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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: U3


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第72話 琥珀色の遺産と居酒屋の流儀

 昨日の外出と情報収集の疲れを癒やすため、俺は、遅めの朝を迎え、リビングのソファで微睡んでいた。


 母のソフィアと姉の摩耶は、まだ寝室で夢の中だ。

 静かなリビングで、俺は音量を絞ったテレビを何気なく眺めていた。

 日曜日の朝特有の、気だるげなテレビショッピング番組。


『さあ、見てください! この熟成された琥珀色! 信州の清涼な水と空気が育んだ、知る人ぞ知る銘酒です!』


 画面には、浅間山を背景にした蒸留所の映像が流れている。

 紹介されているのは、メルシャンが製造するウイスキー『軽井沢』だ。

 1999年現在、ジャパニーズウイスキーの世界的な評価はまだ定まっていない。特にこの『軽井沢』蒸留所は、こだわりの製法ゆえに生産効率が悪く、知る人ぞ知るマニアックな銘柄として扱われていた。


『今回は特別価格! 「軽井沢 貯蔵12年」を、なんと1本3,500円でご提供します!』


「……3,500円か」


 俺は手に持っていたマグカップを置き、身を乗り出した。

 先日、東急本店で確保した『軽井沢 1960年』のような超高額ヴィンテージは、一点物としての「家宝級」の価値を持つ。だが、今日画面に映っているようなスタンダードボトルや、15年、17年といったミドルレンジのボトルもまた、別の意味で重要な投資対象だ。


 2000年に製造休止、そして2011年に蒸留所が閉鎖される運命にあるこのウイスキーは、供給が絶たれた瞬間から伝説となる。

 超高級品だけでなく、これら「飲める伝説」として市場に出回っている現行品こそが、将来的に最も流動性の高い資産へと化けるのだ。


「……買い占めるか。今回は『点』ではなく『面』で」


 俺は受話器を取り、番組のダイヤルではなく、馴染みの酒屋の外商担当へ直通電話をかけた。


『はい、西園寺様。日曜の朝から珍しいですね』


「おはよう。……今、テレビで『軽井沢』を見かけてね。ある程度の量を確保しておきたい」


『軽井沢ですか? 以前納品したヴィンテージとは違い、かなり癖のある酒ですが……』


「構わない。……現在、市場に流通している『軽井沢』のボトル、特に12年、15年、17年物。それと『貯蔵8年』などのスタンダードなラインも含めて、手に入るだけ集めてくれ。予算は問わない」


『は、はあ……。手に入るだけ、ですか? ケース単位になりますが』


「それでいい。全て買い取る。……ああ、それと湿度管理のできる倉庫の手配も頼む。前回のヴィンテージと共に、20年ほど寝かせるつもりだ」


 電話口の向こうで、担当者が困惑している気配が伝わってくる。

 無理もない。今の感覚で言えば、地味な国産ウイスキーを数百本単位で買い占めるなど、狂気の沙汰だろう。

 だが、これは総額数百万〜一千万円程度の投資で、将来的に数十億のリターンを生む、あまりにも確実すぎる錬金術だ。


「……良い買い物をした」


 俺は受話器を置き、満足げに息を吐いた。

 この琥珀色の液体たちが、いつか西園寺家の資産を守る防波堤となる。

 その時、寝室のドアが開き、母と姉が起きてきた。


「Good morning, Leo... 朝から誰とお話し?」

「……おはよー。玲央、お腹すいた……」


 あくびをする二人を見て、俺は投資家の顔から、一人の息子へと戻った。


 午後。

 俺たちは夕食の買い出しのため、広尾にある『ナショナル麻布』を訪れていた。

 大使館員や外国人が多く利用するこのスーパーマーケットは、異国情緒に溢れ、世界中の食材が手に入る。


「Hey, Leo! 見て、このターキー! 大きいわ!」

「こっちのチーズも凄いわよ! 試食しちゃお!」


 母と姉はカートを押しながら、子供のようにはしゃいでいる。

 だが、今日の俺の目的はターキーでもチーズでもない。


「今夜は『日本の居酒屋』をテーマにします」


 俺が宣言すると、二人はキョトンとした顔をした。


「Izakaya? あの、赤提灯の?」

「焼き鳥とか?」


「そうです。……ですが、ただの焼き鳥ではありません」


 俺は精肉コーナーへ向かい、最高級の地鶏を選んだ。

 秋田県産の『比内地鶏』と、愛知県産の『名古屋コーチン』。

 弾力のある肉質と、噛むほどに溢れる濃厚な旨味。これを家庭で再現する。


「……もも肉、ねぎま、皮、砂肝、つくね。フルコースでいきましょう」


 さらに青果コーナーへ。

 枝豆は、丹波の黒豆の若さやである『紫ずきん』。粒が大きく、甘みが強い。

 トマトは、糖度8度以上の『フルーツトマト』。これを氷水でキンキンに冷やす。


 酒は、ビールだ。


『ヱビスビール』の瓶。


 そして、姉のリクエストで『プレミアムモルツ』もカゴに入れる。


「……完璧だ」


 カートの中身は、庶民的なメニューの材料だが、その総額は高級フレンチのコースに匹敵する。


「最高級のB級グルメ」。これぞ、大人の贅沢だ。


 帰宅後。

 俺はキッチンの換気扇を最大出力にし、愛用の無煙ロースターに火を入れた。

 燃料は、紀州の『備長炭』。

 ガス火では出せない遠赤外線効果と、炭火特有の燻香。これが焼き鳥の味を決定づける。


「さて、仕込みといきますか」


 まずは串打ちだ。

 鶏肉を繊維に逆らわないよう一口大に切り分け、竹串に打っていく。

 重心を安定させ、肉と肉の間に隙間を作らない。均一に火を通すための基本だ。

 ネギマのネギは、焦げにくいように少し太めに。

 つくねには、刻んだ大葉と軟骨を混ぜ込み、食感にアクセントを加える。


 タレ作りも妥協しない。

 醤油、みりん、酒、ザラメを鍋に入れ、焼いた鶏の骨とネギの青い部分を加えてじっくりと煮詰める。

 とろりとした粘度と、深いコク。継ぎ足しではないが、それに匹敵する深みを短時間で創出する。


「……よし」


 炭が白く熾ったのを確認し、串を並べる。


 ジュウウゥッ……!


