勇者、喪失
シイルは夕方ごろに鎮静が切れて意識が戻った。会話が可能なことは医師によって確認済みだ。本人への病状説明も終わり、日没後にシイルとの面会が可能となった。
「起きてるか?」
病室を訪れて声をかけるとシイルがわずかにうなずいた。
「お前のおかげで生還できた」
シイルはわずかにうめき声をあげてうなずいた。
「さすがは神聖治療院だよな。お前が助かってくれて本当にうれしい。何かしてほしいことがあったら聞くぜ」
仲間全員を失って生き延びるのはケンスィには少々つらかったので、まぎれもなく本心である。
「ん?なんか言ったか?」
ケンスィの耳にかすかにシイルの声が聞こえた。耳を口元に持っていくと、かすれた声でシイルが何かを伝えようとしている。
「すまんがもう1回」
「オロミ・・・エウエ」
「おろみ・・・なんだって?」
おそらく喉か気管を損傷したのであろう。普通に声を出すことすら難しいようだ。
「オロイデブエ」
「おろ・・・いて・・・くえ?」
「モモビデ、ブベ」
ケンスィの顔から血の気が引いた。
「お前・・・『殺してくれ』って言ってるのか?」
フヒューという呼吸音と共にシイルがうなずいた。
「何で・・・って、そうか・・・そういうことか・・・」
シイルは両手両足を失い、もう自分で何かをすることができない。顔が包帯で覆われているところをみると、おそらく目も見えなくなったのだろう。絶望して自殺を望んでも無理はないが、自殺することすら自力では不可能なのだ。神聖治療院は確かに世界最高の医療を提供できたので、シイルの命は助かった。助かってしまった。
「俺に・・・仲間を殺させようってのかよ」
「ボロリゲブベ」
してほしいことがあったらとは言ったが、さすがにこれは聞けない。
「頼みがあれば聞いてやりたいとは思うが、しかし・・・」
「ドロビデ・・・ボロイベ・・・」
懇願するように言葉を紡ぐシイル。
「・・・ここは神聖治療院だから武器の持ち込みはご法度だ。俺も剣は持ち込めてない、入り口で預けた」
そもそも、今ここで実行したら容疑者どころではない。現行犯だ。ケンスィは覚悟を決めると、声を小さくしてささやきかけた。
「3日、待てるか?ポワポワ草を収穫してくる」
ポワポワ草から採れる毒は呼吸中枢を麻痺させる性質を持っている。即座に毒消しの魔法を使えばどうということはないが、放置すれば命に関わるので楽観視できないものだ。当然シイルもそのことを知っているので、ケンスィの意図をすぐに察してくれた。
「バイバドォ・・・」
おそらく『ありがとう』だ。本当に信頼できる仲間だからこそ、こんなことを頼めるのである。ケンスィはシイルにそこまで信頼されているという嬉しさと、自分の手で永遠に関係を絶ってしまうことへの悲しみが入り混じった感情を押さえつけながら神聖治療院を後にした。
3日後、王宮に「盾戦士シイルが死亡した」と連絡が入り、急遽フレンが神聖治療院を訪れた。シイルはまだ病室にいるが、死後処置のために医師と看護師が出入りしているところだった。ケンスィとは以前面会した応接室で再会できた。
「ケンスィ、シイル殿に何があったんだ?」
「もともと気道熱傷があって呼吸不全状態だったんだ。むしろよくここまでもったよ」
「なるほどなあ・・・せっかく助かったと思ったのに、残念だったな」
ケンスィからの返事はなかった。
「すまん、俺も正直このタイミングで言いたくはないんだが。お前の魔王討伐の功績を讃える王室主催の式典の日取りが決まった。言いづらいが仕事だからこう言わなきゃならん、おめでとう」
「こんなタイミングで聞きたくはなかったがありがとう」
「なるべく早くお前に褒賞を渡さないと、ケチでしみったれの国王という印象が付きかねないからな。あとはまあ、ミーネ地方に派遣する代官や官僚の選定にも時間を取られるから、なるべく早くそういうことがあると周知したいって都合もある。忙しいぞ」
そちらは完全に役所の都合だ。人事異動を行うためには異動の必要性を説明する必要があり、そのためにはケンスィにミーネ地方の統治を任せるということを公布しないといけないということだ。ちなみに今までは国王の直轄地であり、現地への赴任は2年交代の長期出張扱いだった。
「・・・めんどくせえ」
「役所ってのはそういうところだからな」
領地の統治が、という意味でうっかり漏らした言葉であったが、フレンは役所の手続きがという意味で受け止めたため、ケンスィの本音は伝わらずに済んだ。報酬を早く渡したがっているところを見るに、『面倒だからいりません』を許してくれる国王ではなさそうだ。その時、応接室の扉がノックされた。
「はい?」
「失礼いたします」
やってきたのは治療院長であった。神聖治療院の責任者である。
「シイル様の死亡確認と、死後処置が終わりましてございます。ご対面くださいませ」
「わかりました」
「死因はやはり気道熱傷でしたか?」
「はい、搬入時点で重篤な状態でありまして、一度は持ち直したのですがやはり酸素化が身体を維持できるレベルを保てなかったのだと思います。手は尽くしたのですが・・・その・・・」
早い話が院として責任を問われないように話を持っていきたいのだろう。勇者と王の使者を納得させられなければ最悪自分の首が飛ぶ。物理的に。
「意識が戻るほどまでに回復したのにですか?」
「いやフレン、シイルはドラゴンブレスを繰り返し防いでいたんだ。そのたびに熱風を吸い込んでいたのでは、見た目以上に肺や気管支が痛んでいたとしてもおかしくはないよ」
「むう・・・そういうこともあるのか」
「院長、ありがとうございました。できる限りの手は尽くしていただけたかと思います」
「はい、力及ばず申し訳ありませんでした」
院長は頭を下げ謝罪するが、おそらくその顔は助かったという安心感であふれていることだろう。
「シイルと最後の別れを希望します」
「はい、ご案内いたします」
院長に連れられてケンスィとフレンはシイルの病室を訪れた。全身を覆っていた包帯は半分以上が取り除かれ、顔も表情がうかがえるようになっている。フレンは右手で自分の両目を抑え、鼻に触れ、口を撫でた後シイルに対して掌をかざした。サーティ王国では一般的な、死者の遺体に対する葬礼の動作である。
「戦士、シイル殿。此度の魔王軍撃破の功績はまことに見事なものでございました。いくら感謝しても足りるということはありませぬ。ここに国王陛下より賜りましたお言葉を下賜いたしますとともに、深く哀悼の意を表します」
ケンスィも同様に葬礼の動作を行う。
(最期はあんなことしかしてやれず、すまなかった)
精一杯の詫びと感謝の気持ちをもって、シイルとの別れを済ませたのだった。




