第十二話:白氷城推し活祭り
北へ。
その決意を固めたものの、私の心には、一つの「やり残したこと」が引っかかっていた。
この城で、私の独りよがりな愛情を、ただリリアにぶつけてきた日々の、けじめ。そう、旅立ちの前に、私は、私のやり方で、この想いに一つの区切りをつけなければならない。
「これより、『第一回 リリア様感謝祭』の開催を宣言するわ」
私がそう告げると、老執事をはじめ、城の者たちは、またか、といった顔で、しかし逆らうことなく準備に取り掛かってくれた。
城内は、数日のうちに、奇妙な装飾で埋め尽くされた。リリアの、あの夜空を溶かしたような瞳の色――濃紺。その一色で統一された飾り付けは、祝祭というにはあまりに静かで、まるで城全体が深い湖の底に沈んでしまったかのようだった。
そして、感謝祭の当日。
濃紺の布が揺れる広間で、私は、この祭りのクライマックスを執り行うべく、一冊の日記を手に取った。私の、血と涙と、そして歪んだ愛情の結晶――「リリア観察日記」だ。
主役であるリリアを中央の椅子に座らせ、私は、その一節を朗読し始めた。
「リリアの睫毛は、目測8ミリ。蝋燭の光を浴びて頬に落ちるその影は、まるで夜の蝶の羽のよう…」
「彼女の寝息は、白氷城の静寂に溶け込む、優しいハープの旋律のよう…」
私の想いの丈を、日記に記した記録に乗せて、語りかける。
城の者たちは、どう反応していいか分からず、ただ困惑した表情で私を見つめている。
そして、当のリリアは、何の反応も示さない。その硝子玉のような濃紺の瞳は、ただ、虚空を見つめているだけ。
その、あまりにもシュールな光景。
静まり返った、深海のような広間。困惑する観客。無反応の主役。そして、一人、悦に入って記録、ならぬ、ポエムを朗読する、私。
ふと、その異常な状況を客観的に認識してしまった瞬間、私の口から、乾いた笑いが、ふっと漏れた。
(……ああ、なんて、滑稽なのかしら)
このお祭りは、一体、誰のためのもの?
全て、リリアを救っているという実感を得て、自分の罪悪感から目を逸らしたかっただけの、私の、あまりにも身勝手で、壮大な一人芝居だったのだわ。
私は、ぱたん、と日記を閉じた。
そして、集まってくれた城の者たちに、にっこりと、淑女の笑みで、こう告げた。
「皆、付き合わせてしまってごめんなさいね。お祭りは、これでおしまいよ」
この大失敗が、私の心に残っていた、最後の甘えを、からりと笑い飛ばしてくれた。
もう、ままごとは終わり。
私は、リリアの手をそっと握った。その手は、相変わらず、何も握り返してはこない。
けれど、もう、迷いはなかった。この手を取って、私は、北へ向かう。
今度こそ、あなたを救うために。
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