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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: U3


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第45話 断絶の文学全集と孤独な荷物番

 週末の余韻を引きずった月曜日の朝。


 桜花学園の1年A組の教室は、中間試験の結果が返却され始めたこともあり、一喜一憂する生徒たちの声で騒がしかった。


 そんな中、3限目の英語の授業が始まった。


 担当は、厳格で知られるマーガレット佐藤先生だ。




「……Attention. この長文の最後の段落、著者が引用しているシェイクスピアの『マクベス』の一節が、現代の政治情勢にどう皮肉として機能しているか。……西園寺、答えなさい」




 唐突な指名。しかも、単なる翻訳ではなく、文学的素養と時事問題への理解を同時に問う難問だ。


 俺は、手元の原書から顔を上げ、静かに席を立った。




「はい。『きれいは汚い、汚いはきれい』という魔女の予言は、善悪の境界が曖昧になりつつある現代の国際政治、特に大国による介入主義の欺瞞を暗示しています。著者は、正義の名の下に行われる武力行使が、結果として新たな混沌を生むというパラドックスを、この引用によって痛烈に批判していると考えられます」




 俺は淀みなく答えた。


 佐藤先生は眼鏡の奥で目を丸くし、数秒の沈黙の後、満足げに頷いた。




「……Perfect. 高校生の回答とは思えないわね。素晴らしい洞察力よ」




 着席すると、隣の城戸隼人が「お前、マジで何者だよ……」と呆れたように囁いた。


 俺は小さく肩をすくめる。


 41歳の経験値があれば、これくらいの教養は嗜みだ。




 授業中、俺の思考は昨日の投資へと飛んでいた。


 昨日確保した、米国版ポケモンカード『Base Set』の未開封ボックス、400箱。


 総額500万円の投資だが、これは単なるカードではない。


 20年後、これらのボックスは「紙の宝石」となる。


 状態が良い未開封BOXは、2020年代のピーク時には1箱あたり3,000万円から5,000万円、あるいはそれ以上の価格で取引されることになる。


 400箱すべてがその価格になるわけではないとしても、資産価値は数百億円規模に膨れ上がる。


 倉庫の温度と湿度は、舞に徹底管理させている。


 25年後の開封を楽しみに待つとしよう。




 休み時間。


 俺は移動教室のため、本館の廊下を歩いていた。


 前方から、凛とした空気を纏った女子生徒が歩いてくる。


 霧島セイラ先輩だ。


 腰まで届く艶やかな黒髪が、歩くたびにサラサラと揺れる。


 日本人離れした彫りの深いエキゾチックな美貌。


 制服の着こなしは完璧で、その立ち姿は学園の廊下を王宮の回廊に変えてしまうほどの気品に満ちている。


 すれ違う生徒たちが、思わず道を空けてしまう「氷の女王」。




「……ごきげんよう、霧島先輩」




 俺が挨拶をすると、彼女は足を止め、切れ長の瞳で俺を見た。




「……西園寺くん。奇遇ね」


「ええ。先輩は移動教室ですか?」


「生徒会室よ。来月の予算編成で頭が痛いの」




 彼女は小さく溜息をついた。


 その表情には、以前のような刺々しい敵意はなく、どこか疲労の色が滲んでいる。


 実家の経済状況と、生徒会の激務。


 16歳の少女が背負うには、あまりに重い荷物だ。




「……あまり、無理をなさらないでください。花村先輩も心配していましたよ」


「結衣が? ……あの子、また余計なことを」




 セイラ先輩は困ったように、しかし嬉しそうに微笑んだ。


 その笑顔は、氷が解けた水面のように美しい。




「でも、ありがとう。……貴方みたいな食えない後輩に心配されるなんて、私も焼きが回ったものね」


「光栄です。……では、また」




 俺は一礼してその場を離れた。


 彼女との距離は、確実に縮まっている。


 だが、彼女のプライドを傷つけずに救うには、まだタイミングを見計らう必要がある。




 昼休み。


 教室に戻ると、窓際で不穏な空気が漂っていた。


 高城藍が、いつものように文庫本を読んでいた。


 切り揃えられた黒髪のボブカットと、知的な瞳。


 静謐な空気を纏う彼女の世界に、土足で踏み込む男がいた。


 日向翔太だ。




「よっ、高城! なに読んでんの?」




 翔太は藍の手から、強引に本を取り上げた。


 藍が読んでいたのは、海外文学の全集だ。




「……返して」


「うわ、字ちっさ! なんだこれ、すげー暗い話じゃん。こんなの読んでて楽しいの?」




 翔太はパラパラとページをめくり、嘲笑うように言った。




「もっとさー、明るい漫画とか読みなよ。ジャンプとかさ! 貸してやろうか?」




 悪気はない。彼にとっては、それが「親切な提案」なのだ。


 だが、それは藍にとって、自分のアイデンティティへの冒涜に他ならない。


 藍は無言で立ち上がり、翔太の手から本をひったくった。


 乱暴に奪い返されたことに驚く翔太を無視し、彼女はハンカチを取り出すと、翔太が触れた表紙を、まるで汚いものでも拭うかのように丁寧に拭き始めた。




「……おい、なんだよそれ。感じ悪いな」


「……日向くん」




 藍が顔を上げた。


 その瞳は、絶対零度の軽蔑と、諦めにも似た冷徹さを湛えていた。




