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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: 伊達ジン


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第52話 購買部の争奪戦と翡翠の輝き

 5月最後の日、月曜日。


 中間試験も終わり、部活動や委員会活動が本格的に再開された桜花学園は、活気に満ち溢れていた。


 昼休みを告げるチャイムが鳴り響くと同時に、校舎内には地響きのような足音が轟く。


 全校生徒が一斉に目指す場所――購買部への大移動だ。




 俺は、混雑を避けるために時間をずらして教室を出たが、購買部の前はすでに戦場と化していた。


 怒号にも似た注文の声と、お釣りを受け取る硬貨の音。


 需要と供給のバランスが崩壊した、極めて原始的なマーケットがそこにはあった。




「……おばちゃーん! カツサンド残ってる!?」


「売り切れだよ!」


「マジかよー!」




 悲喜こもごもの声が交錯する中、人波の端で立ち尽くしている女子生徒の姿を見つけた。


 花村結衣先輩だ。


 あどけなさと健康的な色気が同居した美少女。


 艶やかな黒髪のセミロングが揺れ、少しサイズの合っていないブラウスが、彼女の豊かなプロポーションを強調している。


 だが、今の彼女の表情は泣き出しそうに歪んでいた。




「……うぅ、押さないでぇ……」




 彼女は人波に揉まれ、カウンターに近づくことすらできずに弾き出されていた。


 おっとりとした彼女の性格では、この生存競争に勝ち残ることは不可能に近い。


 彼女の視線は、ショーケースの奥にある一つのパンに釘付けになっている。


『期間限定・いちごメロンパン』。


 女子生徒に大人気のレアアイテムだ。残りはあと2個。




「……買えないよぉ……」




 彼女が諦めかけた、その時だった。


 俺は人混みの流れを見極めた。


 力任せに割り込むのは二流だ。人の流れには必ず隙間が生じる。流体力学の応用だ。


 俺は生徒たちの肩と肩の間を縫うように、滑らかにカウンターへと接近した。


 財布から小銭を正確に取り出し、おばちゃんに声をかける。




「すみません。いちごメロンパンを一つ」


「あいよ! 西園寺くん、相変わらずスマートだねぇ」




 顔馴染みになった購買のおばちゃんが、最後の一つを袋に入れて渡してくれた。


 俺はそれを受け取り、再び人波を縫って脱出する。


 そして、肩を落として教室に戻ろうとしていた結衣先輩の前に立った。




「……花村先輩」


「へ? ……あ、西園寺くん」




 彼女は驚いたように顔を上げた。


 その瞳には、涙が滲んでいる。




「どうぞ。お探しのものはこれでしょう?」




 俺は『いちごメロンパン』を差し出した。


 彼女の目が、マンガのように大きく見開かれる。




「えっ……!? ええっ!? なんで分かったの!? それに、あんな凄い人混みだったのに……!」


「たまたま、運良く買えただけですよ」


「すごぉい! 西園寺くん、魔法使いだぁ!」




 彼女はパンを受け取り、パァッと花が咲くような満面の笑みを浮かべた。


 その笑顔の破壊力たるや。


 計算高いビジネスの世界や、昨日のCM撮影現場での張り詰めた空気とは対極にある、純度100%の癒やし。


 俺の中の41歳の精神が、日向ぼっこをしている猫のように安らいでいくのを感じる。




「……ありがとう! 王子様! お礼に、一口あげるね!」


「いえ、僕は昼食を持っていますから」


「え~? 美味しいのにぃ」




 彼女は嬉しそうにパンの袋を開けた。


 甘いイチゴの香りが漂う。俺たちは並んで中庭のベンチへと向かい、そこで別れた。




 結衣先輩と別れ、教室へ戻るために渡り廊下を歩いていた時のことだ。


 前方から、凛とした空気を纏った女子生徒が歩いてきた。


 霧島セイラ先輩だ。


 腰まで届く艶やかな黒髪、日本人離れした彫りの深いエキゾチックな美貌。


 その圧倒的な存在感は、すれ違う生徒たちが思わず道を空けてしまうほどだ。


 彼女は俺に気づくと、足を止めた。


 その切れ長の瞳が、俺をじっと見つめている。




「……ごきげんよう、霧島先輩」


「……見たわよ、さっきの」




 彼女は呆れたように、しかし口元には微かな笑みを浮かべて言った。




「購買でのアレ。……まるで手品ね。あんな人混みをすり抜けるなんて」


「おや、見ていらしたんですか。……お恥ずかしい」


「結衣が心配で様子を見に行ったら、貴方が颯爽と現れたのよ。……あの子、教室に戻ってきてからずっと『王子様が助けてくれた!』って大騒ぎしてるわ」




