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あなたは旅をした

 君の運命と手を繋ごう。

 願いと現実にさよならを。


***


「うわっ」

 どこからともなく現れた黒い封筒が指の隙間に滑り込む。フクロウの蝋封が押された手紙に首をかしげながら宛名を見る。

『オウル諸島フクロウより、信愛をこめて』

 聞かない地名と名だ。簡潔に書かれた万年筆の筆跡は几帳面そうだが漂う魔力は濃厚だ。只人ではない。

「どうしたリート」

 野太い声に顔を上げると大柄な男が眉を寄せている。白髪を緩く結んで肩へ流し、目の覚めるような青い服を着ていた。爪先が丸い靴に長杖、ツバ広な三角帽に同色のマントとくれば物語の魔法使いそのもので、実際彼らは魔法使いだった。誰もが同じ服装をしているし、髪も同色だ。両者の違いはリートの耳に赤いトリネコのピアスがあるくらいのものだ。

 彼らは『妖精の道』という世界を巡る根無し草。かつては別異界『妖精郷』に住んでいた白鯨の妖精だ。

 数多の世界が存在する此の世で、男は小さな一族を束ねる族長をしている。その族長へリートは手紙を差し出す。同時に長い三つ編みが背中に流れた。

「なんだその紙は」

「知らない人から連絡が。でも差出人以外書いてなくて」

 あどけなさの残る水色の目は困惑の色が強い。

「ちょっと待ってろ」

 受け取った手紙を戻した族長は細く息を吐く。

 煙を吐いたように白くなったのは、ボタンのような雪が降り続けるせいだ。『妖精の道』は本日も天候大荒れ。嵐に雷に津波と噴火、天変地異は数時間ごとに忙しなく住民をもむのだが、今は落ち着いている。数メートル雪が積もる程度は住民にとって穏やかな時間と言って差しつかえない。

 族長が懐からコインを取り出して弾くとリートも視線をやる。手の甲へ落ちるより早く二人は眉を寄せた。

「なんだぁ、こりゃ」

 族長の言葉も最もだった。

 コインを弾くのは占いの一種である。古来より使われてきた簡単なものだが白鯨の妖精は占いに秀でた一族だ。瞬きの間に手紙の差出人から経緯までを察した二人は困惑する。

 異界の存在はもちろん知っているし機会があれば巡るのが彼ら一族だ。しかし差出人のフクロウは人界を作った張本人――つまり世界そのもの(ジヨーカー)である。

 意思疎通を図るジョーカーはいる。だが常人とは言いがたい思考回路を持つ狂人のような何かだ。世界を創造するとは世界そのものになると言っても過言ではなく、多くの場合正気を失う。ジョーカーと接触すれば変質する危険を伴うこともあり、どこを切り取ってもとんでもない話である。

 族長は顎に手を当てる。

「人界は普遍界だ。脅異界のように変質はしないだろうが……妙だ」

 普遍界とは触れた者をそのまま受け入れる世界の総称であり、逆を脅異界と言う。脅異界は触れた者全てを世界に合うように変質させて取り込もうとする。

 コインを弾いたことで知った断片はかすかなものだが、開けても問題ないのは確認した。

 蝋封を破ると銀縁のカードが一枚出てくる。

 占いの結果と同じ内容に二人は困惑を深める。

 嫌な予感に顔を上げれば族長も同じ結論に至ったようで顎から手を離した。

「人界への勧誘で間違いないな」

 白鯨の妖精を歓迎する旨を添えて書かれている。

「詳しく調べよう。カードを持ってくるよ」

「お前のはバラしたばっかだろうが。こりゃ勘だが、調べないほうがいい……知ったらマズいことがあるぞ。きな臭えな」

「断ろう」

 断りの返事を書こうかとすれば背中を叩かれる。顔を顰めたままの族長が「行ってこい」と告げる。

「定住先を持たない俺たちに送り付けてきたんだ。何かあったのかもしれん」

「異界のジョーカーが頼ってきたとでも? そんなバカな。ジョーカーが触れられるのは自分の世界内が基本でしょう。人界へ行ったこともなければ媒体さえないのに、どうやって私たちに辿り着くの。密猟者の罠と言われたほうがしっくりくるよ」

