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腕が六本もあるのに

作者: ナチ

 腕が六本ある男が、毎週うちにゲームをしに来る。

 別に友達ではない。ついでに人間でもない。

 私はこの魔物っぽい生き物から求愛を受けているのだ。

 落とし物を拾ってあげたら、それがおよそ二千年ぶりに受けた親切だったらしく、以来言い寄ってくるようになった。

 彼は人より多めに腕が生えているだけでなく、全身黒い毛に覆われ、下半身は馬に似ていて、なかなかにいかつい。時々、返り血と思しき鮮やかな体液に塗れていることもある。

 正直好みのタイプではなかったし、私は自分よりゲームが上手い人と付き合うと心に決めていたので、それを告げ丁重にお断りした。

 しかし長寿の生命体は諦めが悪い。彼は後日ゲーム機を手に、私の家の玄関のドアをみかんの皮を剥くようにメリッと破って突撃してきた。

 ゲームで勝負して、勝ったら付き合え、ということらしい。

 私は相手が誰であれ、一度口にしたことを翻さない、を信条としている。ゆえに受けて立ったのだが、鼻息荒く登場した割に、やつはどうしようもなく初心者だった。

 えんえん壁にぶつかり続け、画面酔いして勝手にバトルから脱落する。私はきっちりと返り討ちにしたし、マッチングした他プレイヤーからも容赦なくボコられていた。

 完膚なきまでに叩きのめされた彼は、シュンとした様子でカコカコ……と蹄っぽい音を残して去ったが、翌週、今度こそとばかりに再び現われ、インターホンを連打し壊してくれた。

 まったく上達していなかったし、ドアのみならずインターホンまで壊されてムカついてもいたので、私はもう一度心を込めてボコボコにした。

 それでも彼の心は折れなかったのである。

 粘り強いとも、しつこいとも言えた。自宅(どこなんだ)で自主練をしているのか一週間ごとに再戦求む、と現れては惨敗、後日襲来、を幾度も繰り返し、気づけば一年ほどの時が経っていた。

 勝負はどうなっているかといえば、未だに私たちの間柄が、友達でもないし、何……? の時点でお察しである。

 彼は腕が六本という有利な条件でありながら、ゲームセンスに欠けていた。

 いくら狙われてもまったく身を隠さず、正面から斬り込んで瞬殺される、などの堂々とした雑魚のプレイスタイルを貫いて蹴散らされている。

 本人いわく、普段敵を始末する時の立ち回りがついゲームにも出てしまう、とのことらしい。少なくともほっこりする類いのエピソードではなさそうなので、どこでどなたをどう始末していらっしゃるのかは聞かないことにしている。

 そういうわけで、今日も今日とて彼は六本の腕を無駄に駆使し、真剣にゲームに勤しんでいる。コントローラーを握ったまま、他の腕でジュースを飲んだりできるのが便利で結構羨ましい。

 私はというと、目の前の歯がゆいプレイに指示や野次を飛ばしながら、差し入れの肉まんを貪っている。アポ無しで毎週押しかけるという、まあまあ迷惑な行為に対して、人外の者でもさすがに「ヤバ」と気づいたのか、いつの頃からか手土産を持ってくるようになった。

 先週はシュークリームで、その前はわらび餅だ。出どころのわからない血の滴るスペアリブを剥き出しで持ってきた当初を思えば、著しい成長を感じる。

 近頃はドアもインターホンも壊さなくなったし、返り血も拭いてから家に上がるようになったし、マンションの壁を這い上がったりしなくなったし、近所のヤンキーを一口大に切り分けようとすることもなくなった(たぶん)。

 いまひとつ成果が現われないのは、ゲームの腕前くらいのものだ。

 多少の進歩は見られるものの、視点移動に難があり、動きはムラが多く、今も謎のタイミングで謎の技を繰り出している。この後に及んでまだボタン配置を覚えていないのかもしれない。六本も腕があるのに本当にどうして?

 首を捻りつつ二個目の肉まんにかじりついていると、彼は腕をわしわしと動かして、画面の戦績を指差した。二人倒した、と誇らしげだが、同時に十三回倒されてもいる。

 この調子では、私に勝つのはまだまだ先の話になるだろう。

 私は一度口にしたことを翻さないし、手加減もしない。

 だからいい加減、上手くなってくれないと困る。


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