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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: U3


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第46話 データベースの基礎と迷子の黒猫

 中間試験明けの火曜日。


 昨夜のステーキで精力を回復させた俺は、通学中のハイヤーの中で一冊の専門書と格闘していた。


『データベース設計の基礎』。


 昨日、図書室で借りた本だ。


 これから立ち上げるモバイルECサイトや着メロ配信サービスにおいて、データベースの設計は心臓部に当たる。


 顧客情報、商品データ、決済履歴。


 これらをいかに効率的に格納し、高速に取り出すか。


「第一正規形」から「第三正規形」へとデータを整理していくプロセスは、複雑に絡まった糸を解きほぐすような、ある種の知的快楽を伴う作業だ。




「……データの冗長性を排除し、一貫性を保つ。ビジネスも人間関係も同じだな」




 俺は重要な箇所に付箋を貼りながら独りごちた。


 不要な関係を正規化し、それぞれを独立したテーブルとして機能させる。


 そうすることで初めて、システム全体が健全に稼働するのだ。




 学校に到着し、午前中の授業を無難にこなす。


 昼休み。


 俺は中庭のベンチで、いつものようにミネラルウォーターを飲んでいた。


 今日は珍しく、城戸隼人と草野健太の二人が俺の周りに集まっている。




「なぁ西園寺! お前、『To Heart』って知ってるか?」




 草野が鼻息荒く切り出した。


 彼は典型的なオタク気質だが、その情報収集能力は侮れない。




「……アニメかゲームの話か?」


「そう! アニメ始まったんだよ! でさ、そこに出てくる『マルチ』ってメイドロボが最高に可愛くてさぁ……!」




 草野は熱弁を振るう。


 1999年春。恋愛シミュレーションゲームのアニメ化作品『To Heart』が放送され、一部の界隈で熱狂的な支持を集めていた。


 特に、奉仕精神に溢れたメイドロボットという概念は、後の「メイド萌え」ブームの先駆けとなる重要なカルチャーだ。




「メイドか……。家にいる家政婦さんとは違うのか?」




 隼人が不思議そうに首をかしげる。


 彼にとってメイドとは、洋画に出てくる初老の女性くらいの認識だろう。




「全然違うって! フリルで! カチューシャで! ご主人様のために一生懸命なんだよ! ああ、俺もマルチに起こされたい……」


「……気持ち悪ぃな、お前」




 隼人がドン引きしている横で、俺は冷静に分析していた。


「奉仕への渇望」。


 バブル崩壊後の不況と、競争社会の疲弊の中で、人々は無条件に自分を肯定し、尽くしてくれる存在を求めている。


 癒やしビジネス。


 あるいは、コンセプトカフェ。


 2年後の2001年には秋葉原に日本初の常設メイド喫茶『Cure Maid Cafe』が誕生する。


 この「萌え」という感情は、莫大なマネーを生む鉱脈になる。




「……草野。その『奉仕される喜び』という感覚、覚えておくといい。将来、大きなビジネスのヒントになる」


「えっ? あ、ああ……よく分かんないけど、西園寺が言うならそうなのかも!」




 草野は単純に喜んだ。


 俺は苦笑しつつ、この熱量をどう着メロ事業のプロモーションに転化するかを思案した。




 放課後。


 俺は図書室へ向かった。


 読み終えた『ロジスティクス管理入門』と『データベース設計の基礎』を返却するためだ。


 カウンターには、図書委員の高城藍が座っていた。


 切り揃えられた黒髪のボブカットと、知性を宿した涼しげな瞳。


 昨日の翔太との絶縁劇を経て、彼女の纏う空気は以前よりも澄んでいるように見える。


 だが、今日の彼女はどこか浮かない顔をしていた。


 手元の貸出カードを見つめ、溜息をついている。




「……お疲れ様、高城さん。返却をお願いします」




 俺が本を差し出すと、彼女はハッとして顔を上げた。




「あ、西園寺くん。……ごめんなさい、気づかなくて」


「考え事ですか? 君にしては珍しい」


「……うん。ちょっとね」




 彼女は手際よく返却処理を済ませると、周囲を気にするように声を潜めた。




