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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: U3


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第33話 試験用紙の迷宮と天使の休息

 空は突き抜けるような快晴だったが、私立桜花学園の校門をくぐる生徒たちの表情は一様に曇っていた。


 今日から3日間、一学期中間試験が行われる。


 高校に入学して初めての定期考査。その結果が、今後のクラス内カーストや進路指導に直結することを、誰もが本能的に理解しているのだ。




 1年A組の教室に入ると、そこはすでに戦場だった。


 直前まで単語帳にかじりつく者、諦めて机に突っ伏す者、互いに問題を出し合って不安を紛らわせる者。


 独特の緊張感が支配する中、俺は、悠然と自分の席に着いた。


 鞄から筆記用具だけを取り出し、机の上に並べる。


 シャーペン、消しゴム、定規。


 シンプルだが、使い慣れた一流品だ。




「……おい西園寺。顔色が良すぎねぇか?」




 隣の席から、恨めしそうな声が飛んできた。


 城戸隼人だ。


 目の下には薄っすらと隈ができているが、その瞳には悲壮感ではなく、やる気が宿っている。


 先日の勉強会の成果だろうか、教科書を開く手つきに迷いがない。




「おはよう、城戸。体調は万全だよ。……城戸も悪くなさそうだ」


「へっ、当たり前だろ。お前ん家で特訓したんだ。赤点なんか取ったら末代までの恥だぜ」




 隼人はニカッと笑った。


 鷹森という重圧から解放され、本来の負けん気の強さを取り戻した彼は強い。


 スポーツマン特有の集中力を発揮すれば、平均点以上は堅いだろう。




 一方で、悲惨なオーラを放っているのが日向翔太だ。


 彼は教室の前方で、高城藍の席にへばりついていた。




「頼むよ高城ぃ! ここの範囲、ヤマどこか教えてくれって! マナが口きいてくんねーんだよぉ!」


「……離れて。鬱陶しい」




 藍は冷徹に言い放ち、翔太の手を払いのけた。


 彼女の手元には完璧にまとめられたノートがあるが、それを翔太に見せるつもりは毛頭ないようだ。


 当然だ。彼は以前、マナのノートを勝手にコピーして配るという裏切り行為を働いたのだから。


 自業自得である。




「くそっ、ケチくせーな! ……あ、おい草野! お前見せろよ!」


「えっ!? い、いや俺のなんて汚いし……」




 翔太はターゲットを変え、草野健太に詰め寄っている。


 草野はオドオドしながらも、困ったように俺の方を見てきた。


 助け舟を出す義理はないが、試験前に騒がれるのは迷惑だ。


 俺は小さく溜息をつき、立ち上がった。




 チャイムが鳴り、試験監督が入ってきた。


 問題用紙と解答用紙が配られる。


 1限目は現代文だ。


 「始め」の合図と共に、一斉に紙をめくる音が響く。




 俺はまず、全体を俯瞰した。


 大問は3つ。評論、小説、そして漢字の書き取り。


 評論のテーマは「情報化社会における個の喪失」について。


 まさに今、俺がビジネスで取り組んでいる領域だ。


 著者の主張は「ネットワークへの常時接続が、孤独を癒やすと同時に思考の深さを奪う」という、いかにも現代的な警鐘だ。


 1999年の時点でこの視点を持っているのは鋭いが、俺からすれば少し感傷的すぎる。


 孤独とは物理的な遮断ではなく、精神的な自立の問題だ。




 俺は設問に目を走らせた。




 『傍線部Aの「透明な檻」とはどういうことか。60字以内で説明せよ』




 これはいわゆる「出題者の意図」を読み取るゲームだ。


 自分の意見を書いてはいけない。本文中にあるキーワードを拾い集め、論理的に再構築するパズル。


 俺は迷うことなくペンを走らせた。


 41年の人生経験と読書量は、高校生レベルの文章読解など児戯に等しい。


 著者が何を言いたいのか、そして出題者が何を答えさせたいのか。


 それが手に取るように分かる。




 小説問題は、思春期の淡い恋心を描いた短編だった。


 主人公の少年が、ヒロインの些細な言動に一喜一憂する心理描写。


 かつての俺なら共感できたかもしれないが、今の俺には少々青臭すぎる。


 だが、心理分析として読めば面白い。


 行動経済学の視点で見れば、彼らの行動はバイアスだらけだ。


 俺は冷静に感情の機微を言語化し、解答欄を埋めていった。




 終了のチャイムが鳴る頃には、俺は見直しまで完璧に終えていた。


 ペンを置き、周囲を見渡す。


 隼人は頭を抱えながらも最後まで書き切ったようだ。


 翔太は……空欄が目立つ解答用紙を前に、白目を剥いていた。




 休憩時間を挟み、2限目は化学。


 周期表、モル計算、化学反応式。


 こちらは暗記と計算の勝負だ。


 俺の脳内データベースには、大学受験レベルの知識まで完璧にインデックスされている。


 


