勇者、回想
魔王との戦いは激しく厳しいものではあったが、旅の中で結束を固めた4人のチームワークの前では単純作業の繰り返しでしかなかった。斬り合うケンスィ、その横で勇者を守るシイル、少し後ろで強化魔法による支援を行うズィズィー、ダメージを受けた仲間を回復させるシスタの連携は魔王のどのような攻撃をも防ぎ、どのような防御をも貫き、そしてついにケンスィの剣が魔王の急所に突き刺さった。致命傷を与えたところですかさずとどめの一撃を食らわせ、戦いは終わった。問題はそのあとだ。魔物たちは魔王から放たれる魔力によって生命を維持しているのである。その魔王が倒された以上、魔物たちには体内に残った魔力が尽きると同時に死んでいく運命が待っていた。
背水の陣という言葉がある。窮鼠猫を噛むという言葉もある。どちらも生きるか死ぬかの窮地に追い込まれた者は思わぬ力を発揮するという意味であるが、すでに死ぬことが決まっている魔物たちはこれに当てはまらない。どうせ死ぬのだからと、命と引き換えに勇者一行を道連れにしようと一斉に襲い掛かって来たのだった。生きるための戦いではないので常に捨て身の全力攻撃を放ってくる。自分を犠牲にして仲間の牙を、爪を、勇者たちに届かせるために。
ケンスィたちは魔王を倒した後、休む暇もなく全力で撤退を始めた。数日掛けて踏破した魔王の国を数時間で駆け抜けるために。消耗しきった一行には過酷すぎる任務である。初めに力尽きたのはズィズィーだった。魔鼠、魔狼、魔狐らに追いつかれ、あっという間に群れに飲み込まれていった。助けるか見捨てるか判断する時間すらなく、今度はシスタが魔樹の蔓に捕捉され、一瞬にして群れのただ中に引き込まれてしまった。薄い本的展開はなく、一撃で叩きつぶされる様子をケンスィは目の当たりにする。シイルにも魔竜らの攻撃が集中したが、遠距離攻撃は全て盾で防ぎ、近距離に迫った魔物はケンスィが切り伏せた。回復手段はないため、防ぎきれなかった攻撃はシイルがその体でもって受け止めることになった。そして、魔物たちが力尽き始め、ケンスィとシイルは逃げ切った。しかしシイルも力尽き崩れ落ちる。ケンスィはシイルを担いで撤退を再開。人類側最前線の砦が見えたところで意識を失った。
(気が付いた時にはもう神聖治療院だったな)
ケンスィの負傷は大したことなかったが、疲労の極みで数日は意識が戻らなかったそうだ。回復後、勇者が意識を取り戻したという連絡がすぐに王宮にもたらされ、直ちにフレンが派遣されたという流れである。
「また後で面会に来るからな」
ケンスィは眠っているシイルに声をかけると退室し、先に応接室に戻ったフレンのところに向かった。
「さて、お前への報酬についてなんだが」
「めんどくさい説明はいらないから読み上げてくれるか」
「そういうと思った。まず、報奨金30億イエーン」
「残りの人生を遊んで暮らせるな」
「爵位。侯爵の地位をくれるとさ」
「さすがに公爵は無理だろうからまあ妥当だろうな」
「金と名誉と来たら次は女だな。第一王女はちとお前とは歳が釣り合わんから第二王女」
「ああ、あの」
「ぶっちゃけ三姉妹で1番のキレイどころだと思うね俺は」
「同感だ」
「で、最後に領地なんだが、ミーネ地方がもらえるらしい。領主として赴任して暮らしてほしいとさ。お前に領主が務まるとは思えなかったんだが、そこは国王もちゃんと考えてる。優秀な代官も一緒にくれるから、最悪丸投げしとけば収入が得られるようになる」
「まあ、魔王討伐の報酬としては妥当なんじゃないか」
「こんなもんだろうな。シイル殿への報酬はまた別にある」
「シスタとズィズィーの遺族へも忘れないでくれよ」
「わかってるって。まあ、そっちは現金だけになるだろうけど」
と、話がまとまった。
「じゃ帰るわ。お前もまだ本調子じゃないだろ?正式な授与式は体調が回復次第決めようってことにしとくわ」
「ああ、それで頼む。シイルの意識が戻ったらまた連絡するよ」
「教会経由で伝えてくれるからわざわざお前がやらなくてもいいぞ?じゃあな」
使者としての役目を終えたフレンはあっさりした態度で帰っていった。ケンスィはフレンが置いていった報酬目録を見返すが、口頭で伝えられた以外の内容はなかった。なかったのだが、よく考えると手放しで喜べるものではない気がしてくる。
「30億イエーンなあ・・・大丈夫か?そんな大金を支出してしまって」
王国の国家予算の数分の一になるはずだ。そんなお金が一個人に集中してしまうと経済への影響も少なくないだろう。
「で、侯爵か。めんどくせえ」
上位貴族であるから今のケンスィが身に着けている程度のマナーではお話にならない。何もかもを覚え直さないといけない上に、他の貴族家との付き合い方も考えなければならないのだ。しかもそのあとはダンスだティーパーティーだと気が抜けない行事が待っている。勇者ともあればそれが何年も、いやおそらく一生続くだろう。だが、30億イエーンの現金の使い道はそういうことだ。ため込むと本当にサーティ王国の経済が傾くため、連日のようにイベントを企画・実行して消費しないといけない。
「第二王女か・・・」
確かに美人ではある。が、芸術作品のようで美人過ぎるのだ。ぶっちゃけて言うと性的に興奮しない。正直なところ、遠くから眺めるのが一番よいとさえ思っている。それを贅沢と批判したければ、ボッティチェッリの『ヴィーナスの誕生』で自家発電してみてからにしてもらいたい。
「ミーネ地方っていうと、確か国境近くの鉱山都市だっけ」
サファイアの産出でにぎわうところで、国の重要な収入源であるからサーティ王国にとって極めて重要な土地であることは間違いない。そこを任されるということは国王からの信頼が厚いことを意味する。つまり、常に監視されているも同然。おまけに鉱山という性質上、掘りつくした後は廃れるしかない。夕張市がよい先例と言えるだろう。それが10年後か100年後かは誰にもわからない。もしかしたら来年かもしれないのだ。
「いつ衰退するかもわからない町で、抱くに抱けない女を妻にして、やりたくもないパーティに明け暮れる日々。これ、本当に褒美か・・・?新たなる試練と呼んだ方がよくないか?」




