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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: U3


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第57話 紙の国家予算と洋食屋の奇跡

 6月最初の土曜日。


 私立桜花学園は、第1土曜日のため「半ドン」の授業日だ。


 梅雨入り前の湿った空気が教室に充満する中、3限目の現代社会の授業が行われていた。


 担当の真田厳は、いつものように威圧的な態度で黒板を叩いている。




「……いいか、これからの日本は少子高齢化が加速する。年金制度の崩壊、労働人口の減少。……おい、そこの西園寺! 貴様ならこの『2020年の日本経済』をどう予測する?」




 唐突な指名。しかも、教科書の範囲を大きく超えた未来予測だ。


 クラス中の視線が集まる中、俺は静かに席を立った。


 41歳の記憶を持つ俺にとって、それは予測ではなく「既知の歴史」だ。




「はい。生産年齢人口の減少は避けられず、国内市場は縮小します。経済はデフレ基調が常態化し、企業は内部留保を溜め込み、実質賃金は停滞するでしょう。一方で、IT技術の革新による産業構造の転換が進み、物理的な労働よりも知的財産やプラットフォームを持つ者が富を独占する『格差社会』が到来すると考えます」




 俺は淡々と、しかし残酷な未来の事実を述べた。


 真田は眉間の皺を深め、唸った。




「……夢のない予測だな。だが、論理的だ。座れ」




 着席すると、隣の城戸隼人が「お前、予言者かよ……」と引いたような顔をしていた。


 俺は苦笑しつつ、手元のノートに目を落とした。


 そこに書かれているのは、授業のメモではない。


 先日購入した『ポケモンカード』の資産価値計算だ。




 現在倉庫に眠る400箱の未開封ボックス。


 取得価格は約500万円。


 だが、これが25年後の2024年、2025年になればどうなるか。


 状態の良い『Base Set Booster Box』は、1箱あたり3,000万円から5,000万円で取引される。ピーク時にはそれ以上だ。


 仮に平均4,000万円としても、400箱で160億円。


 為替レート(円安)の影響も加味すれば、200億円に届く可能性もある。




「……小国の国家予算並みだな」




 俺は小さく呟いた。


 たった500万円の元手が、時間を味方につけるだけで天文学的な数字に化ける。


 これが「長期投資」の威力であり、未来を知る者の特権だ。


 チャイムが鳴り、放課後となった。


 俺は思考を切り替え、渋谷へと向かった。




 渋谷のスポーツショップ『B&D』。


 俺はトレーニング用の新しいギアを探していた。


 手に取ったのは、ウェイトトレーニング用のグローブだ。


 手のひらのマメを防ぎ、グリップ力を高める。自己管理への投資は惜しまない。




 レジへ向かおうとした時だった。


 背後から、聞き覚えのある声が降ってきた。




「あら、玲央じゃない。こんなところで何してるの?」




 振り返ると、そこには姉・摩耶の姿があった。


 今日の彼女は、大学帰りなのか、少し大人びたトレンチコートを羽織っている。


 キュートなショートボブの髪が店内の照明を受けて輝いている。


 整った顔立ちと、育ちの良さを感じさせる品のある佇まい。


 黙っていれば深窓の令嬢そのものなのだが、その手にはなぜか、プロテインの大袋が抱えられていた。




「姉さんこそ。……プロテインですか? 筋トレでも始めるつもりで?」


「違うわよ! サークルの買い出し! ……もう、1年生だからってパシリに使われて大変なのよ」




 姉は頬を膨らませて不満を漏らした。


 東大生といえど、体育会系サークルの上下関係からは逃れられないらしい。




「大変ですね。……持ちましょうか?」


