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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: U3


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第48話 ハンバーガーの塔と洋食屋の再建計画

 週の後半、木曜日。


 中間試験の結果が出揃い、教室の空気は安堵と次なるイベントへの期待で緩みきっていた。


 だが、そんな弛緩した空気の中でも、俺の日常は変わらない。


 2限目、政治経済。


 担当教師は、黒板に日本の戦後経済史の年表を書き連ねながら、不意にチョークを止めて振り返った。




「……さて。1971年のニクソン・ショックが日本経済に与えた影響について、為替レートの変動と産業構造の転換という観点から簡潔に説明できる者はいるか?」




 高校1年生に問うには、いささか専門的すぎる内容だ。


 クラス中が沈黙し、視線を逸らす中、教師の目は迷うことなく俺の席へと向けられた。




「西園寺。……いけるか?」




 俺は手元の専門書から顔を上げ、静かに席を立った。




「はい。ニクソン・ショックによる固定相場制の崩壊と円の切り上げは、輸出産業に大打撃を与えましたが、同時にエネルギー効率の高い産業への転換を促す契機ともなりました。円高による輸入原材料のコストダウンは、重厚長大産業から加工組立型産業、ひいてはハイテク産業へのシフトを加速させ、後の自動車・エレクトロニクス産業の世界的躍進の土台を築いたと言えます」




