれていた。古書店、安くて量の多い定食屋、そして我が物顔で歩く学生たち。


「……渋谷とは違う、土着的なエネルギーだな」


 キャンパスの大隈講堂が見えてくると、そこはバンカラとカオスが混在する空間だった。


 応援団の野太い声、サークルの看板、路上で議論する学生たち。


 俺は人混みを避けながら、中央図書館へと向かった。涼さんから「レポートが終わらなくて死にそう」というメールが来ていたからだ。


 静寂に包まれた図書館の閲覧スペース。


 窓際の席で、頭を抱えて突っ伏しているショートカットの女性を見つけた。


「……涼さん」


「……うぅ。……レオ?」


 彼女は顔を上げた。目の下に薄っすらと隈ができている。テーブルの上には、分厚い専門書が山積みになっていた。


『発達心理学』『認知行動療法の基礎』『教育方法学』。


「……楽しそうな学園祭の裏で、随分と苦行に励んでいますね」


「うるさいなぁ……。これ終わらないと、単位落とすんだよ……」


 涼さんは涙目で訴えた。18歳の大学1年生にとって、専門課程のレポートはまだ要領が掴めず、荷が重いのだろう。


「どこで詰まっているんですか?」


「ここ。『ヴィゴツキーの最近接発達領域』……。何言ってるか全然わかんない。日本語で書いてくれって感じ」


 俺は彼女の横からテキストを覗き込んだ。


「難しく考える必要はありませんよ。要するに、『子供が自力でできること』と『大人の助けがあればできること』の差のことです。教育者はこの『差』に介入し、足場かけを行うことで、子供の能力を引き上げる。……涼さんが工藤さんたち元極道にやろうとしていることと同じですよ」


「……あ」


 涼さんの目が点になった。


「……そっか。アイツらに『客への頭の下げ方』を教えるみたいなもんか」


「その通りです。経験と結びつければ、理論は血肉になります」


 そこからは早かった。俺が要点を噛み砕いて解説し、涼さんがそれを自分の言葉でレポートに落とし込む。


 1時間後。彼女は最後のキーを叩き、大きく伸びをした。


「終わったぁぁぁー!! サンキュな、レオ! マジで助かった!」


「お安い御用です。……さて、脳を使ったら次は体ですね」


 俺たちは図書館を出て、学園祭の喧騒を抜け出した。


 向かったのは、高田馬場の駅近くにある古びたプールバーだ。


「勝負だ、レオ! 負けた方が『ワセメシ』奢りな!」


「望むところです。ですが、大盛りは勘弁してください」


 ナインボールの対決。涼さんのブレイクショットが炸裂する。彼女のハスラーとしての腕前はかなりのものだが、俺も負けてはいない。物理計算と心理戦の応酬。


 結果は俺の辛勝だった。


「くっそー! ……でも、楽しかった。なんかスッキリしたわ」


 涼さんは悔しそうに、でも晴れやかに笑った。


「奢りは結構です。その代わり、花屋プロジェクト、頼みましたよ」


「おう、任せとけ! アタシなりの『足場かけ』、見せてやるよ」


 彼女の笑顔は、初夏の太陽のように眩しかった。


 期末テストまであと数日。今日は『グラン・エターナル麻布』のペントハウスで、第2回テスト対策勉強会が行われることになっていた。


 学校の帰り、俺は新宿の『青山フラワーマーケット』に立ち寄った。


 殺風景なリビングに彩りを添えるためだ。


 選んだのは『ドウダンツツジ』の枝もの。鮮やかな緑の葉が、涼しげな空間を演出してくれる。花言葉は「上品」「節制」。今日のゲストを迎えるのに相応しい。


 帰宅後、部屋を整え、ドリンクの準備をする。


 インターホンが鳴った。


 モニターには、花村結衣先輩と霧島セイラ先輩。そして、もう一人。


 見知らぬ制服を着た、黒髪の美少女が立っていた。


「……どうぞ」


 オートロックを解除し、玄関で迎える。


「お邪魔しまーす! 西園寺くん、また来ちゃった!」


 結衣先輩は相変わらずの笑顔だ。セイラ先輩も「……お邪魔するわ」と、少し緊張した面持ちで入ってくる。


 そして、三人目の少女が、俺の前に立ちはだかった。


 他校の制服。艶やかな黒髪、理知的な瞳。その視線は、明確な警戒色を帯びている。


「初めまして、西園寺くん。瀬名愛理です。……今日は『監視』に来ただけだから、お構いなく」


 刺すような声。


「監視、ですか?」


「ええ。結衣もセイラも、貴方のことをやたらと持ち上げるけれど……。私は騙されないわ。金と顔で女の子をたぶらかす成金息子かどうか、私がしっかり見定めさせてもらうから」