「え、いいの? さすが我が弟! 愛してる!」




 姉は遠慮なくプロテインの袋を俺に押し付けてきた。


 ずしりと重い。


 俺たちは並んで店を出た。




「玲央は何買ってたの? グローブ?」


「ええ。最近、フリーウェイトの重量を上げましたので」


「ふーん。……あんた、本当にストイックよね。15歳なんだから、もっと遊べばいいのに」


「遊んでいますよ。……これも遊びの一環です」


「可愛くない答え。……ま、いいわ。あ、そうだ。これお礼」




 姉はバッグから、有名店のチョコレートの小箱を取り出し、俺のポケットにねじ込んだ。




「糖分補給しなさい。……あまり根詰めすぎないでね? お姉ちゃん、心配性なんだから」




 姉は悪戯っぽく笑い、俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。


 公衆の面前での子供扱い。


 だが、その手の温もりには、純粋な家族愛が込められている。


 俺は苦笑しながら、それを受け入れた。




「ありがとうございます。……姉さんも、無理はしないでください」


「はいはい。じゃあね、玲央! また家にご飯食べに行くから!」




 姉はひらひらと手を振り、駅の方へと歩き去っていった。


 嵐のような遭遇だったが、彼女の明るさにはいつも救われる。




 姉と別れた後、いつもの会員制ジムへ。


 今日は有酸素運動を中心に、汗を流した。


 ランニングマシンの上で、渋谷の街を見下ろしながら走る。


 行き交う人々の中に、俺のビジネスのターゲットがいる。


 走り終えた後、ラウンジで『特製野菜スムージー』を注文した。


 ケール、小松菜、リンゴ、レモン。


 緑色の液体を一気に飲み干す。


 青臭さが、逆に体に良い刺激を与える。




 ジムを出て、公園通りを歩いていると、変装した女性に声をかけられた。




「……レオ。お疲れ」




 天童くるみだ。


 キャップにマスクという完全防備だが、その華奢なスタイルと、隠しきれないオーラですぐに分かった。


 小顔と大きな瞳。


 マスクをずらすと、整った唇が悪戯っぽく笑っている。




「こんにちは、くるみさん。……今日はオフですか?」


「うん。午前中でレッスン終わったから。……ねえ、ちょっと歩かない?」




 彼女の誘いで、俺たちは人通りの少ない路地裏を散策した。




「あのね、CMの反響、すごいよ。事務所に問い合わせ殺到してるって」


「それは何よりです。君の実力が認められた証拠ですよ」


「……ううん。レオが引き出してくれたおかげ。あの時、あんたが監督に怒鳴ってくれなかったら、あたし、潰れてたかも」




 彼女は少し俯き、それから俺を見上げた。


 その瞳には、アイドルとしての自信と、一人の少女としての信頼が宿っている。




「……ありがとね。この携帯も、お守りにしてる」




 彼女はバッグから、俺が渡したプロトタイプ携帯を取り出して見せた。


 GPS機能付きのホットライン。


 それを「束縛」ではなく「守護」と受け取ってくれていることが嬉しい。




「何かあれば、ボタン一つで駆けつけますよ」


「ふふ、頼もしいわね。……じゃ、あたしはエステ行ってくる。自分磨きも仕事だから!」




 彼女は手を振り、軽やかに去っていった。


 その背中は、以前よりもずっと強く、美しく見えた。




 夕方。


 俺は桜木マナの実家、『キッチン・チェリー』を訪れた。


 店の前には、これまでにない光景が広がっていた。


 行列だ。


 数人のサラリーマンやOLが、入店待ちをしている。




「……成功したか」




 俺は心の中でガッツポーズをした。


 俺が提案した再建策の一つ、『IT企業向けランチデリバリー契約』。


 渋谷・ビットバレーに集積しつつあるネットベンチャー企業は、昼食難民になりがちだ。そこに目をつけ、栄養バランスの取れた手作り弁当を定期配達する契約を取り付けたのだ。


