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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: 伊達ジン


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第38話 スカイラインの資産価値と女王の憂鬱

 中間試験という名の、俺にとっては単なる記憶の確認作業でしかなかったイベントが終わり、学園には解放感と、返却される答案への一喜一憂が入り混じった、特有の喧騒が戻っていた。




 5限目、世界史の授業。


 初夏を思わせる強い日差しが窓から差し込み、昼食後の眠気を誘う重い空気が教室を支配していた。教壇に立つ老教師は、黒板に19世紀末の金本位制と国際経済の相関図を書き殴りながら、ふとチョークを止めて振り返った。




「……さて。当時のイギリスが金本位制を維持できた最大の要因、そしてそれが現代の変動相場制へと移行せざるを得なかった歴史的背景について、誰か私見を述べられる者はいるか?」




 教室が静まり返る。教科書の数ページ先を読んでいるだけでは答えられない、当時のパワー・バランスと資本の流動性を理解していなければ成立しない問いだ。


 教師の視線が、出席簿をなぞる。




「西園寺。……試験では満点だったようだが、君の考えを聞かせてくれ」




 俺は静かに席を立った。41歳のビジネスマンとして、数多の市場の乱高下を経験してきた俺にとって、この問いは歴史ではなく、かつて歩んできた実務の延長線上にある知識だ。




「はい。イギリスが覇権を維持できたのは、ロンドン市場が世界の決済センターとして機能し、圧倒的な経常収支黒字を対外投資として還流させていたからです。しかし、二度の世界大戦による戦費調達と、ポンドの信用の低下、そして1929年の大恐慌による金ブロック経済圏の構築が、金本位制の物理的な限界を露呈させました。……つまり、実体経済の拡大に対して、金の採掘量という物理的制約が追いつかなくなった。これが現代の管理通貨制度への必然的な帰結だと考えます」




 俺は、15歳の高校生として不自然にならない程度の用語を選びつつ、論理の骨子を提示した。


 教師は眼鏡を押し上げ、数秒の沈黙の後、深く頷いた。




「……素晴らしい。大学のゼミでも通用する回答だ。座っていいぞ」




 周囲から「マジかよ」「さすが西園寺」という囁きが漏れる。俺はそれらを柳に風と受け流し、静かに着席した。隣の席の城戸が「お前、本当におっさんみてーだな」と呆れ顔を見せたが、俺は微かに肩を竦めるに留めた。




 放課後。


 俺は図書室へ向かうため、本館と別館を結ぶ渡り廊下を歩いていた。


 そこで、前方から歩いてくる人物に気づき、足を止めた。




 霧島セイラ。


 2年生の先輩であり、この学園の生徒会副会長を務める「氷の女王」だ。




 すれ違う生徒たちが、自然と道を開ける。


 それほどの圧倒的なオーラを、彼女は纏っていた。


 腰まで届く艶やかな黒髪は、歩くたびに光を弾き、日本人離れした彫りの深い顔立ちは、美術館に飾られた肖像画のように完成されている。


 制服の着こなしは一分の隙もなく、校章のついたブレザーが、彼女の高潔な精神を象徴する甲冑のように見えた。


 だが、その大きな瞳には、どこか他人を拒絶するような冷ややかな光が宿っている。




 俺は道の端に寄り、軽く頭を下げた。




「お疲れ様です、霧島先輩」




 彼女は俺の前で足を止めた。


 その視線が、俺の顔を射抜く。




「……西園寺くん。中間試験の手応えは良かったようね」




 冷たい声だが、無視されなかっただけマシか。


 入学式での「成金」発言以来、彼女は俺を敵視しているはずだが、今日は少し様子が違う。




「ええ、おかげさまで。先輩はいかがでしたか?」


「愚問ね。首席以外を取るつもりはないわ」




 彼女はふん、と鼻を鳴らした。


 その強気な態度は相変わらずだが、俺の目は誤魔化せない。


 目の下に、ファンデーションで隠しきれない微かな隈がある。


 肌の艶も、以前見た時より少し落ちている。


 心労だ。


 舞の調査によれば、霧島家の資金繰りは今月がいよいよ正念場のはずだ。彼女もまた、学業と家の問題の板挟みになり、神経をすり減らしているのだろう。




「……顔色が優れないようですが。あまり無理をなさらないでください」


「貴方に心配される筋合いはないわ。……それより」




 彼女は一歩、俺に近づいた。


 微かに、甘く冷たい香水の香りが漂う。




「貴方、最近校内で『何でも屋』のような真似をしているそうね。生徒の悩みを聞いて、金で解決しているとか」


「人聞きが悪いですね。友人の相談に乗っているだけですよ」


「……そう。なら忠告しておくわ。生徒会は、校内の風紀を乱す行為を看過しない。金で人の心を買えると思っているなら、その傲慢さはいずれ身を滅ぼすわよ」




 鋭い言葉。


 だが、その奥には「金に翻弄される我が身」への悲痛な響きが混じっていた。


 彼女は金持ちを憎むことで、金に支配されそうになっている自分を必死に保っているのかもしれない。




「肝に銘じておきます。……では、失礼します」




 俺は反論せず、恭しく一礼してその場を去った。


 すれ違いざま、彼女が小さく溜息をついたのを、俺は聞き逃さなかった。




(……限界が近そうだな)