 セイラ先輩は小さく溜息をついたが、その表情は柔らかい。


 親友が笑顔でいることが、彼女にとっても嬉しいのだろう。




「花村先輩の笑顔は、学園の平和に貢献していますから。……守る価値があります」


「……調子がいいわね。でも、感謝はしておくわ。あの子、あのパンを楽しみにしてたから」




 彼女はふっと視線を逸らし、窓の外を見た。


 初夏の日差しが、彼女の横顔を美しく照らし出している。




「……そういえば、生徒会の方はいかがですか? 鷹森がいなくなって、少しは風通しが良くなりましたか?」


「ええ。膿が出たおかげで、随分と動きやすくなったわ。……まあ、まだ処理すべき書類の山は残っているけれど」




 彼女は肩をすくめた。


「膿」を排除したのが誰なのか、彼女は薄々勘づいているのかもしれない。


 だが、あえて追及はしてこない。それが彼女なりの距離感であり、信頼の証だ。




「西園寺くん。……貴方、放課後は空いてる?」


「ええ。特には」


「そう。なら、結衣の相手をしてあげてくれない? ……あの子、また貴方と遊びたがってるのよ。私は生徒会の残務処理があるから、付き合ってあげられないの」




 彼女は少しバツが悪そうに、上目遣いで俺を見た。




「……私の代わりに、あの子を楽しませてあげなさい。これは副会長命令よ?」


「……承知いたしました。光栄な任務です」




 俺が恭しく一礼すると、彼女は満足げに頷き、長い髪を翻して去っていった。


 すれ違いざま、甘く冷たい香水の香りが漂う。


 氷の女王からの、不器用な依頼。


 悪くない午後になりそうだ。




 放課後。


 セイラ先輩の「命令」通り、俺は結衣先輩に連行され、渋谷の街へ出ていた。




「ねえねえ西園寺くん、こっちこっち!」




 彼女が俺の手を引いて入ったのは、公園通りにある『ソニープラザ』だ。


 輸入雑貨やコスメ、お菓子が所狭しと並ぶ、女子高生の聖地。


 店内は甘い香りと、極彩色のポップな商品で埋め尽くされている。




「見て見て! このケアベア、可愛くない!?」


「……ええ。色彩感覚が独特ですね」


「こっちのペンケースもいいなぁ。……あ、このお菓子、セイラちゃんが好きそうな味!」




 彼女は店内を蝶のように飛び回り、次々と商品を手に取っては俺に見せてくる。


 その無邪気な姿は、見ているだけで飽きない。


 俺は彼女の買い物かごを持ち、後ろをついて回る従者のようなポジションに収まっていた。


 だが、悪い気はしない。


 彼女が楽しそうに笑っているだけで、周囲の空気が浄化されていくような気がするからだ。




「……あ、これ」




 彼女が足を止めたのは、輸入コスメのコーナーだった。


 手に取ったのは、淡いピンク色のリップグロス。




「これね、雑誌で見て欲しかったんだぁ。……似合うかな?」




 彼女は鏡の前でグロスを唇に当ててみた。


 ぽってりとした唇が、さらに艶やかに強調される。


 その無自覚な色気に、俺は一瞬、視線のやり場に困った。




「……とても、よくお似合いですよ」


「えへへ、ほんと? ……じゃあ、これ買っちゃお!」




 彼女は満足げにレジへ向かった。


 買い物を終え、店を出ると、日は少し傾きかけていた。




「付き合ってくれてありがとう、西園寺くん! ……これ、お礼!」




 彼女は袋の中から、海外製のグミのパッケージを取り出した。


 クマの形をした、カラフルなグミだ。




「これ食べて、疲れ取ってね!」


「ありがとうございます。……いただきます」




 俺はグミを一粒、口に放り込んだ。


 強烈な甘さと、人工的なフルーツの香り。


 だが、不思議と悪くない味だった。


 彼女と駅で別れ、俺は次の目的地へと向かった。




 結衣先輩と別れた後、俺は渋谷の喧騒を抜け、会員制のスポーツジムへと足を運んだ。


 ここは芸能人や経営者が多く利用する、セキュリティのしっかりしたジムだ。


 更衣室でトレーニングウェアに着替え、フロアへ。


 最新のマシンが並ぶ中、俺は黙々とフリーウェイトエリアに向かった。




 ベンチプレス、デッドリフト、スクワット。


 BIG3と呼ばれる基本種目を、正しいフォームでこなしていく。


 15歳の肉体は、負荷をかければかけるほど素直に反応し、成長していく。


 41歳の知識で効率的に追い込み、15歳の回復力で修復する。


 最強のサイクルだ。




 一通り汗を流した後、ラウンジで休憩を取る。


 カウンターで注文したのは、ジム特製の『プロテインスムージー』だ。


 バナナ、ベリー、豆乳、そしてホエイプロテインをブレンドした一杯。


 1999年当時、プロテインといえば「粉っぽくて不味い」のが相場だったが、ここは違う。