 その評判が口コミで広がり、店舗への来店客も急増している。




 店内に入ると、活気に満ちた声が響いていた。




「いらっしゃいませ! 2名様ですね、こちらへどうぞ!」




 ホールの中心で、マナが躍動していた。


 新しい制服――カフェ風のシックなエプロンを着け、ショートボブの髪を揺らして接客している。


 弾ける笑顔と健康的な美しさ。


 彼女が注文を取るたびに、客の顔が綻ぶのが分かる。


 看板娘としての才能が完全に開花していた。




 厨房では、お父さんが真剣な眼差しでフライパンを振っている。


 俺が提案した『黒トリュフハンバーグ』が、飛ぶように注文されているようだ。




 その光景を、店の外から呆然と見つめる人影があった。


 日向翔太だ。


 彼はガラス越しに、忙しく働くマナの姿を目で追っている。


 だが、店に入ることはできない。


 今の『キッチン・チェリー』に、彼の居場所はないからだ。




「……なんだよ、あれ」




 翔太が独りごちるのが聞こえた。




「マナのやつ……すげー遠くに行っちゃったみたいだ……」




 彼の声には、焦りと、そして初めて自覚する「喪失感」が滲んでいた。


「頑張れば奇跡は起きる」という無根拠な精神論では、現実は1ミリも動かない。


 論理と戦略、そして行動だけが世界を変える。


 その残酷な事実を突きつけられ、彼は肩を落として去っていった。


 俺は彼に声をかけることなく、店の中へと進んだ。




 20時。閉店作業が終わり、客がいなくなった店内。


 心地よい疲労感に包まれたマナとお父さんが、テーブルで休憩していた。




「お疲れ様です」




 俺が声をかけると、二人は弾かれたように顔を上げた。




「あ、西園寺くん! 見てた!? 今日、すごく忙しかったんだよ!」


「ああ、見ていましたよ。素晴らしいオペレーションでした」


「西園寺くんのおかげだよぉ……! お弁当の注文もすごい数だし、ハンバーグも完売!」




 マナは興奮気味に捲し立てた。


 その瞳はキラキラと輝いている。


 自分の店を、自分の手で守ったという「成功体験」。


 それが彼女を、ただの幼馴染キャラから、自立した一人の女性へと変貌させた。




「……西園寺くん。本当にありがとう。君がいなければ、うちは潰れていた」




 お父さんが深々と頭を下げる。




「礼には及びません。お父様の料理の腕と、桜木さんの笑顔があったからこその結果です。僕は少し、交通整理をしたに過ぎません」




 俺は背中に隠していたものを取り出した。


 大きな花束だ。


 真紅のバラと、オレンジ色のガーベラ。


「情熱」と「希望」。




「リニューアル成功、おめでとうございます。……これは、僕からの個人的なお祝いです」




 俺は花束をマナに差し出した。




「えっ……私に?」


「ええ。桜木さんが頑張った証です」




 マナは花束を受け取り、その香りを胸いっぱいに吸い込んだ。


 そして、顔を上げると、瞳に涙を一杯に溜めていた。




「……うぅ……ありがとう……っ!」




 彼女は感極まり、衝動的に俺に抱きついてきた。


 花束を挟んで、彼女の体温と柔らかさが伝わってくる。


 俺の胸に顔を埋め、彼女は泣いた。


 安堵と、喜びの涙。




「……よしよし」




 俺は彼女の頭を優しく撫でた。


 41歳の精神が、彼女の成長を慈しむ。


 お父さんが、咳払いをしながら厨房の奥へと消えていく気配がした。


 気を利かせてくれたらしい。




 店を出た後、俺たちは「打ち上げ」と称して遊びに行くことにした。


 マナのリクエストは、「大きな声を出したい!」だった。


 向かったのは、六本木の高級カラオケボックス『フィオーレ』。


 高校生には敷居が高いが、今の俺たちには相応しい場所だ。




 VIPルームに通されると、マナは目を丸くした。




「す、すごい……! お城みたい!」


「今日は桜木さんが主役です。好きなだけ歌ってください」




 マナはマイクを握り、次々と曲を入れた。


 SPEED、浜崎あゆみ、モーニング娘。。


 1999年のヒットチャートを、彼女は全力で歌い上げる。


 その歌声は、上手い下手ではなく、生命力に満ちていた。


 タンバリンを叩き、ソファの上で飛び跳ねる。


 制服のスカートが翻り、健康的な脚が覗く。


 無防備で、そして圧倒的に可愛い。




「西園寺くんも歌ってよ!」


「……では、一曲だけ」




 俺はL'Arc~en~Cielの『HEAVEN'S DRIVE』を選んだ。


 低音を響かせ、大人の色気で歌い上げる。


 マナは「かっこいい……!」と目を輝かせて聴き入っていた。




 歌い疲れ、二人はソファに並んで座った。


 テーブルには、ノンアルコールのカクテルと、フルーツの盛り合わせ。




「……ねえ、西園寺くん」




 マナが静かに切り出した。




「私、今日ね……翔太が外にいるの、見えたんだ」


「……そうですか」


「でも、声かけなかった。……かけられなかったんじゃなくて、かけなかったの」




 彼女はグラスの縁を指でなぞった。




「私、前へ進みたいから。……お店も、自分自身も。過去に縛られたくないの」




 それは、彼女なりの決別宣言だった。


 幼馴染という安全地帯を捨て、未知の荒野へ踏み出す覚悟。




「……桜木さんなら行けますよ。どこまでも」


「うん。……西園寺くんが隣にいてくれるなら、怖くない」




 彼女はそっと、俺の手に自分の手を重ねた。


 その手は、料理人の手だった。


 小さな火傷や切り傷がある、働く人の手。


 俺はその手を、握り返した。




「……約束します。君が迷った時は、僕が地図になります」


「えへへ……頼りにしてるね、地図係さん」




 マナは俺の肩に頭を預け、目を閉じた。


 部屋には、バラードのカラオケ映像が静かに流れている。


 1999年6月5日。


 洋食屋の奇跡と、少女の自立。


 そして、俺たちの関係が「ビジネスパートナー」から「それ以上」へと変わった夜。


 俺は彼女の寝顔を見つめながら、この幸福な時間を守り抜くことを誓った。

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