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第一話:目覚めと空っぽの心

※作者からのお願い

いつも作品をお読みいただき、ありがとうございます。

皆様からの評価やコメントが、何よりの執筆の励みになります。

もしこの作品を少しでも「面白い」「続きが読みたい」と感じていただけましたら、ブックマークや評価(☆☆☆☆☆→★★★★★)で応援していただけると大変嬉しいです。

皆様の一つ一つの応援が、書籍化への大きな力となります。

三日だった。

私の内に秘められたマナが、周りのエーテル全てを奪い、我が領地を死の底へ落とす瀬戸際。リリアが、その魂の全てを代償に捧げた禁断の鎮静儀式によって、全てが静寂に帰すまでにかかった時間。

そして、光を失った彼女が深い眠りに落ちてから、再びその瞳を開くまでにかかった時間も、同じく三日だった。


「リリア…!」


ベッドの傍らで祈るように待ち続けていた私は、彼女のかすかな呻き声に顔を上げた。ゆっくりと開かれた瞼の奥に、かつて私が愛した、夜空の煌めきを溶かしたような深い色の瞳が戻ってくる。安堵に、全身の力が抜けそうになった。


「気分は、どう…?」

私が尋ねると、彼女はゆっくりと体を起こした。

「問題、ありません。セレスティーナ様」


その声は、かつてと同じ、澄んだアルト。

けれど、そこからは全ての抑揚が消え失せていた。私の名を呼ぶ声に、親愛も、心配も、どんな感情の色も乗ってはいなかった。

そして、私は気づいてしまった。彼女の瞳から、夜空の輝きが失われていることに。そこに在るのは、光をただ反射するだけの、磨き上げられた硝子玉。

心が、凍てついた。


「…着替えを、持ってこさせるわ」

「不要です。自分で行います」


リリアはそう言うと、淀みない、流れるような所作でベッドを降り、寸分の狂いもなく衣服を整え始めた。あまりにも滑らかで、美しく、そして人間味のないその動きに、周囲に控えていた侍女たちが息を呑むのが分かった。私が下がらせると、彼女たちは安堵したように退出していく。ある者は怯えたようにリリアを振り返り、またある者は、私に同情するような視線を向けた。彼女たちの無言の囁きが、私の心をさらに苛む。


その日の食事、私は他の侍女を全て遠ざけた。

かつて、私が病に伏せっていた時、リリアがそうしてくれたように。一口ごとに、銀のスプーンでシチューをすくい、ふう、と息を吹きかけて冷まし、彼女の口元へと運ぶ。


「リリア、口を開けなさい」


命令に、リリアはただ機械的に、小さな口を開けた。味わうでもなく、ただ咀嚼し、嚥下する。その繰り返し。温かいはずのシチューが、私たちの間では、どこまでも冷たく感じられた。


どうして。私が救うはずだったのに。私があなたを守り、あなたが私を支える、そんな未来を夢見ていたのに。

私が、あなたを壊してしまった。


その夜、私は父が遺した、今は主を失った書斎に一人で逃げ込んだ。魂の救済、失われた心の再生、禁術の代償。壁を埋め尽くす魔導書や古文書の背表紙を、震える指で必死になぞる。何か、何か答えがあるはずだ。父なら、きっと手がかりを遺してくれている。

しかし、ページをめくれどめくれど、そこに答えはない。焦りと絶望が、冷たいインクの染みのように心を蝕んでいく。堪えきれず、父の愛した書物の上に崩れ落ち、私は声を殺して泣いた。私のせいだ。私が弱かったから、リリアは心を失ってしまった。


どれだけ涙を流しただろう。


涙が枯れ果て、思考が鈍色の闇に沈みかけた、その時。不意に、あなたの声が、脳裏に響いた。

私を、絶望の淵から、何度も、引き上げてくれた、あなたの、あの、愚かで、真っ直ぐな、声が。


『――伝えなければ、何も始まりませんから!』


そうだ。

あなたは、決して、諦めなかった。

ならば、私が、諦めて、どうするというの。


確か、あなたは、私を、「推している」と言っていたわね。お嬢様への「推し活」が私の生きがい、と。


なら、今度は、私があなたを「推す」わ、リリア。

あなたの失われた心を取り戻すためなら、私は、何だってしてあげる。



挿絵(By みてみん)

ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、世界観を共有する作品もあるので、そちらもご覧いただけるとお楽しみいただけるかと存じます。HTMLリンクも貼ってあります。

次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。

活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話を更新しています。(Xアカウント:@tukimatirefrain)

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