 しっかりとシェイクされ、フルーツの甘みで飲みやすく調整されている。




「……ふぅ」




 冷たいスムージーが、火照った体に染み渡る。


 筋肉が栄養を求めて悲鳴を上げ、そして満たされていく感覚。


 ビジネスの戦略を練るのも楽しいが、こうして自分の肉体と対話する時間もまた、俺にとっては不可欠なメンテナンスだ。


 窓の外には、夕暮れの渋谷の街が広がっている。


 明日からは6月。


 衣替えと共に、季節も、そして物語も変わっていく予感がした。




 ジムを出て、俺はいつものように東急百貨店本店のデパ地下へと向かった。


 今日の夕食は、5月最後の夜を飾るに相応しい、目にも鮮やかな和食にしよう。


 鮮魚コーナーへ向かう。


 ショーケースの中で一際輝いているのは、初夏の魚たちだ。


 俺が選んだのは、『刺身の盛り合わせ』ではない。


 自分の目で選び、柵で買う。


 千葉県産の天然マダイ。透明感のある白身が美しい。


 長崎県産のケンサキイカ。甘みが強く、ねっとりとした食感が特徴だ。


 そして、大分県産の関アジ。ブランド魚だ。脂の乗りと身の締まりが違う。


 これらを柳刃包丁で引く。それが一番美味い。




 次に青果コーナー。


 今日の主役はこれだ。


『うすい豆』。


 関西ではポピュラーだが、関東ではまだ珍しいえんどう豆の一種だ。


 グリンピースよりも皮が薄く、甘みが強く、ホクホクとした食感がある。


 鞘から出した豆は、宝石のような翡翠色をしている。


 これを「翡翠煮」にする。




 さらに、変わり種として酒屋のコーナーへ。


 日本酒の仕込み水を使った『地サイダー』を購入した。


 佐賀県の酒蔵が作っているもので、強めの炭酸と、水本来の甘みが特徴だ。


 アルコールは控えるが、料理に合う清涼感が欲しかった。




 最後に、日本茶専門店で『玉露』を購入。


 京都・宇治の最高級品『天下一』。


 低温で淹れることで、出汁のような濃厚な旨味を抽出できる。




 両手に食材を抱え、俺は帰宅した。


 すぐに調理に取り掛かる。




 まずはうすい豆からだ。


 鞘から豆を取り出す。鮮やかな緑色。


 鍋に出汁、薄口醤油、塩、みりんを合わせて煮立たせ、冷ましておく。


 別の鍋で湯を沸かし、塩を入れる。


 豆を投入し、再沸騰してから2分。茹で過ぎは禁物だ。


 火を止め、鍋ごと冷水につけて急冷する。


 これで鮮やかな緑色が定着する。


 冷めたら、豆を先ほどの出汁に浸す。


 味が染み込み、さらに色が冴える。


 この「浸し地」に漬けておく時間が、豆を宝石に変える魔法だ。




 次に刺身。


 柳刃包丁を研ぎ直し、精神を統一する。


 マダイは薄造りではなく、あえて厚めの平造りにする。弾力を楽しむためだ。


 イカは細かく飾り包丁を入れ、甘みを引き出しやすくする。


 関アジは生姜とネギを添えて。




 サイダーは、グラスごと冷凍庫でキンキンに冷やしておく。




 ダイニングテーブルに料理を並べる。


 ガラスの器に盛られた『うすい豆の翡翠煮』。


 透き通るような緑色が、涼やかで美しい。


 有田焼の皿に盛られた『刺身三点盛り』。


 そして、『仕込み水のサイダー』。




「いただきます」




 まずはサイダーを一口。


 シュワッという強い刺激の後、驚くほどまろやかな水の味が広がる。


 甘さは控えめで、食事の邪魔をしない。


 口の中が清められるようだ。




 次に翡翠煮。


 スプーンですくって口に運ぶ。


 薄皮がプチッと弾け、中からホクホクとした豆の甘みと、上品な出汁の香りが溢れ出す。


 ……美味い。


 シンプルだが、素材の力がダイレクトに伝わってくる。


 青臭さは微塵もない。春から初夏へと移ろう季節の味がする。




 そして刺身。


 マダイを醤油に少しだけつけて。


 噛みしめると、強烈な弾力と旨味。


 イカは舌に絡みつき、濃厚な甘みを残して溶けていく。


 関アジの脂はサラリとしていて、生姜との相性が抜群だ。




 そこに、50度まで冷ました玉露を啜る。


 ……衝撃だ。


 お茶とは思えない、トロリとした舌触りと、凝縮された旨味。


 まるで極上のスープを飲んでいるようだ。


 魚の脂を洗い流すのではなく、包み込んで昇華させる。




 一人静かな食卓だが、心は満たされている。


 結衣先輩の笑顔、セイラ先輩との密約、そして最高の食材たち。


 1999年5月31日。


 5月最後の一日は、穏やかに、そして美しく暮れていった。


 明日からは6月。


 俺の物語は、また新たな展開を迎えることになるだろう。

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