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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: U3


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第102話 真夏の契約書と波間の銀河

 容赦ない熱波がアスファルトを焦がす午前。

 渋谷区桜丘町、『レオ・キャピタル』のオフィスは、強烈な冷房によって外界の熱を完全にシャットアウトしていた。


「社長。先日受験された資格試験の公式な認定証が、本日まとめて届いております」


 秘書の如月舞が、重厚な封筒の束を俺のデスクに丁寧に並べた。


 封を切ると、そこにはマイクロソフト、シスコ、オラクル、そしてサン・マイクロシステムズのロゴが輝く、豪華な認定証が入っていた。

 先日、テストセンターの画面上で「PASS」の文字は確認していたが、こうして物理的な『権威の証』が手元に届くと、ビジネスの武器としての実感が湧いてくる。


「……これで、秋から展開する社内SE代行サービスのパンフレットに、これらのロゴを堂々と掲載できるな」


俺が呟くと、舞は静かに頷いた。


「はい。営業活動において、これ以上ない強力な武器になるかと存じます」


「ああ。……並行して進めている、メルマガの懸賞企画の反応はどうだ?」


「予想以上の反響です。『iMacとプレステ2の予約券』という強烈な餌に、すでに数万件のメールアドレスが収集できています」


 舞は完璧な姿勢で、クリアファイルにまとめられたレポートを提示した。

 20歳を迎え、洗練された大人の女性としての美しさに磨きがかかった彼女は、俺の要求するスピードと精度を完全に満たしている。


「素晴らしい。……ところで舞。今日の夜から明日にかけてだが、俺は少し個人的な用事がある」


 俺が言うと、舞は切れ長の瞳を微かに瞬かせ、そして深くお辞儀をした。


「承知しております。……クルーズ船の貸切手配から、明日のプライベート・エスコートの動線確保まで、全て完了しております。……どうか、素晴らしい夜を」


 彼女は多くを語らない。だが、その声には俺の決断を祝福するような、温かい響きが含まれていた。


 その日の夜。

 俺は、東京湾に浮かぶ中型クルーズ船のオープンデッキにいた。

 通常なら数十人の客で賑わうはずの船を、今夜は一隻丸ごと貸し切っている。


 潮風が夏の熱気を孕みながらも心地よく吹き抜け、周囲には宝石箱をひっくり返したような東京の夜景が広がっている。

 レインボーブリッジの巨大なシルエットと、海面に反射する無数の光。


「……すごい。本当に誰もいないんだね」


 隣で海風に髪を揺らしているのは、天童くるみだ。

 今夜の彼女は、アイドルの変装を一切していない。

 風に舞うシフォン素材のサマードレスに、華奢なヒール。18歳という年齢以上に大人びて見える、息を呑むような美しさだ。

 彼女が放つ天性の華やかさは、この東京湾の夜景にも全く引けを取っていない。


「ええ。今夜の東京湾は、くるみさんのためだけのものですから」


 俺はグラスに注がれたペリエを、彼女の持つシャンパングラスに軽く当てた。

 澄んだ音が、波の音に溶けていく。


「……レオ。なんだか、夢みたい」


 くるみはシャンパンを一口飲み、手すりに寄りかかって俺を見つめた。

 その瞳は、波間の光を反射して潤んでいるように見えた。


「先日、くるみさんは言いましたね。年齢差のこと、世間の目のこと。……俺と一緒にいることが、不安だと」


 俺はグラスをサイドテーブルに置き、内ポケットから分厚い上質紙の書類を取り出した。


「な、なにこれ……?」


「『専属契約書の更新』です」


 俺は彼女に書類と、純銀のモンブランの万年筆を手渡した。


「……え? あたしの事務所との契約? でも、まだ期間は……」


 くるみは戸惑いながらも、その書類に視線を落とした。

 そして、そこに書かれている条項を読み進めるうちに、彼女の目が極限まで見開かれ、手が微かに震え始めた。


 そこには、芸能活動のマネジメントに関する記述など一切ない。


『甲は、乙の人生において発生するあらゆる精神的、物理的、経済的負債を無条件で引き受ける』

『乙は、甲の唯一無二のパートナーとして、その隣で輝き続ける義務を負う』

『本契約の有効期限は、両名の一方が生命活動を停止するまでとする』


 それは、ビジネスの契約書のフォーマットを借りた、法的な束縛力のない、しかし何よりも重い『婚姻届』のような誓約書だった。


「……レオ、これ……。バカじゃないの……? こんなの、契約書じゃないよ……」


 くるみの声が震えていた。

 大粒の涙が、彼女の美しい瞳からポロポロとこぼれ落ち、ドレスにシミを作っていく。


「俺なりの、不変の証明です。……世間の目も、年齢という数字も、この契約の前では一切の無力となる」