 彼女は俺の目を見て、きっぱりと言い放った。


 清々しいほどの敵対心。だが、それは親友二人を守ろうとする強い責任感の裏返しでもある。


「……お手柔らかにお願いします、瀬名先輩。どうぞ、中へ」


 俺は慇懃に道を空けた。


 リビングに通された愛理先輩は、窓から見えるパノラマビューや、洗練されたインテリアを見て、さらに眉をひそめた。


「……高校生が住む部屋じゃないわね。やっぱり、金で歓心を買う手口か」


 ボソリと呟く声が聞こえる。評価は最悪のスタートだ。


 だが、勉強会が始まると、空気は変わった。


「霧島先輩。この数列の問題は、公式を覚えるのではなく、規則性を図形的にイメージしてください」


 俺はホワイトボードを使い、セイラ先輩が躓いているポイントを可視化した。


「……あ。そういうこと? ……これなら分かるわ」


「花村先輩、古文の助動詞は『接続』のリズムで覚えるのが近道です。歌うように」


「り~か~ぬ~♪ わぁ、楽しい!」


 的確かつ個人の適性に合わせたコーチング。


 後ろで腕を組んで見ていた愛理先輩の表情から、徐々に険しさが消えていった。


 1時間後。休憩の時間。


 俺は冷えたアイスティーと、有名店の焼き菓子を出した。


「……西園寺くん」


 愛理先輩が声をかけてきた。


「はい」


「……貴方、教えるの上手いのね。セイラがあんなに素直に数学に取り組んでるの、初めて見たわ」


「恐縮です。霧島先輩には才能がありますから。適切なアプローチをすれば伸びます」


「……ふん。口だけじゃないみたいね」


 彼女はアイスティーを一口飲み、少しだけ表情を緩めた。


「……勘違いしないで。まだ貴方のこと、完全に信用したわけじゃないから」


「ええ。信頼は積み重ねるものですから」


 帰り際。玄関で靴を履く彼女たちの背中を見送る。


 ふと、愛理先輩だけが立ち止まり、振り返った。


 結衣先輩たちは先にエレベーターホールへ向かっている。二人きりの空間。


「……西園寺くん」


「はい」


「……紅茶、美味しかったわ。それだけは認めてあげる」


 彼女はそれだけ言うと、逃げるように扉の向こうへと消えていった。


 ツンとした態度の中に垣間見えた、微かなデレ。


「……強敵だが、攻略しがいはありそうだ」


 俺は小さく苦笑し、扉を閉めた。


 嵐のような勉強会が終わり、夜。


 リビングには、大学から帰ってきた姉・摩耶の姿があった。母は今日は友人と食事に出かけている。


「あーあ、疲れた! レポート地獄だったわよ!」


 姉がソファにダイブする。


「お疲れ様です、姉さん。……夕食、何がいいですか?」


「んーとね……さっぱりしたやつ! お酢が効いてるやつ!」


「承知しました。では、アジの南蛮漬けにしましょう」


 以前も作ったことがあるが、今の時期のアジは脂が乗っていて最高に美味い。


 俺はキッチンに立った。


 新鮮な真アジを三枚におろし、骨を丁寧に抜く。一口大に切り、片栗粉を薄くまぶす。


 170度の油でカラリと揚げる。表面はサクッと、中はふっくらと。


 熱いうちに、特製の南蛮酢に漬け込む。酢、醤油、砂糖、出汁、そしてたっぷりの鷹の爪。


 一緒にスライスした新玉ねぎ、人参、ピーマンも漬け込む。


「もう一品は……冬瓜だな」


 夏野菜の王様、冬瓜。皮を剥き、鶏ひき肉と共に生姜を効かせた出汁で煮込む。


 最後に水溶き片栗粉でとろみをつける。『冬瓜のそぼろ煮』。冷やしても美味いが、今日は温かいままで。


 飲み物は、鹿児島産の芋焼酎『魔王』。これをロックで。


「できたよ、姉さん」


 食卓に並ぶ、彩り豊かな南蛮漬けと、翡翠色に透き通った冬瓜。


「わあ! 美味しそう! いただきまーす!」


 姉が南蛮漬けを頬張る。


「……んん~っ! 酸っぱい! でも美味しい! 玉ねぎシャキシャキ!」


「アジの脂を酢が中和してくれるから、いくらでも食べられるだろう」


 俺も一口。揚げたてのアジに甘酢が染みて、至福の味だ。そこに芋焼酎を流し込む。


 華やかな香りと甘みが、口の中の油をさらりと切ってくれる。


「冬瓜もトロトロねぇ……。あんた、本当にお嫁に行けるわよ」


「僕は男です。行くなら婿ですが、当分予定はありません」


「ちぇっ、つまんないの。……でもさ、あんた最近楽しそうね」


 姉が焼酎のグラスを揺らしながら言った。


「楽しそう?」


「うん。なんか、生きてるって感じがする。……去年のあんた、もっと能面みたいだったもん」


 姉の言葉に、俺は少し驚いた。


 家族には隠しているつもりだったが、やはり身内の目は誤魔化せないのか。あるいは、今の俺が充実していることの証左か。


「……そうかもしれませんね。守りたいものや、やりたいことが増えましたから」


「そっか。……なら、お姉ちゃんは応援するわ。あんたが幸せなら、それでいいのよ」


 姉はニカッと笑い、俺のグラスに自分のグラスを軽く当てた。


 カラン、と氷が鳴る。


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