第二話:赤き戦姫の来訪
今回から登場する赤い戦姫は、別作品の主人公も務めています。
「転生悪役令嬢イザベラ、婚約破棄も魔法も筋肉で粉砕します! 」https://ncode.syosetu.com/n8606kt/
白氷城の時間は凍てついたままだった。
リリアは、変わらず完璧な侍女だった。私の生活に、一分の隙もない。その完璧さは、ただ、彼女の心が失われたという事実を、繰り返し突きつけるだけだった。
絶望とは、きっと、こんな風に静かで、穏やかで、そして、どこまでも冷たいものなのだろう。
そんな、重く沈んだ城の空気が、突如として破られたのは、昼食を終えた後の、穏やかな午後のことだった。
城門から、けたたましい鬨の声と、地響きのような足音が聞こえてきたのだ。
「何事です!」
わたしが問い詰めると、息を切らした衛兵が駆け込んできて、信じられない言葉を告げた。
「は、はい! ツェルバルク公爵家令嬢、イザベラ様が、御一行と共に、ただいまご到着されました!」
「――というわけですの。この白氷城で発生した大規模魔力災害の事後調査、とでも言いましょうか。わたくし、特別監視クエストを受注いたしましたのよ!」
謁見の間で、赤き戦姫――イザベラ・フォン・ツェルバルクは、悪びれもせずにそう言い放った。その背後には、なぜか屈強な騎士たちが、彼女を讃えるように直立不動で控えている。
「特別監視クエスト、ですって…? そんなもの、王家から要請した覚えは、わたくしにはありませんけれど」
わたしは、公爵代理としての仮面を貼り付け、冷たく応じた。内心の苛立ちを悟られぬよう。
「あら、ご存じない? クエストの発生源は、神託ですのよ。それに、大仕事を終えた後のクールダウンは、兵士の基本ですわ。ここの衛兵の方々も、きたるべき戦いに備え、わたくしが直々に鍛え直してさしあげます!」
もう、何を言っているのか、さっぱり分からなかった。
そして翌朝。
わたしの絶望と同じくらい静かだった白氷城に、悪夢のような声が響き渡った。
「ハイル・マッスル! ハイル・マッスル!」
城の中庭で、イザベラは、城の衛兵たち全員を引き連れて、謎の早朝トレーニングを開始していたのだ。その異常な光景に、老執事はこめかみを押さえて深いため息をつき、厨房からは料理長の悲鳴が聞こえてきた。兵士たちの食欲が、常の三倍に膨れ上がったからだ。
わたしは、自室の窓から、その常軌を逸した光景を、冷めた目で見下ろしていた。
ただでさえ、心は千々に乱れているというのに。何という、迷惑千万な女だろう。
けれど。
「…お嬢様。お召し物が、汚れてしまいます」
いつの間にか隣にいたリリアが、窓枠に寄りかかった私の袖を、そっと、白い手袋で払った。
その声も、その仕草も、相変わらず、完璧で、空っぽだ。
だが、その硝子玉のような瞳が、今、一瞬だけ、中庭の喧騒を映していた。
そこには、何の感情も宿ってはいない。ただ、情報として、目の前の光景を処理しているだけ。
それでも、わたしは、思ってしまったのだ。
この、馬鹿げたほどの生命力と、意味の分からない熱量だけが、もしかしたら。
この、凍てついてしまった城と、あなたの心を、ほんの少しでも、揺り動かすことができるのかもしれない、と。
もちろん、そんな期待は、すぐに、溜息と共に、冬の空気に溶けて消えてしまったのだけれど。
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