「あのね、西園寺くん。……相談があるの」


「僕で良ければ」


「近所の……よく行く路地裏に、野良猫がいたの。黒猫で、すごく人懐っこくて。……私、こっそり餌をあげてたんだけど」




 彼女は少し言い淀み、視線を伏せた。


 クールな彼女が野良猫を可愛がっているというギャップ。


 それだけで、彼女の隠された優しさが伝わってくる。




「ここ数日、姿を見せないの。……いつもなら、私が通ると寄ってくるのに」


「……心配ですね。事故か、あるいは誰かに保護されたか」


「分からない。でも、気になって勉強も手につかなくて。……もし良かったら、一緒に探してくれないかしら? 一人だと、路地裏の奥までは入りにくくて」




 彼女の瞳が、縋るように俺を見つめた。


 断る理由はない。


 翔太との件で傷ついた彼女の心を癒やすためにも、この「猫探し」は重要なクエストだ。




「分かりました。協力しますよ」


「……ありがとう。助かるわ」




 俺たちは図書室を出て、そのまま彼女の案内する場所へと向かうことにした。


 その前に、俺は新たに2冊の本を借りた。


『猫の行動学』と、夏目漱石の『吾輩は猫である』。


 前者は実用のため、後者は彼女との会話の種にするためだ。




 藍に案内されたのは、彼女の自宅近く、古びた住宅街の路地裏だった。


 夕暮れ時。


 どこからかカレーの匂いや、焼き魚の匂いが漂ってくる。


 1999年の東京には、まだこうした昭和の空気が色濃く残っている。




「……この辺りなの。いつもこのブロック塀の上にいて……」




 藍は不安そうに周囲を見回した。


「クロ、おいで」と小さく呼ぶが、返事はない。


 俺たちは手分けして聞き込みを行うことにした。




 近くの民家の前で、庭木に水をやっている温和そうな主婦を見つけた。




「すみません、少しお尋ねしてもよろしいですか?」




 俺はできるだけ人当たりの良い、爽やかな高校生を演じて声をかけた。


 主婦は俺の顔を見て、あからさまに頬を緩めた。


 美少年の容姿は、こういう時に最大の武器になる。




「あら、何かしら? 学生さん」


「実は、この辺りで黒猫を見かけませんでしたか? 首輪はしていませんが、毛並みの良い子で」


「黒猫……? ああ、あの子ね。最近見ないわねぇ。……そういえば、昨日の夕方、あっちの銭湯の方へ歩いていくのを見たような気がするわ」




 主婦は商店街の方角を指差した。


 有力な情報だ。




「ありがとうございます。助かりました」




 俺は丁寧にお礼を言い、藍に報告した。


 二人で銭湯『松の湯』の近くへ向かう。


 そこには、番台の横のベンチで、携帯ラジオを聞いている老人がいた。


 巨人戦の中継を聞いているようだ。




「……失礼します。おじいさん、少しよろしいですか?」


「ん? ……なんだ、若いの。巨人なら負けてるぞ」


「いえ、野球ではなく猫の話です。黒い猫を見かけませんでしたか?」




 老人はラジオのボリュームを下げ、俺と藍を交互に見た。




「黒猫か……。ああ、昨日の晩、裏の空き地で鳴いてたなぁ。足を引きずってたような気がするが」


「足を!?」




 藍が悲痛な声を上げた。


 怪我をしている可能性がある。


 俺は老人に空き地の場所を聞き出し、急いだ。




 空き地は、資材置き場のようになっていた。


 雑草が生い茂り、錆びたトタン板が積まれている。


 日が落ちかけ、薄暗い。




「……クロ! どこ!?」




 藍が必死に呼ぶ。


 その時、トタン板の隙間から、弱々しい鳴き声が聞こえた。




「ニャァ……」




「いた!」




 俺はスマートフォンのライト……はないので、キーホルダーにしていた小型ライトを点灯させ、隙間を照らした。


 そこに、黒い塊がうずくまっていた。


 藍が駆け寄り、泥だらけになるのも構わず抱き上げる。


 右足を少し怪我しているようだが、命に別状はなさそうだ。




「……良かった……! 本当に、良かった……」




 藍は猫を抱きしめ、涙ぐんでいた。


 その姿は、いつもの冷徹な「高城藍」ではなく、ただの心優しい15歳の少女だった。


 俺はハンカチを取り出し、彼女の涙と、猫の汚れを拭った。




「……動物病院へ連れて行きましょう。僕の知っている病院なら、この時間でも開けてくれます」