 脂が炭に落ち、煙が上がる。

 その煙が肉を包み込み、燻製のような香りを纏わせる。

 俺は団扇で火力を調整しながら、こまめに串を返す。

 表面はパリッと、中はジューシーに。

 タレにくぐらせ、二度焼きすることで、照りと香ばしさをプラスする。


 サイドメニューも抜かりはない。

 枝豆は、両端を切り落として塩もみし、産毛を取ってから茹で上げる。茹で上がったらすぐに団扇で仰ぎ、色止めをする。鮮やかな緑色が食欲をそそる。

 冷やしトマトは湯剥きをし、出汁に浸しておいたものを薄くスライス。上には刻んだ大葉と、岩塩を少々。


「お待たせしました。……『割烹・西園寺』、開店です」


 大皿に盛られた焼き鳥の山。

 枝豆の鮮やかな緑。

 赤く輝く冷やしトマト。

 そして、霜がつくほど冷やされたビールグラス。


「Wao... Amazing!」

「焼き鳥屋さんの匂いだわ! ……いただきまーす!」


 母と姉が歓声を上げる。


「乾杯!」


 グラスが触れ合う軽快な音。

 きめ細やかな泡の乗ったヱビスビールを、喉に流し込む。


「……くぅ~っ! 生き返るわね!」


 姉がオヤジくさい声を上げてグラスを置く。

 見かけは深窓の令嬢だが、中身はこれだ。だが、その気取らなさがこの空間には心地よい。


「Leo, この焼き鳥……美味しいわ! 炭の香りがする!」


 母がネギマを頬張り、目を丸くする。


「地鶏の脂が甘いでしょう? 備長炭で焼くことで、余分な脂を落としつつ旨味を凝縮させました」


「つくねも最高よ! コリコリしてて、大葉の香りが爽やか!」


「塩加減も絶妙ね。……お酒が進んじゃうわ」


 テーブルの上には、笑顔と湯気が溢れている。

 高級レストランのフルコースも良いが、こうして膝を突き合わせて食べる居酒屋料理には、肩肘張らない幸福感がある。


 俺は砂肝のコリコリとした食感を楽しみながら、ビールを煽った。

 苦味と炭酸が、脂っこい口の中を洗い流してくれる。

 窓の外には東京の夜景。

 窃盗団の噂も、ビジネスの重圧も、今は遠い世界の出来事のようだ。


「……ねえ、玲央」


 ほろ酔いの姉が、枝豆をつまみながら言った。


「あんた、将来どうするの? ……会社とか、投資とかやってるけどさ。普通の高校生みたいに、恋とか、青春とか、興味ないの?」


「……青春、ですか」


 俺は苦笑した。

 41歳の中身を持つ俺にとって、青春とは「かつて通り過ぎた季節」だ。

 だが、今の俺の周りには、マナやくるみ、涼さんといった魅力的な女性たちがいる。彼女たちとの時間は、ビジネスとは違う色彩を俺の人生に与えてくれている。


「興味がないわけではありませんよ。……ただ、僕には守らなければならないものが多いだけです」


「ふーん。……ま、あんたが幸せならいいけどさ」


 姉はニカッと笑い、俺のグラスにビールを注ぎ足した。


「母さんも、Leoが幸せならそれが一番よ。……でも、たまには甘えなさいね? あなたは頑張りすぎるところがあるから」


「……善処します」


 二人の愛情に、胸が温かくなる。

 この平穏な日常を守るためなら、俺はどんな「怪物」にでもなれる。

 そう再確認した夜だった。


 宴の後。

 母と姉は、「お腹いっぱいで動けない~」と言いながら、それぞれバスルームと寝室へと消えていった。


 リビングには、俺一人。

 祭りの後の静寂。

 俺は袖をまくり、後片付けに取り掛かった。


 串の残骸をまとめ、皿を洗う。

 油のついたロースターは、専用の洗剤で丁寧に磨き上げる。

 シンクの水滴を拭き取り、グラスを磨いて棚に戻す。

 単調な作業だが、この時間が俺の思考をクリアにしてくれる。


「……ふぅ」


 全てを片付け終え、俺は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。

 冷たい水を飲みながら、窓の外を見る。

 眼下に広がる麻布の街並み。そのどこかに、昨日新聞で見た窃盗団『ファントム』が潜んでいるかもしれない。


「……この部屋には、入れさせない」


 俺は携帯電話を取り出し、セキュリティ会社が提供する監視システムのログを確認した。異常なし。

 エントランス、エレベーター、そしてペントハウス直通の通路。

 幾重にも張り巡らせた電子の網は、今のところ破られていない。


 だが、油断は禁物だ。

 俺の資産、そして何より、今この部屋で眠っている家族。

 それらを守るため、俺は常に目を光らせていなければならない。


「……明日は月曜日か」


 日常が戻ってくる。

 学校、ビジネス、そして迫りくる脅威への対処。

 やるべきことは山積みだ。


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