 プライドが高ければ高いほど、折れた時の反動は大きい。


 その時こそが、手を差し伸べる最大の好機だ。残酷だが、それがビジネスと救済の鉄則だ。




 帰宅後、俺は『グラン・エターナル麻布』のリビングで、2人の訪問者を迎えていた。


 母のソフィアと、姉の摩耶だ。




「レオ! マミーに会いたかった? チューは?」


「……勘弁してください、母さん」




 抱きついてくる母を優しくいなし、ソファに座らせる。


 43歳になったばかりの彼女だが、その美貌は衰えるどころか、円熟した色気を増している。


 今日はラフなシャツにデニムという姿だが、それでも隠しきれないオーラが部屋中を埋め尽くしている。




「まったく、相変わらず元気なんだから。……はい玲央、これお土産のケーキ」




 続いて入ってきた姉さんが、有名パティスリーの箱をテーブルに置く。


 姉さんもまた、母親譲りの整った顔立ちをしているが、どこか親しみやすい雰囲気を持っている。東大生でありながら、家ではジャージ姿でゴロゴロするようなギャップが彼女の魅力だ。




「ありがとう、姉さん。紅茶を淹れますね」


「あ、いいわよ私がやるから。……って言いたいとこだけど、あんたの淹れる紅茶の方が美味しいのよねぇ」




 姉さんは苦笑しながらソファに沈み込んだ。




「それでレオ、今日は頼みがあるって言ってたわよね? マミーにできることなら何でも言って?」




 ソフィアが上機嫌で尋ねてくる。


 俺は紅茶をサーブし、本題に入った。




「はい。実は、資産管理会社の名義で、ある『商品』を追加で、それも大量に購入したいんです。金額が大きくなるため、オーナーである母さんのサインが必要でして」


「あら、またビルでも買うの?」


「いえ、車です。先日、個人用に1台購入したのですが、やはりあれは化けると確信しました。ですので、市場から消える前に買い占めておこうかと」




 俺はテーブルにカタログと、9台分の見積書を広げた。 日産スカイラインGT-R。型式BNR34。今年の1月に発売されたばかりの最新モデルだ。




「……車? あんた、こないだ『男のロマンだ』とか言って1台買ったばかりじゃない。免許もないのに、また買うの?」


「ええ。今回は観賞用ではありません。純粋な『投資』です」




 姉が目を丸くする中、俺は説明を続けた。




「以前、舞にも話しましたが、このR34型は、直列6気筒エンジン『RB26DETT』を搭載する最後のGT-Rになる可能性が高い。さらに、今後強化される排ガス規制により、これほどの純粋なスポーツカーは二度と作れなくなるでしょう。……つまり、生産終了と同時に、その価値は跳ね上がる」




 俺が提示したのは、最上位グレードである「V-spec」を中心としたリストだ。追加購入台数は9台。先日買った1台と合わせて計10台のコレクションとなる。今回の総額だけで約4,500万円。




「これを新車の状態で、走行させずに温度管理された倉庫で保管します。20年後、アメリカの『25年ルール』が解禁される頃には、今の10倍……いや、それ以上の価値がついているはずです」




 未来知識による確信だ。


 2020年代、R34 GT-Rは海外富裕層の間で投機対象となり、数千万円から億単位で取引されることになる。


 4,500万円の投資が、数億円に化ける。確実な利回りだ。




「……よくわかんないけど、乗らない車を9台も買うの? 男のロマンってやつ?」


「ロマンも否定はしませんが、これは純粋な金融商品ですよ、姉さん」


「ふふ、面白いわね! OK、サインすればいいの?」




 母は迷うことなく、万年筆を走らせた。


 4,500万円という金額を、スーパーで大根を買うような感覚で決済する。この決断力と財力こそが、母がハリウッドで成功した理由の一つかもしれない。




「ありがとうございます。管理と保管の手配は、すべて舞に任せてあります」


「いいのよ。レオが楽しそうなら、それが一番だもの。……それにしても、あんたも男の子ねぇ。スポーツカーなんて」




 母さんは俺の頭を撫でながら、慈愛に満ちた目で微笑んだ。


 中身が41歳でも、この人には敵わない。




「さあ、用事は済んだし、パーティーにしましょう! 摩耶、シャンパン開けて!」


「はいはい。……もう、玲央も手伝ってよ!」




 賑やかな夜が更けていく。


 ビジネスの緊張感から解放される、束の間の家族の時間。


 だが、俺の頭の片隅には、先ほど会った霧島先輩の、悲痛な表情が焼き付いて離れなかった。

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