勇者、遭遇
サーティ王国の王宮は大騒ぎであった。勇者ケンスィの凱旋を祝う式典当日だというのに、肝心の勇者が行方不明なのだから。
「2日前にはフィフティの町に立ち寄ったという情報があります」
「昨日フォーティ市での目撃情報が」
「ちょっと前にはポワポワ草の群生地帯にいたと聞きました」
ちなみに最後の情報以外は誤報である。似た人物の見間違いだ。
「過去の情報などどうでもよいわ!今どちらにおられるのかが重要なのだぞ!」
国王もいら立ちを隠すことができずにいた。
「フレン!本当に勇者殿には式典の予定を伝えたのであろうな!」
「も、もちろんでございます陛下」
「ではなぜ神聖治療院からおらんようになったのだ!」
「それはその、こちらに来るためでは・・・?」
徒歩2時間の距離を移動するのために5日前に出発する人がいるであろうか。
「陛下、第二王女殿下の新婦服へのお召し替えが完了いたしました」
「新郎がおらんのだ、今それどころではないわ!」
ケンスィと第二王女の結婚は決定事項らしい。断るはずがないという前提で勝手に準備を進めている。
「勇者ケンスィをミーナ侯爵に封じる書類の決裁をお願いします」
「陛下、ご夕食はチキンですかビーフですか」
「後にしろ!」
空気読めない役人ズを下がらせるためフレンが動こうとしたその時である。
「急報!急報でございます!」
緊急時の伝令を行うための旗を掲げた伝令兵が駆け込んできた。
「何事か!」」
「テンの町に、トゥエンティ国の軍勢が接近中!まもなく交戦に入ります!」
まもなくと言っても伝令兵が出発する時点でのまもなくである。王都との距離を考えると、すでに交戦状態であろう。
「このタイミングで侵略だと!」
「あ、旅着と間違えた」
神聖治療院を抜け出し、観光地テンの町を訪れていたケンスィ。出発からずっと同じ服を着ていたのでそろそろ着替えようと旅装を解いたところ、持ち出す荷物を間違えていたことが判明していた。
「参ったな、一式買い直すにもお金が足りない」
何せ観光地である。宿代も食事代もそこそこ高い。部屋着程度ならともかく、旅着のようにしっかりした服を全身分揃えるとなるとそこそこの資金が必要になる。30億イェーン持っている男は服を買うお金にも事欠いていた。
「仕方ない、これ着るか」
他に着る服がないのだから仕方がない。濡れたタオルで体を拭いて汚れを落とし、式典用の無駄に豪華な服を着た。式典本番ではないので装飾のほとんどは省略したが、縫い付けられた飾りはどうしようもないのでそのままにしておく。ただし、腕の動きを妨げる肩紐だけは引っ張ったら外れたので適当に丸めて装飾品とともに投げ出した。
たぶんもうすぐ宿の主人が部屋に食事を持ってきてくれるはずである。椅子を動かして窓際に運んだ。窓を開けると、さすがに観光地ど真ん中の宿屋であることがわかる喧騒が聞こえてきた。椅子に腰かけるとちょうど肘が窓枠と同じ高さになったので肘置きにしてみる。
「にぎやかを通り越してうるさいなこれは。まあ、静かすぎるよりいいか」
このところ、精神的に苦しい出来事が続きすぎた。神聖治療院の広い個室で寝ていると気が滅入るのである。余計なことを考える余裕がないノイズがあったほうがかえってくつろげる状態だった。商人のものらしい怒鳴り声に、子を探す親のものらしい悲鳴に近い叫び声、人の流れに逆らって進もうとする近衛騎士団らしい声・・・。
「ちょっと待て、この騒ぎって観光地の音じゃないぞ」
これはちょっと前までよく聞いていた音だ。魔王軍が迫り大慌てで住民たちが逃げ出そうとしている町いくつかで。そしてその聞きなれた音にドアを激しく叩く音が重なり、宿の主人が血相を変えて飛び込んできた。
「ぼっボブさん、逃げてください!トゥエンティ国の軍隊がこの町に迫っております!」