 俺は淀みなく答えた。


 41歳の元経営者として、この国の経済史は肌感覚として理解している。


 教師は満足げに頷き、「完璧だ」と短く評した。


 着席すると、隣の席の城戸隼人が「お前、前世で経済学者だったんじゃね?」と小声で囁いてきた。


 当たらずとも遠からずだ。俺は小さく苦笑した。




 昼休み。


 俺は教室棟2階の渡り廊下にあるベンチで、一人休憩を取っていた。


 そこへ、少し慌てた様子の女子生徒が駆け寄ってきた。


 桜木マナだ。


 ショートボブの黒髪が揺れ、健康的な頬には困惑の色が浮かんでいる。


 彼女は俺の前に立つと、申し訳なさそうにノートを差し出した。




「ごめんね、西園寺くん。……お昼休みに悪いんだけど、ここ教えてもらってもいいかな?」


「構いませんよ。……世界史ですか?」


「うん。授業で聞いたときは分かったつもりだったんだけど、復習してたらこんがらがっちゃって……」




 彼女が指差したのは、第一次世界大戦の開戦要因についての箇所だ。


 俺はペンを取り出し、各国の同盟関係を図式化して説明した。




「……なるほど! 複雑なパズルみたいだけど、こうやって図にすると分かりやすいね!」




 マナの顔がパッと輝いた。


 その笑顔は、初夏の太陽のように眩しい。


 翔太への依存から脱却し、自分の足で学ぼうとする彼女の姿勢は、見ていて気持ちが良い。




「ありがとうございます、西園寺くん。……あのね、実はもう一つ相談があって」


「何でしょう?」


「……今日、放課後にお店に来てくれないかな? お父さんが、西園寺くんにどうしても会いたいって」




 彼女の表情が再び曇った。


 ただの挨拶ではない。何か深刻な事情がありそうだ。


 俺は彼女の瞳を見つめ、力強く頷いた。




「分かりました。伺います」




 放課後。


 マナの実家へ向かう前の時間調整と、ある「実験」を兼ねて、俺は渋谷のセンター街にいた。


 同行者は、悪友の城戸隼人だ。




「おい西園寺、マジで食うのか? これ」




 隼人が呆れと称賛の入り混じった声を上げる。


 目の前には、巨大なハンバーガーショップの看板メニュー、『タワーバーガー』が鎮座していた。


 パティ5枚、チーズ5枚。高さは20センチを超えている。


「30分以内に完食したら無料&記念写真」という、典型的な大食いチャレンジだ。




「……たまには、胃袋の限界を知るのも悪くない」




 俺はジャケットを脱ぎ、袖をまくった。


 41歳の精神は「やめておけ」と警鐘を鳴らしているが、15歳の肉体は「カロリーをよこせ」と叫んでいる。


 これは、若さという特権を行使する儀式だ。




「いただきます」




 俺はバーガーを押し潰し、豪快にかぶりついた。


 肉汁とチーズの洪水。ジャンクな旨味が脳髄を直撃する。


 隼人も負けじと自分のセットを頬張っている。




「うめぇ! ……けど、見てるだけで胸焼けしそうだわ!」




 結果、25分で完食。


 店内に拍手が起こり、ポラロイドカメラで記念撮影をされた。


 腹はパンパンだが、不思議な達成感がある。




「……しばらく肉は見たくないな」


「当たり前だろ! ……でも、お前って本当変なとこで負けず嫌いだよな」




 隼人と笑い合いながら店を出ると、近くの路上でタバコ休憩をしている女性を見つけた。


 柚木沙耶さんだ。


 今日の彼女は、ワインレッドのシャツに黒のパンツという、マニッシュなスタイル。


 アンニュイな美貌が、渋谷の雑踏の中で一際異彩を放っている。


 彼女は火のついていないメンソールのタバコを指に挟み、気だるげに紫煙をくゆらせる……フリをしていた。




「……こんにちは、柚木さん。今日もキマってますね」


「あら、社長さん。……と、お友達?」




 彼女は俺たちに気づくと、パッと表情を明るくし、タバコをバッグにしまった。




「こんにちは! 城戸隼人です!」


「ふふ、元気のいい子ね。……で? 二人でデート?」


「男二人でハンバーガーの大食いをしてきました。……胃が重いです」


「……バカねぇ。15歳って、そんなことばっかりしてるの?」




 沙耶さんは呆れたように、しかし楽しそうにクスクスと笑った。


 その笑顔には、大人の余裕と、俺たちへの親愛が滲んでいる。




「……そういえば、舞が言ってたわよ。『最近、社長の食生活が心配です』って。ジャンクフードばかり食べてると、背が伸びないわよ?」


「善処します。……では、俺たちはこれで」




 手を振って別れる。


 彼女との会話は、いつも心地よいスパイスになる。




 夕方。


 俺は桜木マナの実家、下町の洋食屋『キッチン・チェリー』を訪れた。


 煉瓦造りのレトロな外観。昔ながらの洋食屋といった風情だが、店内の客入りはまばらだ。


 カウンターの奥で、マナのエプロン姿が見える。


 そして、テーブル席の一角には、なぜか日向翔太の姿があった。




「だからさぁ! 俺が毎日食べに来るって言ってんだろ! 俺の友達も呼ぶし! そしたら客なんてすぐ戻ってくるって!」


「……翔太。ありがとう、でも……」




 翔太が大声で捲し立てている。


 マナは困ったように眉を下げ、視線を泳がせている。


 その横で、店主であるマナの父親が、疲れ切った顔で腕を組んでいた。


 どうやら、店の経営危機について話しているようだ。


 近隣に大手ファミリーレストランチェーンが進出し、客足が激減している。このままでは、今月中に閉店も視野に入れなければならないという瀬戸際だ。




「頑張れば奇跡は起きるって! マナの家の店なんだから、俺が守ってやるよ!」




 翔太の言葉は熱いが、中身がない。


 根性論と精神論。


 今の状況で最も役に立たない、空虚な励ましだ。


 マナの表情は晴れるどころか、ますます暗く沈んでいく。




「……失礼します」




 俺はドアを開け、店に入った。


 カランコロン、とベルが鳴る。




「あ、西園寺くん! 来てくれたんだ!」




 マナの顔が、救いを見つけたように輝いた。


 翔太が「げっ、西園寺」と露骨に嫌な顔をするが、無視だ。


 俺はカウンターに座り、メニューを広げた。




「お父様、単刀直入に伺います。……先月の売上と、原価率は?」


「えっ? あ、いや……売上は前年比6割減で……原価は……」




 お父さんがしどろもどろになる。


 俺は許可を得て、カウンターの奥にある帳簿を見せてもらった。


 数字は嘘をつかない。


 大手チェーンとの価格競争に対抗しようとしてメニューの単価を下げ、結果として利益率を圧迫している。


 さらに、古くからの付き合いで仕入れている業者の卸値が、相場より割高だ。




「……典型的なジリ貧ですね。このままでは、3ヶ月持ちません」




 俺は冷徹に告げた。


 お父さんが青ざめ、翔太が「なんだよその言い方! 偉そうに!」と噛み付いてくる。




「黙っていろ、日向。……精神論で店は守れない。必要なのは、外科手術だ」




 俺は翔太を一瞥で黙らせ、マナとお父さんに向き直った。




「大手チェーンと同じ土俵で戦ってはいけません。彼らの強みは『安さと速さ』。対して、この店の強みは『手作りの味と温かさ』です。……価格競争はやめましょう。むしろ、単価を上げます」


「えっ!? 値上げするの!?」




 マナが驚きの声を上げる。




「そうです。ただし、ただ値上げするのではない。……『限定メニュー』を作ります。地元の有機野菜や、こだわりの肉を使った、一日20食限定の特製ハンバーグ。これを看板にする」




