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王の晩餐  作者: 加鳥このえ
Level1
3/5

第3話 始まり

「ばく……はつ?」


 閑散としていた場所で響くのは悲鳴だけ。火が広がる世界を見つめながら、オレは立ちすくんでいた。


 理解が追いつかない。近づきたくない。だが火は近づく。逃げないといけない。


 でも、動けない。


「……逃げなきゃ」


 逃げないと。逃げろ。早く、にげ。


「……っ!」


 動かない足を強引に動かし、振り返って数歩進む。動揺からか、何かで滑って転んでしまった。(あご)が痛い。


 でも、にげ。


 立ち上がろうとした刹那、声がナイフのようにオレの鼓膜を貫通した。


「……逃げんなよ」


 その声は、オレの恐怖心を煽る。本能に刻まれた恐怖。生き物が辿(たど)る終わりの鼓動。


「あ」


(死ぬ。ほんとに、死ぬ。動いたら、喋ったら死ぬ)


 ずっと生きてて、死ぬとか、死のうとか、いっぱい思ったでもこれは違う。


 目の前にある死。理解では無い。これは()()


 声しか知らない男からオレは死を感じていた。


「あ」


 オレは声の主を見る。その主の姿は左右非対称だった。自然界の生き物は左右対称なもの。だがこいつは違う。まるで異形(いけい)。岩石のようなツノが一本、頭の右側に生えており、体に光る線が入ってある。目は黒く、恐怖を感じさせる。顔の半分が怪物の仮面で覆われていた。そして謎の黒いエネルギーを(まと)っている。


「あ、ごめんなさ」


 ようやく捻りだした言葉は謝罪であった。同時に今まで感じたことのないような寒さを感じた。そして違和感を覚える。


 見たくないけど、オレは左手を見なければならない。


 全身を震わす悪寒。いや、もう知っている。オレの目の前にいる何かが持っている()()が誰のものかなんて。


 行方不明だったそれは、オレに真実を伝える。


「……」


 左腕を見ると、肘から先が消えていた。


「うっ、うわっ」


 信じれなかった。だが、認識してから遅れてやってくる痛みがオレの否定を否定する。


「はいお口チャックー」


 コイツが喋れることに驚いた。いや、もしかしたら前にも喋っていたのかもしれないが、オレの耳を通り過ぎなかったのは始めてだったのだ。


 ()()()()()が頭の中に流れる。


「私たちは王様が欲しい。もう力を得ている人もいるらしいけど、正式にはこれから始まり」


 女性のような声が頭の中に響く。


 だが、気休(きやす)めのようにアナウンスでこの()()が止まるわけではない。オレはコイツからも質問される。コイツの尖った指がオレの喉に食い込んだ。


「お前から()()


「ごめんなさい」


「王の香り。だれだ? 誰に会った?」


「ごめんなさい」


 それしか言えないオレの唾液と涙が混ざり合うなか、アナウンスが続く。


「人間に力を(さず)けた。それを鍛え、王となれ。どうやらもう怪異(かいい)が放たれてるらしい。やつらは心の弱い人間に寄生し意識を乗っ取る化け物だ。寄生されないように気をつけて。もし誰かがされてたら、今は逃げた方がいいかも」


 怪異と呼ばれる者は言う。


「言え。言え。言え」


「ごめんなさい」


 アナウンスが続く。


「時々こちらからも命令を出す。せいぜい生き延びろ。終わりは必ずあるのだから」


 声はもう聞こえない。


 喉と左腕の痛みが広がる。まるで全身を傷つけられたかのような痛みに変わって行く。血が抜けて行くと同時に、オレは記憶を見ていた。


「だからね、私は思うの。なんで先生の言うこと聞かなきゃいけないんだって。なんで親の言うこと聞かなきゃいけないんだって」


 小学生の時の記憶。そう言っているのは万十比織(まんじゅうひおり)。プンスカとかわいらしい怒り顔を浮かべる彼女は、オレの記憶の中だけの存在ではない。実際にそこに存在しており、彼女と関われていることだけがオレの自慢だった。


 そんな彼女は、オレには理解できない理由で怒る。


 そういえば、昔から反骨精神が凄まじかったな。


鈴斗(りんと)もそう思う?」


「おれは、言うことは聞かないといけないと思う」


「えー」


「ぶーぶー」と言いながら、機嫌の悪そうに公園の砂でお城を作っている彼女。オレは微笑んだ。


 そうだ、そうだった。


 ()()だ。


 この状況になってようやく君を理解できたよ。


 オレはずっと他人に対して何も思わなかった。名前もほとんど覚えていなかった。


 でも、今は違う。


 オレはお前に強い感情を抱いているよ。


 お前が稲那(いなな)さんを焼いたやつかどうかは知らない。でもそうだと思ってお前を恨む。稲那さんに復讐なんてやめてと言われてもやめない。これは稲那さんのための復讐じゃない。オレの自己満足の復讐だ。


「……」


 未穏鈴斗(みおだりんと)、彼の空っぽな心に、恨みが注がれる。


「死ねよ」


 オレの体は浮いており、怪異(かいい)の爪はオレの喉を貫く。


 朦朧(もうろう)とする意識のなか、オレは力が入っていない左拳を相手に当てた。


 当たり前のように、鼻で笑われる。


 オレは投げられた。


「……ッ !?」


 怪異は驚いたように、殴られ吹き飛ぶ。


 オレは驚く隙もなかった。突如として現れる突風。その中心にいるよく知っている人物。


 オレは二つのことに驚いた。一つは彼女の事。


小鳥遊(たかなし)さん?」


 この場に現れた女。それは橋の下で会話した子だった。


 そしてもう一つは……。


「日付はわからないって言ったけど、まさか今日だとは思わなかった。君には恩がある。安心して」


 小鳥遊さんは怪異を見つめながら、こう言った。


「私が絶対に守るから」


 もう一つの驚き。それは()()()()()()()()事ではない。それは……。


「嘘だろ」


 オレと相対した怪異の後ろに並んでいた、()()()()()()()の姿であった。


 それは一人一人、殺意を持って、こちらを見る。


 彼らは、笑っていた。


 オレの恨みは絶望に飲まれ、もうその欠片(かけら)すら残っていない。


「は、はははっ」


 この混沌とした世界を前に、彼は何もできずにこう思うのであった。


(ああ、意味わかんねえ)


 遠くで、爆発が起きたのか、大きな音が鳴っている。

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