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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: U3


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第103話 海の恵みと深淵の心理戦

 お盆を過ぎても、東京の猛暑は衰える気配を見せない。

 アスファルトから立ち昇る熱気が、街全体を巨大なサウナのように包み込んでいる。


 午後。俺は、新宿駅東口近くにある落ち着いた純喫茶で、アイスコーヒーの氷を揺らしていた。

 ビジネスの打ち合わせを終え、次の予定までの僅かな空白時間。


 カラン、とドアベルが鳴り、一人の少女が店内に入ってきた。

 花村結衣先輩だ。


 淡いイエローのサマードレスに、白い薄手のカーディガンを羽織っている。

 柔らかな茶色の髪がふわりと揺れ、彼女が歩くたびに、周囲の空気が少しだけ涼やかになるような錯覚を覚える。

 その屈託のない笑顔と、健康的で愛らしい容姿は、店内にいる数人の男性客の視線を無意識のうちに惹きつけていた。男性から圧倒的な人気を集める、天性の「ひまわり」のような魅力。だが、当の本人はその視線に全く気づいていない。


「あ、西園寺くん! お待たせしちゃったかな?」


 俺を見つけた結衣先輩は、小走りでテーブルに駆け寄り、向かいの席に座った。


「こんにちは、花村先輩。いいえ、俺も今来たところです」


「ふふっ。西園寺くん、相変わらず涼しそうな顔してるね。外、すっごく暑かったよー」


 結衣先輩は手でパタパタと顔を扇ぎながら、冷たいピーチティーを注文した。


「夏休みの宿題は順調ですか?」


「うん! 西園寺くんに教えてもらったおかげで、数学のプリントは全部終わったの! あとは読書感想文くらいかな。……西園寺くんは、最近もずっとお仕事?」


「ええ。新しい事業の立ち上げが重なっているので。ですが、こうして休息を取る時間くらいは確保しています」


「そっか。無理しないでね? ……あ、そうだ!」


 結衣先輩はピーチティーのストローから口を離し、パッと顔を輝かせた。


「この間言ってた、みんなで海に行く計画なんだけどね。セイラちゃんと愛理ちゃんにも話したら、二人とも『行く』って言ってくれたの! セイラちゃんは『日焼けするのは嫌だけど、結衣がどうしてもって言うなら』って。愛理ちゃんも『監視役が必要でしょ』なんて言ってたけど、絶対楽しみにしてるはず!」


 彼女は嬉しそうに胸を張る。


「それは重畳です。霧島先輩も瀬名先輩も、花村先輩の誘いなら断れないのでしょう」


「えへへ……。西園寺くんの方の皆さんはどうかな? 涼さんとか、くるみちゃんとか」


「彼女たちも乗り気ですよ。……特に天童さんは、オフの日を心待ちにしているようです。スケジュールは俺の方で調整しておきます」


「やった! 大人数で行く海なんて、すごく久しぶりだから、すっごく楽しみ!」


 結衣先輩の笑顔を見ていると、ビジネスの盤面で凝り固まっていた思考が、自然と解れていくのを感じる。

 彼女の持つ純粋な優しさと、周囲を和ませるオーラは、どんな複雑な論理よりも強力な力を持っている。


「……西園寺くんがいなかったら、こんな風にみんなで集まることなんて、きっとなかったよね」


 ふと、結衣先輩が少しだけ真面目な顔をして、俺の目を見つめた。


「セイラちゃんも、愛理ちゃんも、最近すごく楽しそうに笑うようになったの。……西園寺くんが、色んな結び目を解いてくれたおかげだよ。本当に、ありがとう」


「買い被りです、花村先輩。俺は合理的な選択を提示しただけですよ。彼女たちが変われたのは、彼女たち自身の意思と、先輩が常に寄り添っていたからです」


「もう、いつもそうやって謙遜するんだから」


 結衣先輩は悪戯っぽく微笑み、再びピーチティーに口をつけた。

 穏やかな世間話。だが、その根底には確かな信頼関係が横たわっている。

 この平穏な日常を守り抜くこと。それこそが、俺のビジネスの最大の目的の一つだ。


 夕方、俺は麻布十番の高級スーパー『ナニワヤ』で買い出しをしていた。

 強烈な暑さで消耗した肉体に、活力を注入するためのメニューを考える。


「……今日は、シーフードカレーにしよう」


 スパイスの刺激と、海の幸の旨味。食欲を強制的に引き出すには最適な選択だ。

 俺は鮮魚コーナーで、特大の天然車海老、刺身用のヤリイカ、そして北海道産の生ホタテをカゴに入れた。

 野菜コーナーでは、グリーンサラダ用のベビーリーフ、ルッコラ、そして完熟のフルーツトマトを選ぶ。


 カレーの付け合わせに欠かせない福神漬けは、無着色で野菜の旨味が生きている高級品を。

 最後に、食後の香辛料を和らげるため、京都の老舗茶舗が焙煎した最高級の麦茶パックを選んでカゴに追加した。


 帰宅後。

 静寂に包まれたペントハウスのキッチンに立つ。

 一人暮らしの城。誰の干渉も受けないこの空間で、俺はエプロンを締め、食材と向き合った。


 まずはカレーのベース作りだ。

 玉ねぎをみじん切りにし、多めのバターでじっくりと炒める。焦がさないように、しかし確実に水分を飛ばし、濃い飴色になるまで根気よく炒め続ける。これがカレーの深いコクを生み出す。