 『アボガドロ定数を用いて、以下の物質量を求めよ』




 数字の羅列。


 だが、俺にはそれが「投資の利回り計算」と同じに見える。


 インプットとアウトプット。


 その間に介在する触媒やエネルギー変化。


 化学とは、物質の収支決算だ。


 無駄なく、効率的に、解を導き出す。




 カリカリとペンを走らせる音だけが響く静寂。


 俺はこの時間が嫌いではなかった。


 誰にも邪魔されず、ただ目の前の課題を処理していく没入感。


 それは、深夜に一人で事業計画書を書いている時の感覚に似ている。


 世界がシンプルになる瞬間だ。




 午前中の科目を終え、昼休み。


 午後は英語と数学だ。俺にとってはボーナスステージだが、一般の生徒たちにとっては地獄の行軍だろう。


 教室は「終わった……」「答え合わせしようぜ」という喧騒に包まれている。


 俺はその空気を避け、購買で買ったサンドイッチとコーヒーを持って教室を出た。




 向かったのは、人気の少ない渡り廊下の階段。


 ここは風通しが良く、中庭を見下ろせる隠れスポットだ。


 だが、今日は先客がいた。




「……う~ん、う~ん」




 階段の踊り場に座り込み、唸っている女子生徒。


 艶やかな黒髪のセミロング。


 少しサイズの合わないブラウス。


 花村結衣先輩だ。


 彼女は膝の上にノートを広げ、シャーペンを握りしめて頭を抱えている。


 その足元には、食べかけのメロンパンの袋が落ちていた。




「……花村先輩?」




 俺が声をかけると、彼女はビクリとして顔を上げた。


 その瞳は潤んでおり、今にも泣き出しそうだ。




「あ……西園寺くん……」


「こんなところで、どうされたんですか? 昼食は?」


「うぅ……食べたけど……全然味がしなかったのぉ」




 彼女はへにょりと眉を下げた。


 その無防備な表情は、庇護欲を強烈に刺激する。




「次の数学がね、全然わかんないの。……赤点取ったら、夏休みの補習確定で……セイラちゃんと海行けなくなっちゃう……」




 なるほど。深刻な事態だ。


 彼女にとって、親友との夏休みは世界の危機に等しい重大事なのだろう。


 俺は彼女の隣に腰を下ろした。


 ふわりと、甘いバニラの香りが漂う。




「見せていただけますか?」




 俺は彼女のノートを覗き込んだ。


 そこには、可愛らしい丸文字で数式が書き写されているが、途中から計算が迷走し、謎の魔法陣のようになっていた。


 三角関数の加法定理だ。




「……なるほど。公式を丸暗記しようとして、混ざっていますね」


「だってぇ、サインコサインなんとかって、呪文みたいなんだもん」


「呪文ではありません。図形的な意味を理解すれば、覚える必要すらないんですよ」




 俺は自分の手帳を取り出し、図を描いた。


 単位円と、回転する三角形。


 視覚的にイメージさせることで、数式の意味を直感的に理解させる。


 これは以前、隼人に教えた時と同じ手法だ。




「いいですか、先輩。この角度が動くと、高さと底辺がどう変化するか。……アニメーションのように想像してください」


「むむむ……あ、わかった! こっちが伸びると、こっちが縮むんだ!」


「その通りです。それが分かれば、あとはパズルと同じです」




 俺が解説を続けると、結衣先輩の表情が次第に晴れていった。


 彼女は決して頭が悪いわけではない。


 ただ、抽象的な概念を扱うのが苦手なだけで、具体的なイメージと結びつけば理解は早い。




「すごぉい! 西園寺くん、教え方上手! 先生より分かりやすいかも!」




 彼女はパァッと輝くような笑顔を見せた。