 俺はノートに図を描きながら説明した。


「限定」という付加価値をつけることで、客単価を上げつつ、廃棄ロスを減らす。


 さらに、割高な仕入れルートを見直し、俺のコネクションを使って市場から直接仕入れるルートを確保する。


 そして、近隣のオフィス街に向けて、ランチタイムの弁当配達サービスを開始する。




「……マナさんが作ったマドレーヌ、あれも商品化しましょう。レジ横に置けば、ついで買いの需要が見込めます」


「私の、お菓子……?」


「ええ。君の味は、武器になります」




 俺が具体的な改善案を次々と提示すると、お父さんの目に光が戻ってきた。




「……す、すごい。まるで魔法だ……」


「魔法ではありません。経営学です。……コンサルティング料は、出世払いで構いません。やらせていただけますか?」




 お父さんは深く頭を下げた。


 マナも、瞳に涙を溜めて頷いた。


 翔太だけが、「な、なんだよそれ……」と蚊帳の外で立ち尽くしていた。


 彼には、この「大人の会話」に入り込む余地はない。




 帰り際、マナがこっそりと俺に耳打ちした。




「……あのね、西園寺くん。私が新しく始めるバイトって言ったでしょ?」


「ええ、駅前のカフェですよね」


「それがね……実は、ちょっと変わったお店で……。『メイド喫茶』みたいな制服なの」


「……ほう」




 1999年当時、『Piaキャロット』などの影響でコスプレ要素のある飲食店が登場し始めていたが、本格的なメイド喫茶はまだ希少だ。


 マナがメイド服。


 その破壊力を想像し、俺は思わず口元を緩めた。




「……それは、ぜひ視察に行かなければなりませんね」


「もう! 冷やかしはダメだよ!?」




 マナは顔を真っ赤にしてポカポカと俺の腕を叩いた。


 その距離感は、もはや「クラスメイト」の枠を超えていた。




 帰宅後、俺はすぐに夕食の準備に取り掛かった。


 ハンバーガーの大食いで胃が疲れているため、消化に良く、かつ野菜をたっぷり摂れるメニューにする。


 メインは『麻婆ナス』。


 ただし、油通しはせず、多めの油で蒸し焼きにすることでカロリーを抑える。


 鮮やかな紫色のナス。


 まだ走りの時期だが、ハウス栽培のものは皮が柔らかく、火を通すととろりとした食感になる。


 ひき肉は豚の赤身を使い、豆板醤と甜麺醤でコクを出す。


 隠し味に黒酢を少し。これで味が引き締まる。




 副菜は『春雨サラダ』。


 ハム、きゅうり、錦糸卵を入れ、ごま油と酢を効かせた中華ドレッシングで和える。


 さっぱりとした酸味が、ナスの脂と好相性だ。


 スープは、生わかめとネギのシンプルな中華スープ。




 ビールは、『ヱビスビール』の瓶。


 やはり中華には、しっかりとした苦味のあるビールが合う。




 ダイニングテーブルに料理を並べ、テレビをつける。


 ゴールデンタイムのクイズ番組。


 画面の中では、天童くるみが回答席に座り、難問に挑んでいた。




『問題。1999年に欧州で導入された単一通貨の名称は?』




 くるみさんがボタンを押す。




『ユーロです! ……まだ現金流通はしてなくて、決済通貨としての導入ですよね!』




 正解。


 しかも補足情報まで完璧だ。


 司会者が「おおーっ! 天童ちゃん凄い!」と絶賛している。


 彼女は、俺が教えた知識をスポンジのように吸収し、自分の武器に変えている。


 画面の中の彼女と目が合った気がして、俺はグラスを掲げた。




「……乾杯」




 熱々の麻婆ナスを頬張る。


 とろけたナスの甘みと、ピリ辛の肉味噌が口の中で混ざり合う。


 そこにビールを流し込む。


 ……生き返る味だ。


 春雨サラダのツルツルとした食感も心地よい。


 一人の夕食だが、テレビの向こうの仲間と、今日救った洋食屋の未来を思えば、寂しくはない。




 食後、俺はリビングでパズルを広げた。


 1000ピースの『モン・サン・ミシェル』。


 海に浮かぶ修道院。


 空と海、そして石造りの建築物が織りなす複雑な色彩のグラデーション。


 難易度は高い。




 俺は無心でピースを埋めていく。


 今日起きた出来事。


 マナの自立、翔太の敗北、沙耶さんとの会話、そしてくるみの活躍。


 それらは全て、俺が描く未来図を構成するピースだ。


 一つ一つが噛み合い、大きな絵を描き始めている。




「……あと少し」




 パズルが完成に近づくにつれ、俺の中の思考もクリアになっていく。


 マナの店を再生させ、彼女を完全にこちらの世界へ引き込む。


 それが次のミッションだ。


 メイド服姿のマナ。


 ……それもまた、重要な「ピース」になるかもしれない。

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