「だが、この手紙の主がジョーカーなのは事実だ。お前だって判っているだろう」

 うなり声を上げる背中を族長が叩く。

「確かめてこい。今は天候も落ち着いてるし案内人も死にはせんだろう」

 ほらと促されて仕方なく杖を呼ぶ。何もない場所から現れた杖はイッカクの角を元にして作られているので先が尖っている、筆代わりに最適だ。カードを投げると空中で停止する。

 招待を受けるに丸を書いたとたん、空間に亀裂が入り二メートルほどの黒い穴が出現する。異界と異界を繋げる扉、通称イストリア・ホールだ。

 現れた男は一人。青ざめたような肌、斜めに切った群青色の前髪。黄色のカドメイヤのような切れ長の瞳をしている。仕立てのいい三ピースのスーツと靴は雪景色に不釣り合いで寒そうだ。太股に付けたホルスターだけはただの案内人では無いと示しているが。背が高く百九十センチは超えていた。

 男は二人を認めるとにまりと怪しげな笑みを浮かべる。

「これはこれは初めまして。私はセルヴォ。オウル諸島の中央区で主管をしております。フクロウの使用人と思ってくださってかまいませんよ。さて、お客様はどちらに」

 背中を押されたと思えば薄笑いを浮かべたセルヴォが目を細めてリートに視線を合わせた。不躾にならない程度に確かめて「よろしいでしょう」教師のような態度だ。

「お荷物の準備はされていますでしょうか。向こうで揃えることもできますが」

「必要ない。こいつはこのままで行く。そんじゃ、天候も変わってきたし俺らは行くぜ。おーい、お前ら。リートが人界に出かけるぞ!」

 吹雪き始めた大地でも届くように声を張り上げれば、仲間達が口々に行ってらっしゃいと声をかける。薄情にも思える行為は彼らの常だった。妖精は気まぐれであり、ふらりといなくなっては帰ってくるのだから。

「族長、待ってよ。やっぱり――」

 途中で口を閉じたのは雷鳴が轟き火山が噴火したからだ。リートはともかく、この人属らしき男がこの手の災害に備えているとは思えない。

 慌ててセルヴォの背を押してイストリア・ホールへ入れると「おやおや」とのんびりした様子だ。

 こうしてまともな挨拶も返せずリートは旅立ったのだ。


***


 イストリア・ホールの中は暗い。

 肌を焼くほどの赤いマグマが侵入する直前に閉じた入り口に胸をなで下ろす。

 背後で灯った灯りに振り返るとカンテラを揺らすセルヴォがいた。

「聞きしに勝る世界ですね。文明が起こる前に全てを洗い流す姿はあらゆる世界の神罰を集めたかのようだと読みましたが」

「君、ここを知っているの?」

「わずかな書物に記された程度なのでそう多くは。文献も人界の文字ではありませんでしたし。……フフ、少しゾクゾクしてしまいました」

「本を読むのが好きなんだね」

「ええ、とても。何かお持ちでしたら是非譲ってください。拝見させていただけるだけでもかまいませんので」

「……。文字を記すことは滅多にないんだけど、機会があったらね」

 薄暗いのも相まって不気味な笑みに引き気味に返した。調った顔立ちなので迫力がある。

 リートも杖先に光りを灯す。長く続く螺旋階段は鉄の板を敷いたように無造作だ。異界同士を繋ぐ唯一の道を二人は歩き始める。

 この道は誂えたように人界へ続いている。世界ができると同時にいつの間にか存在する不思議な道で、世界を繋げる唯一の通路。

「君、一瞬で来たけれどどうやったの? 魔法使いには見えないけど」

「想像がついているのではありませんか」

 問いを返されて口を閉じる。

 どうやらこの案内人は行動だけでなく思考も癖があるようだ。

 考えられる事は一つしかない。招待主のフクロウが魔法を使って送り出したのだ。セルヴォは立派な体躯をしているが、イストリア・ホールを一気に駆け抜けるまでとは言えない。見かけ通りならば魔力量もだ。

「お客様、人界へ着くには数日かかるでしょう。しかし時は有限。貴方様がフクロウが統括する世界へ入る前に、ご理解いただきたいことは山のよう。時間はいくらあっても足りません。メモとペンはお持ちでいらっしゃいますか」