 そこに、すりおろしたニンニクと生姜を加え、香りが立ったところでスパイスを投入する。

 クミン、コリアンダー、ターメリック、カルダモン、チリペッパー。

 数種類のスパイスを独自に配合し、弱火で炒めて香りを最大限に引き出す。

 トマトピューレを加えて酸味を飛ばし、アサリで取った濃厚な出汁を注ぎ入れて煮込む。


 次に、シーフードの調理だ。

 エビは殻を剥いて背わたを取り、イカは輪切りに。ホタテは水気を拭き取る。

 別のフライパンにオリーブオイルを熱し、これらの魚介を強火でサッとソテーする。

 白ワインを振ってフランベし、アルコールを飛ばす。

 ここで重要なのは、「絶対に火を通しすぎないこと」だ。魚介は煮込むと固くなり、旨味が抜けてしまう。表面に軽く焼き色がつき、半生の状態になったら、すぐに火から下ろす。


 ベースのカレーソースがとろみを帯びてきたところで、炒めたシーフードを肉汁ごと投入する。

 軽く一煮立ちさせ、最後にガラムマサラで香りを整えれば完成だ。


 サイドメニューのグリーンサラダは、ベビーリーフとルッコラを冷水でシャキッとさせ、水気を完全に切る。フルーツトマトを添え、自家製のフレンチドレッシングを軽く和える。


 グラスには、氷をたっぷり入れ、濃い目に煮出して急冷した琥珀色の麦茶を注ぐ。


「……完璧だ」


 ダイニングテーブルに並んだ、スパイスの香りが立ち昇るシーフードカレー。色鮮やかなグリーンサラダ。そして、小鉢に盛られた福神漬け。

 ダウンライトの光が、料理を美しく照らし出している。


「いただきます」


 一人きりの静寂の中、スプーンでカレーを掬う。

 大ぶりの車海老と、濃厚なルー。


「……っ」


 口に運んだ瞬間、幾重にも重なったスパイスの鮮烈な香りが鼻を抜ける。

 玉ねぎの甘み、アサリ出汁の深み。そして、完璧な火入れによってプリプリの食感を保った車海老の甘みが、スパイシーなルーと見事に調和している。

 イカは驚くほど柔らかく、ホタテは噛むほどに旨味が溢れ出す。


 すかさず、グリーンサラダを口にする。

 ルッコラの微かな苦味と、フレンチドレッシングの酸味が、カレーの濃厚さをリセットしてくれる。無添加の福神漬けのパリパリとした食感と自然な甘みも、最高のアシストを果たしている。


 そして、冷たい麦茶を喉に流し込む。

 深煎りされた大麦の香ばしさと、スッキリとした苦味。

 強烈なスパイスの余韻を、澄み切った麦茶が洗い流し、また次の一口を渇望させる。


 一人きりの食事。

 誰かと食卓を囲む喜びもあるが、こうして自分の技術の粋を集めた料理と、一切の妥協なく向き合う孤独な時間もまた、俺の精神を研ぎ澄ませてくれる。


 食後。

 シャワーを浴びてさっぱりした俺は、シアタールームの革張りソファに深く身を沈めた。


 再生するのは、先日『TSUTAYA』でレンタルし、まだ見ていなかったVHS『羊たちの沈黙』だ。

 1991年公開の、サイコスリラーの金字塔。


 FBI訓練生のクラリス・スターリングが、連続誘拐殺人事件の捜査のため、獄中の天才精神科医であり猟奇殺人鬼でもあるハンニバル・レクター博士に助言を求める物語。


 ブラウン管のスクリーンの中で、アンソニー・ホプキンス演じるレクター博士が、防弾ガラス越しにクラリスを静かに見据える。

 瞬きすらほとんどしないその瞳は、相手の心の奥底、トラウマや恐怖をいとも簡単に見透かしていく。


『……君の心の奥で鳴いている羊たちは、静かになったか? クラリス』


 圧倒的な知性と、底知れぬ狂気。

 彼は直接手を下すことなく、言葉と心理操作だけで他者を支配し、事態を動かしていく。


 俺は麦茶のグラスを傾けながら、その息詰まるような心理戦に見入った。


「……人間の本質を見抜く力。それが最大の武器となる」


 レクター博士の異常性は別として、彼が持つ「観察眼」と「情報を操作する手腕」は、ビジネスや交渉事においても究極の理想形だ。

 相手が何を恐れ、何を欲しているのか。それを正確に把握すれば、盤面は容易に支配できる。


 Y2K問題の恐怖を煽って利益を上げる俺のビジネスモデルも、人間の心理の脆弱さを突いているという点では同じだ。この先展開するメルマガやオークション事業においても、大衆の深層心理を的確に読み解くことが成功の鍵となる。


 映画は、レクター博士が群衆の中に紛れ、雑踏の中へと消えていくシーンで幕を閉じた。


「……知恵比べだな」


 俺はビデオデッキの電源を落とし、静寂を取り戻した部屋で立ち上がった。

 窓の外には、東京の夜景が果てしなく広がっている。

 この街には、無数の欲望と恐怖が渦巻いている。


 俺は15歳の肉体に宿る41歳の精神という「異常性」を隠し持ちながら、この世界をハックしていく。

 誰にも見透かされることなく、完璧なゲームの支配者であり続けるために。


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