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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: U3


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第104話 伏線の迷宮と究極のスパイス

 お盆を過ぎても、東京の猛暑は依然として衰えを知らない。

 だが、青山の骨董通りに並ぶケヤキの街路樹は、アスファルトの熱を和らげる涼やかな木漏れ日を落としていた。


 午後。俺は、通りに面した落ち着いたカフェのテラス席で、冷たいペリエを飲んでいた。


「……お待たせ、玲央くん」


 カラン、と涼やかな音を立ててグラスが置かれると同時、向かいの席に女性が腰を下ろした。

 柚木沙耶だ。

 深いグリーンのサマーニットに、白いワイドパンツ。19歳の大学2年生だが、彼女の纏うアンニュイで洗練された空気は、周囲の大人たちにも全く引けを取らない。道行く男性が、無意識に彼女の整った横顔に視線を奪われている。


「お疲れ様です、柚木さん。NPO法人のボランティアの帰りですか?」


「ええ。今日も子供たちと遊んできたわ。……遊んだっていうより、振り回されてヘトヘトなんだけどね」


 彼女はストローでアイスティーをかき混ぜながら、少し疲れたように、しかしとても充実した笑顔を見せた。

 先日、家庭環境に問題がある子供たちの支援活動に参加し始めたと語っていた彼女。モラトリアムの海で迷っていた以前の姿はもうなく、その瞳には確かな目的意識が宿っている。


「現場の空気には慣れましたか?」


「少しずつね。……最初は、子供たちの抱えている事情が重すぎて、どう接していいか分からなかった。でも、玲央くんが言ってくれたじゃない? 共感しすぎて自分を壊さないようにって」


 沙耶さんは、まっすぐに俺の目を見た。


「だから、私は『可哀想な子』として接するのをやめたの。ただの近所のお姉さんみたいに、一緒に笑って、一緒に怒るようにした。……そうしたら、少しずつ心を開いてくれるようになった気がする」


「素晴らしいアプローチです。同情は時に相手の尊厳を傷つけますが、対等な感情の共有は信頼を生みますから」


「ふふっ。玲央くんに褒められると、単位をもらった時より嬉しいわね」


 彼女は照れ隠しのようにグラスを持ち上げた。


「……舞が、貴方のビジネスを完璧に支えているように。私も、私なりのやり方で、社会の役に立ちたい。そう思えるようになったのは、貴方のおかげよ。ありがとう」


「礼には及びません。柚木さん自身が持つ、優しさと知性の結果です」


 穏やかな世間話。

 彼女が自らの足で歩き始め、大人の女性としての魅力をさらに深めていく過程を見守ることは、俺にとっても非常に有意義な時間だった。


 午前中、俺は渋谷区桜丘町にある『レオ・キャピタル』のオフィスに出社していた。

 涼しい空調が効いた室内で、ノートパソコンのモニターと向き合う。


「社長、先日仕掛けた『特化型メルマガ事業』の初期レポートが上がってきました」


 秘書の如月舞が、完璧な姿勢でクリアファイルをデスクに置いた。


「懸賞企画の反応はどうだ?」


「予想を大きく上回っています。『iMacとプレステ2の予約枠プレゼント』という広告がネット上の掲示板で拡散され、わずか数日で数万件の新規メールアドレスを獲得しました。一人あたりの獲得単価は、予定よりもはるかに安く収まっています」