 俺は舞に電話し、提携している獣医の手配をした。


 藍は俺を見上げ、深く頷いた。




「……ありがとう、西園寺くん。貴方がいなかったら、見つけられなかった」


「共犯者ですからね。……秘密の共有が、また一つ増えました」




 猫を病院に預け、藍を家まで送り届けた後。


 俺は携帯を取り出し、隼人に連絡を入れた。


 猫探しで少し神経を使った。単純な運動でリフレッシュしたい気分だった。




『おう西園寺! 今からか? いいぜ、暇してたし!』




 合流したのは、渋谷のゲームセンターだ。


 隼人はいつものスカジャンスタイルで現れた。




「よぉ! 何する? 格ゲーか?」


「いや、今日は少し体を動かしたい。……エアホッケーはどうだ?」


「おっ、いいな! 負けた方がジュース奢りな!」




 俺たちはエアホッケーの台に向かい合った。


 コインを投入し、パックが浮き上がる。


 カンッ、カンッ!


 乾いた音が響き渡る。


 隼人の反射神経はやはり凄まじい。変則的な軌道でパックを打ち込んでくる。


 だが、俺も負けてはいない。


 動体視力と予測演算。


 パックの動きを先読みし、カウンターを叩き込む。




「うおっ!? まじかよ!」


「甘いな、城戸。隙だらけだ」




 激しいラリーの末、パックは隼人のゴールに吸い込まれた。




「くっそー! ……お前、何やらせてもつえーな。弱点ねぇのかよ」


「あるさ。……猫舌だ」


「かわいくねー弱点!」




 隼人は悔しがりながらも、約束通りジュースを買ってきた。


 炭酸の刺激が喉を潤す。


 彼との時間は、何も考えずに楽しめる貴重なひとときだ。




「……そういや、高城の様子どうだった? 今日なんか元気なかったけど」


「少し問題を抱えていたようだが、解決したよ。……明日には元気になっているはずだ」


「そっか。ならいいけどよ。……あいつ、真面目すぎるからな」




 隼人は意外と周りをよく見ている。


 その優しさが、彼の美徳だ。




 隼人と別れた後、俺は駅前で待機していたハイヤーに乗り込んだ。


 運転席には、舞がいる。




「お疲れ様です、社長。……猫の件、病院から連絡がありました。軽傷で、数日の入院で済むそうです」


「そうか。治療費はこっちで持っておいてくれ。……高城さんには、内密に」


「承知いたしました。……社長はお優しいですね」




 舞はバックミラー越しに、慈愛に満ちた微笑みを向けた。


 今日の彼女は、ダークグレーのスーツに白いブラウス。


 陶器のような肌と知的な瞳が、夜の車内で一層輝いて見える。


 19歳にしてこの完成度。彼女の存在が、俺のビジネスと精神を支えている。




「優しさではない。……投資だよ。彼女たちには、万全の状態で学園生活を送ってもらわなければ困る」


「ふふ、そういうことにしておきましょう」




 彼女に見透かされているのを感じながら、俺は車を降りた。




 駅前広場。


 そこには、いつものように演説を終え、片付けをしている宮島寅雄の姿があった。


 俺は近づき、声をかけた。




「……こんばんは、先生」


「おお、少年。……今日は遅いな」




 宮島は汗を拭い、ニカッと笑った。


 その顔には疲労が滲んでいるが、眼光は衰えていない。




「少し、探し物をしていました。……見つかりましたがね」


「ほう。……失くしものが見つかるのは良いことだ。政治の世界では、一度失った信頼を見つけるのは砂漠で針を探すより難しいがな」




 彼は自嘲気味に笑った。


 過去の汚職冤罪で全てを失った男。


 だが、その言葉には重みがある。




「……先生。信頼を取り戻すには、何が必要ですか?」


「言葉ではない。……行動だ。そして、それを続ける『愚直さ』だよ。……私はここで叫び続ける。誰一人聞いていなくてもな。それが、私なりの贖罪であり、戦いだ」




 宮島は夜空を見上げた。


 その横顔を見て、俺は背筋が伸びる思いがした。


 俺もまた、ビジネスという戦場で、結果を行動で示し続けなければならない。


 言葉巧みに人を動かすだけでなく、実体のある価値を提供し続けること。


 それが、真の成功への道だ。

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