「教えたいなら話せば覚えるよ」

「それは重畳です。白鯨の妖精は博識と窺っていましたが、初めてお目にかかったものでいろいろと確かめながら進めさせていただきましょう。まず一つ、妖精の欠落についてです」

 コツコツと一つの足音がホール内に響く。

 階段を降り始めたセルヴォの横にピタリとつく。リートは足下を確かめるセルヴォの伏し目がちな瞳をじっと見つめる。

「人界では数多の異界より来訪者が参ります。それ故に風習の違いからトラブルが起こります。特に妖精の欠落をご指摘なさらないで、というのは無粋でしょうか」

「種属や個体によって違うから何とも。でも私は指摘されても怒らないかな……見ての通り足が地面につかないのが白鯨の妖精の欠落だから」

 人属と違う身体的特徴を妖精の欠落と呼んだ。羽根や体躯、目や体が発光するこなどだ。人に交じって遊んでいる妖精に指摘すると怒って呪うというのはどの世界でも語られるのは妖精がどこへでも行くからだろう。

 くるりと回れば裾が空気を孕んで膨らんだ。見えた爪先は地面から浮いている。白鯨の妖精は昔から歩いているフリをして生活するのだ。

「そうでしたか。獣人属や幻想属の中にも気にされる方がいらっしゃいますのでご指摘はほどほどに。もちろんトラブルになった場合は主管にお申し付けくださいませ。誠心誠意対処させていただきます」

 うすら寒い笑みを浮かべるセルヴォはそれ以外も注意事項を上げ連ねる。

 オウル諸島は六つの区に別けられ、それぞれ市長と呼べる者がいる。彼らの職業をフォアマンと称し、そのフォアマンは区内であればあらゆることを許される。

 破壊の限りを尽くしても、発展の限りを尽くしてもフクロウは許す。

 しかしその権力の上には常に主管がいるようで、言うほど我が儘は通らない。言葉尻からそんなふうにリートは捉えた。

 フクロウの下僕たる彼らは主の作った島を屋敷に見立てている。使用人は主人のために家を整えるものだと。

 説明をするときの狂信的な瞳の輝きは質問を戸惑う程度の圧力があった。

「申し訳ありません、怯えてしまいましたか」

「気味が悪いとは思ったよ」

「それはそれは」

 気分を害した様子がないのは言われ慣れているからか。付き合いたくない人の代名詞のような人物だ。触れれば表面の皮が弾けて、中身は見ただけで正気を失いたくなるような怖さがある。

 話は続いた。行政制度の話から、風土、季節の行事に区の特徴を口にする。

 まず最も多い人口を抱えるヒブリダ区は面積も広く高度に発達した科学技術が街の繁栄を支えている。最近では他区画からの出店も増え治安もいい。

 最も治安のよいネライダ区は妖精が多く、妖精女王の直属である妖精伯がフォアマンを務める。一つ号令をかければ私設騎士団がたちまち現れ狼藉者を排除する。緑豊かで空気の綺麗な場所だ。

 ルサールカ区は深界からの移住者が多く、イストリア・ホールを通じた異界との国交が盛んだ。金を出せば何でも手に入ると噂されている。場所はオウル諸島の海の中。陸上生物の侵入を許さない人魚達の楽園だが、海の厳しい生存競争に晒されている。

 そして獣属界からの流入が最も多く治安が最悪なベスティア区は、フォアマンからして落ちこぼれと評判だ。獣属界の王族であるにも関わらず流刑のようにベスティア区へ押し込められ、御用聞きに明け暮れる。そして就任後、税金を踏み倒し続けている。

 セルヴォは嘆くように額に手を当てたが、芝居がかった仕草であった。

 それだけではなく、街中では日常的に抗争が起き、売人と乱闘が盛んでスラムもあるという。吹溜りの見本市というわけだ。

「中央区は我々役人が集まり政治をする場であり、客人の区分けをする場でもあります」

 足を止め不意に振り返ったセルヴォ。カンテラの光で顔の半分が見えなくなる。

「もっとも客人に真摯な場でありながら、一度も振り分けられた物がおらず職員は寂しい思いをしております。是非、中央区へ振り分けられていただきたいものです」

「フクロウにお願いしなよ」

「とんでもない! 我々がフクロウに口を出すなどありうべからざることです。最後の怪物区についてご説明しましょう」

「なんで最後の区だけモンスターとかじゃないの?」

「フフ、中央区もそのままの名です。これは区ができた順番でしょう。最初は一つしかなかったものが二つ、三つと増えたのです。怪物区と中央区は最初の方にできたので最も厳選された場となりました」