「上出来だ」


 俺は数字の羅列を見つめ、満足げに頷いた。

 インターネットという仮想空間において、メールアドレスのリストは「金脈」そのものだ。

 この数万人のリストに対し、今後、ストリートブランドの転売情報や、アフィリエイト広告を流し込む。初期投資の300万円など、あっという間に回収できる。


「引き続き、リストのクリーニングと属性の分析を進めてくれ。……この網をどこまで広げられるかが、次の勝負になる」


「承知いたしました。並行して、ヤフオクのサービス開始に向けた転売部隊の準備も進めておきます」


 舞の有能さは、ビジネスの展開速度を飛躍的に高めてくれる。

 実店舗での泥臭いビジネスと、ネットを使ったレバレッジの高いビジネス。二つの車輪が、俺の資産を幾乗にも膨らませていく。


 夕方。

 オフィスを出た俺は、麻布十番のスーパー『ナニワヤ』で買い出しを済ませ、ペントハウスへと帰宅した。


 静寂に包まれた広大なリビング。

 誰の干渉も受けない、一人暮らしの城。

 ネクタイを外し、シャツの袖を捲り上げてキッチンに立つ。


 今日の夕食は、猛暑で消耗した肉体に活力を与えるためのメニューだ。

 主役は『厚切り豚ロースの生姜焼き』。


 国産の黒豚ロース肉を使用する。赤身と脂身の間にある筋に数カ所切り込みを入れ、焼いた時に肉が反り返るのを防ぐ。この一手間が、均一な火入れを可能にする。

 肉に薄く小麦粉をはたき、旨味を閉じ込める準備をする。


 タレは自家製だ。

 おろしたての生姜をたっぷりと使い、醤油、酒、みりん、そして隠し味に少量のハチミツを加える。砂糖よりも自然なコクが出て、肉に美しい照りを与える。


 フライパンに油を熱し、豚肉を並べる。

 強火で一気に焼き色をつける。香ばしい匂いが立ち昇ったところで裏返し、合わせ調味料を一気に回し入れる。


 ジャアアアァァッ!!


 醤油が焦げる強烈な香りが、キッチン中に爆発する。

 タレを煮詰めながら肉に絡ませ、照りが出たところで火から下ろす。


 付け合わせは、千切りにしたキャベツと、氷水で冷やした完熟のトマト。

 飲み物は、キンキンに冷やした麦茶だ。


「……完璧だ」


 ダイニングテーブルに並んだ、黄金色に輝く生姜焼き。

 俺は席につき、一人静かに手を合わせた。


「いただきます」


 厚みのある豚肉を一口大に切り、口に運ぶ。


「……っ」


 黒豚の脂の甘みと、生姜の鮮烈な風味がガツンと脳を揺らす。

 ハチミツのコクが加わったタレが、小麦粉の衣にしっかりと絡みつき、噛むほどに濃厚な肉汁が溢れ出す。

 これぞ、日本の家庭料理の最高峰とも言えるスタミナ食だ。


 すかさず、白米をかきこむ。

 濃い味付けの肉と、ふっくらと炊き上がった魚沼産コシヒカリの組み合わせは、計算し尽くされた完璧なアルゴリズムのようだ。


 冷たいトマトで口の中をリセットし、麦茶を流し込む。

 香ばしい麦の香りが、脂っこさをさらりと洗い流してくれる。


 一人きりの静かな食卓。

 誰にも邪魔されることなく、純粋に味覚と向き合い、自らの肉体を構築していく時間。

 この平穏な日常こそが、俺がビジネスの戦場で戦い抜くための強固な基盤となっている。


 食後。

 食器を片付け、シャワーを浴びてさっぱりとした状態で、俺はシアタールームの革張りソファに深く腰を沈めた。


 先日、渋谷の『TSUTAYA』で借りてきていた2本のVHSのうち、まだ観ていなかったもう1本をビデオデッキにセットする。

 1995年公開のサスペンス映画『ユージュアル・サスペクツ』だ。


 緻密に計算された脚本と、映画史に残るどんでん返しで知られる名作。

 物語は、密輸船の爆発事件で生き残った詐欺師、ヴァーバル・キントの尋問を中心に進む。

 事件の裏で糸を引く伝説のギャング「カイザー・ソゼ」の正体を巡り、観客は巧みなミスリードの迷宮へと誘い込まれていく。


 俺は冷たい麦茶のグラスを傾けながら、スクリーンの中で展開される心理戦に見入った。


『最大の悪魔の証明は、自分が存在しないと世界に思い込ませたことだ』


 劇中で語られる、カイザー・ソゼの恐ろしさを象徴する台詞。

 姿を見せず、恐怖と情報操作だけで裏社会を支配する男。


「……見えざる手、か」


 俺は静かに呟いた。


 ビジネスにおいても、最前線で矢面に立つ者は常にリスクを負う。真の支配者は、強固なシステムの裏側に身を隠し、実利だけを吸い上げるスキームを構築する者だ。

 現在仕掛けているメルマガ事業や、これからのオークション転売ビジネスも同じだ。俺自身が表に出る必要はない。システムと情報を構築し、盤面を俯瞰するだけでいい。


 映画のラスト、足を引きずっていた男が滑らかに歩き出し、群衆の中へ消えていくシーンを見届け、俺はビデオデッキの電源を落とした。


「……事実は常に、虚構の中に隠されている」


 虚構の中に隠された真実のパズル。

 そして、情報をコントロールすることの絶対的な優位性。


 俺は15歳という若さを隠れ蓑にし、41歳の精神と未来の知識でこの時代をハックしている。

 世界から見れば、俺自身が「存在しないはずのバグ」のようなものかもしれない。


 窓の外には、東京の夜景が果てしなく広がっている。

 この熱を帯びた街の中で、俺は常に自らの知識と経験をアップデートし続ける。

 誰にも見透かされることのない、完璧な支配者となるために。


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