勇者、失踪
テンの町の守備隊では守り切れるはずもない。王宮では、大急ぎで援軍の編成が始まった。ケンスィの式典どころではない。ないったら、ない。
「ないとして、わたくしの結婚式はどうなるのですか父上」
「それどころではないわい!」
「女の晴れ舞台でございますのよ」
空気読めない第二王女を下がらせるためフレンが動こうとしたその時である。
「急報!急報でございます!」
緊急時の伝令を行うための旗を掲げた伝令兵が駆け込んできた。
「今度は何事か!」
「テンの町郊外にて、勇者ケンスィ殿が遅滞戦闘を開始いたしました!」
「それは真か!」
国王はあまりにも信じられなさすぎる報せに思わず立ち上がった。側近や大臣らも顔を見合わせざわめくばかりである。
「いつの間に・・・いや、そもそもどうして、あいつ・・・」
フレンも、この報せを理解したところでその背後の動きまで知っているわけではない。
「と、とにかく、援軍の派遣は予定通りに行いませんと」
「ああ、そ、それもそうだ。落ち着け、落ち着くのだ皆の者。そうだ、まずは目の前の問題をひとつずつ片付けていかねばならん。まずは、まずは・・・あー、そうか。これだな」
国王は役人ズが積み上げていった書類を一番上からとった。
「えーと、今日の夕食はビーフかチキンか、だな。そうだな・・・確か昨日はチキンだったか」
「陛下、チキンは2日前でございます。昨日はサーモンのポワレでありました」
「おお、そうだったか」
混乱して空気読めない国王を下げるわけにもいかずフレンが動けずにいたその時である。
「急報!急報でございます!」
緊急時の伝令を行うための旗を掲げた伝令兵が駆け込んできた。
「今度は何事か!」
「テンの町において、勇者ケンスィ殿がトゥエンティ国の軍勢を退けることに成功いたしました!」
「・・・おぅ?」
ついに国王のみならず全員の脳が、処理能力の限界を超えた情報を詰め込まれてパンクしたのであった。
事態の把握が完了するまでに丸一日を要したが、フレンはじめ役人ズや側近、大臣らによって無事に事件の全貌が明らかになった。
「つまりその、なんだ。どういう手段でケンスィ殿はトゥエンティ国の動きを察知したのだ?」
「勇者のみが有する一流戦士の勘のようなものではないでしょうか。そうでないと説明がつきませぬ」
「我が国の危機を直感で悟るや否や、名誉も報酬も投げ捨てて国を守るために飛んでいったということか」
「左様でございます」
「なんたる愛国心、なんたる忠誠心か・・・!涙が止まらぬ・・・!」
「これが勇者としてあるべき姿か・・・」
「見事なり同期殿・・・。国王陛下、もはやすでに決定された報酬だけでは、ケンスィの功に報いたとは言えませぬぞ」
「む、むう・・・そのとおりだ。確かにフレンの言う通りだ。我らはこのたびの勇者ケンスィの功績を、また新たな形で讃えねばならぬ」
とは言うものの、魔王撃破の功績に対する報酬としては金も地位も名誉も女もすべて与えてしまったのである。これ以上の報酬となるともうほとんど選択の余地がないのだ。
「侯爵では不足か・・・?しかし、公爵位はさすがに無理があるぞ」
「いや、王女を娶るのであればあながち荒唐無稽な話でもない。それより問題は功労金のほうだ。これ以上国庫支出が増えると財政が保たぬ」
「一時的な支出に過ぎないのだから、新規通貨発行で凌げるだろう。困ったことになるのは領地のほうだ、王国第2の経済都市ミーネを上回るところなど王都しかないぞ」
「他領と合併して面積と経済規模を増やせばよい。第二王女殿下と勇者による統治であれば領民の文句もなかろう。」
「どれも水増しでしかないように見えるのが問題だ。勇者殿には悪いが、何をもらっていただくかより報酬をケチったと思われるのが一番まずい」
議論が白熱する。
「勇者記念日を創設し、国民の祝日としてはどうか」
「一番安上がりな報酬だな」
「祝賀記念パーティを大規模に開催しよう」
「気が緩んだ隙をついてトゥエンティが攻め込んできたことをもうお忘れか」
「この際第三王女も妻にしていただいては」
「お前は勇者殿にロリコンのレッテルを貼りたいのか」
「じゃあ第一・・・ないか」
「ないわ」
「『水の惑星』」
「あ」
誰かがぼそりとつぶやいた単語に反応した数人が言葉を止める。周囲の人々もその様子に気付いて、自分が何を聞き逃したのかを確認し始めた。
「・・・なるほど、それはありだ」
「そうか、『水の惑星』があったか」
「確かにあれなら王国防衛の功績に匹敵する報酬であるな」
「国庫支出も増やさんと済むやんけ」
「ミーネのものはミーネへじゃな」
そして、国王の耳にも届いたのであった。
「なるほど、『水の惑星』を勇者殿に与えればよいのか」
水の惑星。それは、ミーネのサファイア鉱山で発掘された、世界最大かつ史上最大のサファイアである。人の頭よりも大きなそれをオーバルカットしたもので、その時価はサーティ王国の国家予算にも匹敵するという。まさに王国の至宝であった。王国の危機を救った勇者に与えられる報酬としては最適と言えるだろう。
「よし、では『水の惑星』を勇者ケンスィに下賜することにしよう。手続きを進めてくれ」
「かしこまりました」
「・・・で、勇者殿は今どこにおられるのだ」
その後、ケンスィが王都やミーネに姿を現したことはない。王国各地で民の危機を救っては行方をくらませ続け、そのたびに報酬が積み重なっていった。
『水の惑星』は高価すぎるため世界中どこに持って行っても換金することができず、その後サーティ王国が何度か財政危機を迎えたときにも買い手がつかなかった。結局数百年後にサーティ王国が滅亡するまで死蔵され続けたという。
第二王女は結局生涯独身を貫いたが、本人は一応勇者ケンスィを思い続けていたことになっている。その本心は誰も知らない。
ミーネ地方のサファイアが枯渇したのはサーティ王国亡き後にこれを併合した、フォーティ帝国の三代目皇帝の治世中のことであった。もっとも、その頃にはサファイアという宝石は世界に十分広まっており、庶民でさえ手軽に買える程度まで安価になっていたため、フォーティ帝国の財政にはさほどの影響はなかったという。
魔王撃破の史実が伝説の物語となった遥か未来、子供向けの絵本では勇者は報酬を辞退して弱い者の味方として力を振るう正義の味方として描かれている。受け取るのがめんどくさくなって投げ出したという事実を記した本は一冊もないのであった。