 めぼしい店もなく、タチの悪い怪物らの巣窟だと嘯かれている。人型でない者が大半を占め、税収は区内最下位。

 住民は木陰や瓦礫に身を寄せ、あるときはあらぶり見知らぬ来訪者へ襲いかかる。無縫地帯の水準で言えばベスティア区よりタチが悪い。あそこは多少の金銭で交渉できる場合があるが、怪物区はそうはいかないと。

 セルヴォが足を止める。

 階段が途切れマーブル色の空間があった。人の騒がしい声が聞こえてくる。

「ここが入り口です。どうぞ、私の後に続いてください」

 手を引かれるがままくぐれば指先に風が触れる。

 蒼穹は狭く摩天楼は広く、見目を整えるために植えられた植物はどこか無機質。

 鋼鉄の建物が所狭しと並ぶ摩天楼に降りたって一番に感じたのは、騒がしさと物悲しさだ。太陽の光が反射して目に痛いのに、鳥の声は遠く、人々の出す音があまりにも多すぎて耳が痛い。

 星すら上手く見えず、彼らはどうやって日々を過ごすのか。

「ようこそおいでくださいました。ここがオウル諸島です。今は桜が見頃となっております」

 小さな花弁が吹雪のように散っている。

 目を細めたセルヴォは一度だけ周囲を見回すと、そのままリートの手を引く。風船のように浮く姿は目立つ。なるべく地面に近づき歩く振りをすれば裾が風をはらんでふわりとなびく。

 興味深く周囲を見回せば数人と目が合う。彼らは黙礼をすると視線を逸らす。セルヴォと似たような服装をしていて、まるで兵隊のようだ。けれど足さばきは一般人のそれである。石で舗装された地面を踵を鳴らして歩く。

「あなたのような方には落ち着かないでしょう。しかし慣れれば刺激的で住みよいかと。ここはフクロウの治める土地。静寂と無縁の場所です。もちろん天候があれほど頻繁に変わる事はありませんが」

 三時間に一度は天変地異が起こる場所に比べればどこも安全だろう。その点は理解しているので頷く。

 ただ五感から入る情報が異質すぎて酔ってしまいそうだ。

「フクロウは貴方様の来訪を心よりお待ちしておりました。招待状を持つお客様を我々中央区の役人も、心より歓迎しております。島の者も祝い事に胸躍らせるでしょう」

「フクロウは夜の狩人なのに、賑やかなのが好きなんだね」

「寂しがり屋なのです。区分けの義は止まり木広場で行います。見えてきました。とても素敵な公園でしょう。儀式以外は立ち入り禁止ですので遊具はありませんが」

「誰が使う公園なの」

 笑うばかりで答えない。

 半径数メートルはある巨大な切り株に杖が刺さっている。その先にフクロウが停まっていた。全長四十センチほどだろうか。ふかふかした黒い体毛に塗ったような群青色の目がじっとリートを見ている。

 これがオウル諸島の一番偉い生命であり、招待状の送り主。

 異界のジョーカーが堂々と姿を現していることに面食らう。そんな話は聞いたことがない。

 人界は普遍界と聞いていたが、中でも特殊なのかもしれない。

 止まり木広場に居たのはフクロウだけではなく、切り株を囲うように数人が立っている。

 興味、不振、妙な奴が来やがったという面倒くささや真新しいものを見て首をかしげる目。不思議なものを見る目をそれぞれがしている。

 ジョーカーが目の前にいることに疑問を持っていない。慣れきった様子だった。

「はえ~、ずいぶん遠い異界から来たんスね。もう魔法使いの格好をしているのは妖精族くらいなものと思ってったッス」

 バサバサの髪に眼鏡のひょろっとした男性。セルヴォより拳一つ分身長が低く、ひょろっとした体型で、どこか少年っぽさを残した彼がマジマジ見つめながら言った。腰にホルスターがあり、出で立ちからセルヴォと同じ主管だとわかる。セルヴォよりいくばくか草臥れたスーツ姿だった。