「貴方には、一生理解できない世界よ。……二度と、私の本に触らないで」




 静かな、しかし教室中に響く拒絶の声。


 それは、単なる本の貸し借りへの拒否ではない。


 価値観の決定的な相違と、人間関係の完全な断絶を告げる宣告だった。




「はぁ? なんだよそれ! せっかく話しかけてやったのに!」




 翔太は腹を立てて自席に戻っていったが、クラスメイトたちの視線は冷ややかだった。


 藍は一度深く息を吐き、再び本の世界へと没入していった。


 俺はその様子を遠巻きに見ながら、翔太の孤立が決定的になったことを確信した。




 放課後。


 俺は市場調査のため、渋谷の街を歩いていた。


 センター街のゲームセンターの前を通りかかった時、見覚えのある制服姿を見つけた。


 桜木マナだ。


 彼女は店の前のベンチに一人で座り、大きなスポーツバッグを3つも抱えていた。


 その表情は曇り、行き交う人々の中で小さくなっている。




「……桜木さん?」




 俺が声をかけると、彼女はハッとして顔を上げた。


 愛らしいショートボブの美少女。


 だが、その大きな瞳には涙が滲んでいる。




「あ……西園寺、くん……」


「こんなところで、何をしているんですか? その荷物は?」


「……翔太たちが、プリクラ撮ってくるから待っててって。……荷物番」




 マナは力なく笑った。


 詳しく聞けば、翔太に「遊びに行こうぜ!」と強引に誘われたが、来てみれば翔太の男友達も一緒で、結局マナは彼らの荷物持ちと場所取りをさせられているらしい。


「遊びに行く」はずが、実態は「パシリ」だ。


 以前の彼女なら、「しょうがないなぁ」と笑って許していたかもしれない。


 だが、自立を始めた今の彼女にとって、この扱いは耐え難い屈辱だろう。




「……もう30分も戻ってこないの。私、何してるんだろ……」




 彼女は膝に顔を埋めた。


 俺は近くの自販機で温かい缶コーヒーを買い、彼女の頬に当てた。




「……ひゃっ」


「どうぞ。少し温まってください」


「あ、ありがとう……」




 彼女は缶コーヒーを両手で包み込んだ。




「彼らを待つ必要はありませんよ。その荷物はロッカーに入れて、鍵をインフォメーションに預ければいい」


「えっ、でも……」


「君の時間は、君だけのものです。……彼らの都合で消費されていいものではない」




 俺は彼女の手を取り、立たせた。


 近くのコインロッカーに荷物を押し込み、鍵をかける。




「……行こう。送りますよ」


「う、うん……。ごめんね、西園寺くん」




 マナは俺の隣を歩き出した。


 ゲームセンターの中から、翔太たちの馬鹿笑いが聞こえてくる。


 彼女は一度だけ振り返り、そして前を向いた。


 その瞳から、翔太への未練がまた一つ、剥がれ落ちていくのが見えた。




 マナを駅まで送り届けた後、俺は東急本店のデパ地下へと向かった。


 今日の夕食は、肉だ。


 翔太の無神経さに当てられ、消耗した精神を回復させるには、上質なタンパク質が必要だ。




 精肉コーナーで、最高級の黒毛和牛サーロインステーキを購入。


 厚さ3センチ。見事なサシが入ったA5ランクだ。


 さらに、付け合わせの野菜を選ぶ。


 アスパラガス、エリンギ、パプリカ。


 そして、ガーリックライスのために青森県産の最高級ニンニクと、フレッシュなパセリ。




 ワインセラーでは、ボルドーの赤『シャトー・カロン・セギュール』を選んだ。


 カベルネ・ソーヴィニヨン主体の重厚なボディと、ハートのラベルが特徴的なワインだ。


 濃厚なステーキの脂を受け止めるには、これくらいの力強さが必要だ。




 帰宅後、俺はエプロンを締め、肉を常温に戻す。


 塩胡椒は焼く直前に。


 厚手の鉄のフライパンを煙が出るまで熱し、牛脂を溶かす。


 肉を投入。




 ――ジュウウウッ!!




 強烈な音が響き、香ばしい匂いが立ち上る。


 表面をカリッと焼き固め、中はミディアムレアに。


 アルミホイルに包んで休ませる。この時間が、肉汁を全体に行き渡らせる魔法だ。




 その間に、肉を焼いた脂でスライスしたニンニクを炒め、ガーリックチップを作る。


 残った脂にご飯を投入し、醤油を焦がしてガーリックライスに仕上げる。


 野菜もソテーし、塩で味を調える。




 皿に盛り付け、休ませていたステーキをカットする。


 断面は美しいロゼ色。肉汁が溢れ出す。




「いただきます」




 一切れ口に運ぶ。


 サクッとした表面の歯ごたえと、とろけるような脂の甘み。


 ワサビ醤油でさっぱりといただく。


 そこに、デキャンタージュしておいたカベルネを流し込む。


 タンニンの渋みと果実味が、肉の脂と混ざり合い、至福のハーモニーを奏でる。


 ガーリックライスを頬張る。


 ニンニクの香りと焦がし醤油の風味が、食欲を暴力的に刺激する。


 ……完璧だ。


 一人の食事だが、この充実感は何物にも代えがたい。




 食後、ワインの余韻を楽しみながら、俺は書斎に入った。


 今日、図書室で借りてきた専門書を広げる。


『ロジスティクス管理入門』。


 これから立ち上げるモバイルEC事業において、物流は生命線となる。


 商品の在庫管理、配送ルートの最適化、返品対応。


 システムを作るだけでは不十分だ。モノを動かす物理的な仕組みを構築してこそ、ビジネスは成立する。

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