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4 飛ぶ鳥落とせ 中編

 その日、私達は2人で遊びに行く予定だった。

 日曜日のお昼前、一緒に近場の水族館に行こう、と彼の方から誘ってくれた。

 人生初めてのデートだった。

 最寄りの駅前に午前10時集合。

 デート前日の夜、彼は電話越しにこう言った。


 ──遅刻したらゴメンね。


 本当に悪いと思っているのか疑わしい──飄々とした声音だった。




 駅前には、無数の路線バスが停車していた。

 雲1つ無い晴天故か、窓ガラス越しの運転手は、しきりに欠伸をしつつ、腕を伸ばしていた。

 私は1人。バスの停留所前で彼を待っていた。

 雑踏に紛れながら、私は肩を落としてぼやいた。

 

「ゴメンじゃあないんですよ、ばか野郎」


 腕時計を見ると、既に10時30分を過ぎている。

 既に30分以上もの遅刻だ。

 加えて、電話にも出ない。この調子だと、まだ布団の中だろう。


「30分も前から来て……私だけが楽しみにしてたみたいじゃあないですか」


 溜息交じりにスマホを操作して、目当ての番号にタップすると同時、耳に当てた。

 私は電話の呼び出し音を聞きながら、周囲を一瞥した。

 休日の駅前という事もあり、辺りにいるのは私服姿の若者が殆どだった。

 友達同士で遊びに行くのか、5~6人程度でつるむ10代後半の男衆。

 キャリーケース片手に黙々と本を読む若い女性。

 私のように、駅前を人との待ち合わせ場所に使っているのか、しきりに腕時計を確認している大学生くらいの男性──腕時計をチラチラ見ながら、貧乏ゆすりや舌打ちを繰り返している。


(……そう言えば、あの人、私が此処に来る前からいたんだよなぁ)


 数歩下がり、幾ばくか距離を取る。

 耳に当てたスマホからは、相変わらず耳障りな電子音が鳴り響いていた。

 人混みの中、スマホからのコール音だけが耳にこびり付く。

 しかし、その呼び出し音はいつまで経っても途切れることはなかった。


「……………………………………」


 寄りかかっている壁に、私は無言で拳を1発叩き込んだ。

 周囲の人間は何事かと視線を向けるも、すぐに興味を無くした様に背を向けていく。

 衆目はすぐに散るも、私の頬には熱が宿っていた。

 無数の視線に耐え切れなくなった私が、その場より立ち去ろうとした時だった。

 

「うああああああああああああぁぁッッ!!」


 ──雷に撃たれたように、その場に悲鳴が落ちたのは。


 反射的に、顔を上げる。周囲を見渡す。

 悲鳴の主は簡単に見つかった。

 先刻から、腕時計を携えて貧乏ゆすりをしていた大学生くらいの男性──その顔が恐怖に歪んでいた。

 頭を抱えて、見開いた眼を足元に向けている。奇声を上げながら、身体をガタガタ震わせていて、とても正気とは思えない。

 何かに怯えているように見える。

 現状を正しく認識出来ていないのか、周囲の人間は誰1人として、男に近づこうともしない。遠巻きに、チラチラと視線を飛ばすだけだった。


 いつの間にやら、男の近くにいたのは、私だけになっていた。

 思わず、天を仰ぐ。

 燦燦と照りつける青空の下、私は数秒思考を巡らせた。

 約束を放って、この場から立ち去るか否かを判断したかった。

 だが、此処で、私が何もしなければ、この人に声を掛ける人は現れないのだろうなと確信した。

 只の奇人ならそれで良し、か。

 私は自分を無理矢理納得させると、渋々男の元へと歩き出した。刺激を与えない様に、慎重に声をかける。


「……大丈夫ですか? 具合でも、悪いのですか」

「えっ? い、いや……そうじゃあない。そうじゃあねぇけどよ」

 