「どういう意味かしら」

「言葉のままッスよ。やだなあ怖い顔しちゃって」

 睨むのは胡蝶蘭の花冠を頭に乗せた女神の如く麗しい女妖精だ。目と髪は薄緑で胸もくびれた腰も男の目を引く。耳も刺繍の入ったタンプレットで隠れ禁欲的だ。背中の羽が妖精的で、花のように広がったスカートが乙女のように清らかだった。

「フォルター、お客様の前です。おふざけはほどほどに。リート・フェーヤ様、彼らがフォアマンの方々です」

「おやおや」

「やだなぁ、ちょっとしたじゃれ合いじゃないッスか」

「以前、度が過ぎたおふざけはほどほどにと申し上げたばかりだったと記憶していたのですが……。フフ、まだ余裕がお有りのようで」

 楽しそうに目を細めるものだからフォルターは震え上がった。

 オウル諸島は世界で有数の大都市である。

 他世界へ繋がるイストリア・ホールが複数存在し、科学も魔法も最先端の技術で溢れているが、住民の大半は無戸籍である。オウル諸島で生まれ育っても、どれほど金を摘み、貢献しても認められない。

 招待状を持つ物だけがオウル諸島で戸籍を得られる。役人であっても例外ではない。

「うちの者がお騒がせを。改めまして、彼はフォルターと申します。私と同じ主管ですが、怪物区の市長(フォアマン)の代理をしております。怪物区はご説明したとおり癖のある方々ばかりなので」

「もー、貧乏くじばっか。てことでよろしくどーぞ」

「ところでヒブリダ区とベスティア区のフォアマンは遅刻でしょうか」

 愚痴を無視されても気にせず「いつものサボりッスね」肩を竦める。

「嘆かわしいことです。――改めまして皆様、こちらは本日区画入りするリート・フェーヤ様です。ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、異界から起こしの妖精です」

 薄笑いのセルヴォは面々を順番に紹介した。

 ルサールカ区のフォアマンで深界から来たドゥーニー。

 陽気で上背が高く、二メートルは超えているだろう男は、金髪碧眼で縦長の瞳孔をしていた。悪手をすれば分厚い手に水掻き一つなく、変身していることが窺える。元は人魚だと言われ納得した。人に化けるのは彼らの十八番。

「何か入り用な物があれば言ってくれ。他に売ってない珍しい品も多い」

 と言ったドゥーニーにツンと口を出したのは先ほどの女妖精だ。

「海の者は相変わらずせっかちですこと。妖精ならネライダ区に決まっております。他の区なんて鉄ばかりで危険じゃありませんか」

 高飛車な物言いにドゥーニーは「どうだろうな」と喉の奥で笑う。彼女は目尻を釣り上げた。

「人魚はこれだから嫌なのよ。すぐに思わせぶりなことを言うのだわ。あなた、わたくしはアッシパトル伯直属の部下、クロムです。ネライダ区は緑豊かな広々とした島なので暮らしやすいでしょう。見かけない妖精ですわね。耳も丸いし、その刺繍は空と海かしら、ずいぶん古い衣装ね。針仕事が得意なら――」