 そして、衝動的に俺の腕に抱きついてきた。


 柔らかい感触と温もりが、シャツ越しに伝わる。


 俺の理性が、緊急警報を鳴らした。




「……先輩。近いです」


「あ、ごめん! 嬉しくてつい!」




 彼女は慌てて離れたが、全く悪びれた様子はない。


 天然なのか、無防備すぎるのか。


 どちらにせよ、心臓に悪い人だ。




「……西園寺くんは、試験どうだった? 余裕?」


「まあ、それなりに。準備はしてきましたから」


「そっかぁ。やっぱり王子様は違うねぇ。……あ、これあげる! お礼!」




 彼女はポケットから、チロルチョコを一つ取り出し、俺の手のひらに乗せた。


 『チロルチョコ ミルク』味だ。




「糖分補給して、午後も頑張ってね!」


「ありがとうございます。いただきます」




 俺はチョコを受け取り、ポケットにしまった。


 彼女の笑顔は、どんな栄養ドリンクよりも効果的な活力剤だ。




「あ、予鈴鳴っちゃう! ……西園寺くん、ありがとね! 私、頑張る!」


「ええ。健闘を祈ります」




 彼女はノートを抱え、小走りで階段を駆け上がっていった。


 スカートの裾が翻り、白い靴下が眩しい。


 俺はその背中を見送りながら、ふと自分の口元が緩んでいることに気づいた。


 学園生活も、悪くない。


 俺は残りのコーヒーを飲み干し、午後の戦場へと向かった。




 初日の全科目が終了した。


 放課後の教室は、解放感と疲労感が入り混じった独特の空気に満ちていた。




「終わったぁぁぁ!! ……いや、まだ明日もあるけど!」




 隼人が机に突っ伏して叫ぶ。


 手応えはあったようで、その声は明るい。




「どうだった、城戸」


「おう! 英語は微妙だけど、現国と化学はいけた気がする! お前ん家でやったとこ、バッチリ出たしな!」


「それは何よりだ。明日もこの調子で頼むよ」




 俺は鞄を手に取った。


 今日はこれで帰宅する。


 試験期間中は部活動も停止になるため、校内は比較的静かだ。




 昇降口で靴を履き替えていると、校門の向こうに黒塗りの車が見えた。


 舞の迎えだ。


 試験期間中とはいえ、ビジネスは動いている。


 帰宅後は、着メロサイトのアクセス解析と、サーバーの負荷テストの結果を確認しなければならない。


 そして、ユニクロ株の買い増しタイミングの精査も。




「……西園寺」




 背後から声をかけられた。


 振り返ると、高城藍が立っていた。


 彼女も帰宅するところらしい。


 手には文庫本を持っている。




「お疲れ様、高城さん。出来はどうでしたか?」


「……普通よ。貴方ほど余裕ではないけれど」


「謙遜ですね」




 彼女はフンと鼻を鳴らしたが、その表情は柔らかかった。


 翔太との件で一時はピリピリしていたが、マナが自立し始めたことで、彼女の肩の荷も下りたようだ。




「マナも、頑張ってるみたい。……貴方のおかげね」


「僕はきっかけを作っただけですよ。選んだのは彼女自身です」


「……そういうところ、本当に大人びてるわよね。可愛げがないくらい」




 藍は小さく笑った。


 クールな彼女が見せる、稀少なデレだ。


 俺たちは並んで校門を出た。


 夕日が校舎をオレンジ色に染めている。




「じゃあ、また明日。……明日の数学、負けないから」


「受けて立ちましょう」




 彼女は駅の方へ歩き出した。


 俺は舞の待つ車へと向かう。


 ドアを開けると、冷房の効いた車内の空気が俺を包み込んだ。

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