 男は私に気が付くと、ガタガタ震える指を、足元に向けた。

 指の示す方角には──。


「────────靴?」


 其処に在ったのは、白いスニーカーだった。

 丈夫で軽く、動きやすそうな運動靴。

 男物のスニーカーが一足、歩道の真ん中に転がっていた。

 それを見て、私は肩を落とした。


「何ですか……靴が脱げた程度で騒がないで下さいよ……」


 私の小馬鹿にした態度に気が付くと、男は猿の様に顔を朱く染めた。


「ち、ちが……! な、なか……中を見ろっ!!」

「中? ────って!? 何するんですか!!」


 男が突然、靴を拾い上げると、其れを私の鼻先まで持って来た。

 鼻孔の奥まで、つんとした刺激臭が届く。

 反射的に顔を背けたが、ギリギリ間に合っていなかったらしい。蒸れた靴から放たれる鉄の臭いに、全身から鳥肌が立った。

 ……

 …………

 ………………鉄?


「ちょっと待って。何で鉄の臭いなんか……」


 視線を靴の方へ戻す。

 瞬間、疑問は氷解して──新たな疑問が生まれた。

 何だこれは、と。

 眼前に在る靴から、私は視線を外せなかった。

 そこには、無いはずのモノがあったからだった。

 人が履いていない靴。ならば当然、其処には在るはずの無いモノ。否、在ってはならぬモノが詰まっていたというべきか。


 其処には、何らかの肉が詰め込まれていた。


 太陽の光を反射して、てらてらと光る肉。

 野苺より紅いその肉が、今にも零れ落ちそうな程、運動靴に詰め込まれていた。肉は、本来なら足首の関節があるはずの部分から露出していた。

 良く見ると、肉塊には太い棒状の物体が突き刺さっている。

 ……私の眼には、其れが白骨のように見えた。

 ──人の足。

 足関節より上が付いていない、誰かの足が其処に在った。




 どれだけの時間、呆けていたのか──。

 肩を揺すられる感覚で、私は意識を取り戻した。

 肩に手を置いていたのは、先刻の大学生のくらいの男だった。

 男は酷く狼狽した様子で、私に話しかけていた。

 

「だ、だろ? 普通じゃあないんだ……」

「……その様ですね」


 ちらと、男の下半身に目を向けた。

 デニムパンツに黒のサンダルを履いている──当然、両足が在る。

 つまり、この男の足ではない。

 念のため、私達を取り囲む人だかりを見るも、当然誰のものでもなかった。彼らは皆一様に、不安げな表情を浮かべていた。


 肉が詰め込まれた靴。

 生理的な嫌悪感を抱かざるを得ない──正しく異常な状態だ。

 こみ上げる吐き気を堪えながら、私は男に尋ねた。


「質の悪いイタズラですか? 笑えない冗談です………これ、貴方お手製のパーティグッズなのでは?」

「そんな訳あるかよ! ……飛んで来たんだ、向こうから」


 男が顎をしゃくって、自分の背側を示した。

 その場に居た一同は、自然と男の示した方角に顔を向けた。


 ──刹那、一帯の空気が凍り付いた。


 男の示した先は、無数の路面バスが停車している道路。その一角。

 停留している車両から離れる場所に、其れは歩道に片腕を投げ出していた。

 片腕を──否、全身を力無く投げ出していた。

 まるで、糸の切れた凧のように。

 其れは舗装路に身を預け、うつ伏せに倒れていた。

 そして、其れには──左足が無かった。

 足首より下方は、ぶつりと途切れていた。

 なのに、右足はしっかりとくっ付いていた。白のスニーカーに御足を包んでいた。

 どうやら、足の持ち主はすぐそばにいたらしい──なんて事を、私は走りながら考えていた。

 

「──ッ」


 思考するより疾く、私はその人物に駆け寄っていた。

 男性だった。

 目測でも180センチ以上。シャツの上からでも、彼の筋肉は存在を主張するかのように盛り上がっているのが見て取れた。

 熊と見紛う様な体躯だった。

 それ故に。

 横たわる彼を見て、私は思った。

 本当に似ているな、と。




 倒れていたのは、私の彼氏だった。






「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ」

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