「待った待った。先に選定をしないと。さすがにそこカットされると困るんスよ」

「たかだか使いっ走りがわたくしの言葉を遮るなんて。控えなさい」

「あんたのご主人様もここでは俺と同じ身分ッスけど」

「お前如きが我が主と同等と言いたいのかしら。いいわ、手袋を拾いなさい」

「では、皆様の交友も深まったところで区分けの義を始めましょう」

 意地悪い表情で煽るフォルターに激高した妖精が長手袋に手を付けるとセルヴォが口を挟む。大切な儀式の場に死体袋は相応しくないと。

 クロムはそれでどこに居るのか思いだし唇を血が出そうなほど噛みしめ、視線で殺せるなら百は死体を積むような形相で顔を逸らす。彼女の主人に恥をかかせないために。

 フクロウは諍いの間も目を離さず騒ぎに目もくれない。

 近づくとますます生き物の気配がしない。

「あなたが私に招待状を出した……ジョーカー?」

 フクロウは何の反応も示さない。喉が渇くような心地に口元を強張らせながら「なぜ呼んだか聞いても?」またしても答えはない。

「フクロウはオウル諸島に相応しいお客様を迎えたいだけなのです。どうぞ、名前を仰ってください」

 見たところ可笑しな様子はないが初対面である。些細な変化など知らない。

 コインを弾いてみるか、しかし見ないほうがいいと族長が言ったではないかと頭の中で反芻する。やはりコインはなしだと。

 未来予知に匹敵する占いには欠点がある。未来を知って上手く行くはずのことを失敗することは最も避けなければならない。運命に立ち向かう者も居るだろう。その手助けになることもあるだろう。しかし運命はそれだけではない。多くの分岐を抱えている。

 リートは踵を引いた。

 帰ろう。確認は終わりフクロウに目立った異常も要望もないのだからと。

 しかしその肩をセルヴォが掴んだ。

「お客様」

 平坦な声色なのに絡め取られるような錯覚に陥る。言葉に魔力が乗っている。眉を跳ね上げたリートは振り返った。

「この地に招かれたからには区分けをしていただかなければ」

 お客様は大切にされるべきである。フクロウは唯一絶対、人界の創造主が決めたことだからだ。

 これを擦り付けられた役人の完成形がセルヴォだった。

 共に過ごしたのは数日で人となりも判らない男の狼藉は無意識のものだ。フクロウの意思を汲み取るための細やかな力は触れる前に消えた。

「確かに招待を受けたのは私だけれど、いつでも帰っていいと言ったのは君だ」

「怯えていらっしゃる? フクロウを見ると驚き畏怖する異界の方は多くいらっしゃる。恥じることはありません。どのフォアマンも何かしらございました」

「まさか我が主のことを言っているのではないでしょうね」

「フフ、さて。……さあお進みください。皆様お待ちですので」

 眇めた目は笑っていない。口元の笑みは獰猛だ。

 怒りに顔色を染めるクロムから目をそらし、ぐいとリートの背を押した。手の平の硬さを感じながら視線を戻す。

 フクロウはリートを見ている。誰よりも。目視したときからずっとそうだ。そして引き留める様子もなく待っている。

 怯みはしたが畏れを抱いたかと言えば違う。懸念はあるが区分けが終わらない限りセルヴォの顔も立たないだろう。

 踏み出せば手が離れた。

「君はなぜ白鯨の妖精を呼んだ? どの異界の為政者も場所を特定できないはずなのに。何をさせたい」

 答えはやはりない。フクロウが求めているのは名であり語らいではないのだろう。拒む理由も見つからず口を開く。

「私の名はリート・フェーヤ」

【それは汝を表すに足りぬ名だ】

 一瞬頭の中に響いてくる声が誰のものか判らなかった。

 枯れ木のように覇気がない声がフクロウのものなのかと感慨半分に答え直す。

「妖精の道から来たフェーヤ一族。二番目のリート。見ての通りの魔法使いをしてる」

 またも【それも汝を表すに足りぬ】と嘴も動かさず返すフクロウ。

「白鯨の妖精、二番目のリート」

【それもまた足りぬ】

 思わずセルヴォを振り返ると彼も首を捻っている。

「選定者でない場合、招待客ではないとはっきりわかるのですが。足りないとなると……手紙は白鯨の妖精宛てでしたね。招待状に名前はございましたか」

 首を振れば心当たりに気づいたのか目を細めた。

「もしやご自身でも名前が判っておられないのでは」

「……成人前に両親が死んだから。私たちは大人になるまで通称で過ごすんだよ。それだって曖昧なものだけど」

「それはそれは。でしたら判るだけの通称を答えてください。最近では珍しいですが過去にそういう事例もございました。招待客ならばフクロウは応えるでしょう」

 さあと再度促された。

「クルクスとそよ風のシエロの子、死に挑む砂漠の妖精(フェーヤ)、二番目の儀式(リート)

 フクロウはこう答えた。

【汝の在るべき場所は怪物区】

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