 俺は彼女の涙を指ですくった。


「サインを。……くるみさんの未来は、俺が買い取ります」


「……うぅっ……! バカ、レオのバカ……!」


 くるみは泣きじゃくりながらも、キャップを外し、万年筆を握った。

 震える手で、書類の署名欄に『天童くるみ』とサインする。


「……クーリングオフ、なしだからね……! 絶対、一生逃がさないんだから……!」


 彼女は万年筆を放り出し、俺の胸に強く飛び込んできた。

 18歳の少女の、温かくて柔らかな体温。

 俺は彼女の背中に腕を回し、その小さな体をしっかりと抱きとめた。


「ええ。……俺の投資に、損切りという概念はありません」


 夜空に、遠くの遊園地から上がった花火の音が響く。

 この瞬間、トップアイドル・天童くるみと、俺の「正式な交際」がスタートした。


 俺たちは昨日からの高揚感を保ったまま、横浜にある『八景島シーパラダイス』を訪れていた。

 舞に手配させたVIPルートを使い、一般客の動線を避けながらのデートだ。


「わぁ……! シロイルカ、すっごく可愛い!」


 巨大な水槽の前で、くるみは子供のようにはしゃいでいる。

 今日は再び完璧な変装を施しているが、彼氏と手を繋いで歩くその足取りは、羽が生えたように軽い。

 これまでは「プロデューサーと商品」「パトロンと被支援者」という関係のベールがあったが、今の俺たちは明確に「恋人」だ。


 ジェットコースターの絶叫。海の動物たちのショー。

 照りつける太陽の下、アイドルの顔を忘れて無邪気に笑う彼女の姿は、俺の精神に心地よい充足感をもたらしてくれる。


 夕方。

 遊び疲れた彼女を連れて、俺は麻布のペントハウスへと戻ってきた。

 玄関のドアを開けると、リビングのソファでゴロゴロしながらテレビを見ていた姉・摩耶が顔を上げた。


「あ、おかえり玲央。……って、え!?」


 姉は、俺の隣で少し照れくさそうにしているくるみの姿を見て、固まった。


「お邪魔します、摩耶ちゃん……」


 くるみが帽子とサングラスを外す。


「く、くるみ!? なんであんたが玲央と一緒に……!?」


 姉の摩耶と、天童くるみ。

 この二人は、全くの同い年である。


「……報告しておきます、姉さん。俺とくるみさんは、昨日から正式にお付き合いをすることになりました」


 俺が淡々と告げると、数秒の沈黙の後。


「ぎゃあああああああっ!!?」


 摩耶の盛大な悲鳴が、ペントハウス中に響き渡った。


「うそでしょ!? ちょ、待って! 私の同級生が!? 私の可愛い15歳の弟の彼女に!? ……犯罪よ! くるみ、あんた犯罪者よ!」


 姉は頭を抱えてパニックに陥っている。


「ち、違うもん! 犯罪じゃないもん! レオの方が精神年齢おじいちゃんなんだから!」


 くるみが顔を真っ赤にして反論する。

 18歳同士の、同級生ならではの容赦ない言い合い。

 俺はその光景を眺めながら、冷蔵庫から冷たい麦茶を取り出した。

 騒がしくも、愛すべき身内たちのやり取り。これもまた、日常のスパイスとしては悪くない。


 夜。

 くるみを送り届け、姉も自分の部屋へ引き上げた後。

 俺は静まり返ったリビングで、シャワーを浴びてさっぱりとした状態でサイドテーブルに向かっていた。


 そこにあるのは、木製のパズル『タングラム』だ。

 正方形を七つのピースに切り分けた、古くからある図形パズル。

 それを組み合わせて、様々な形(動物や建物)を作る。


 コト……コトッ。


 木と木が触れ合う温かい音。

 直角と斜辺を合わせ、一つの形を構築していく。

 昨晩のクルーズ船での契約。今日の水族館での笑顔。そして姉の悲鳴。

 全てが完璧なピースとして、俺の人生という盤面に組み込まれていく。


「……完成だ」


 七つのピースは、見事に「鳥」の形を構成した。

 俺はパズルを崩し、ふと部屋の隅にある大きなバスケットに目をやった。


 夏用の羽毛布団と、巨大なシーツ。

 ペントハウスには最新のドラム式洗濯乾燥機があるが、このサイズを一度に完璧に仕上げるには容量が足りない。


「……たまには、夜の散歩も悪くないか」


 俺はシーツを抱え、ペントハウスを出た。


 向かったのは、麻布の路地裏にある24時間営業の高級コインランドリーだ。

 深夜の店内には誰もおらず、蛍光灯の白い光と、機械の低い唸り声だけが響いている。


 巨大な業務用ドラムにシーツを押し込み、硬貨を投入する。

 ゴウン、ゴウン……と、重々しい音を立ててドラムが回転し始めた。


 俺はパイプ椅子に腰掛け、ガラス越しに回転する洗濯物をぼんやりと眺めた。

 洗剤の清潔な香りと、乾燥機の熱気が、深夜の空気に混ざり合う。


 非日常の極みのようなクルーズ船の夜と、この生活感に溢れたコインランドリーの深夜。

 その振れ幅の大きさこそが、今の俺の人生そのものだ。


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