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3 飛ぶ鳥落とせ 前編

 半年前のことだ──。

 私には恋人が居た。

 剣道部に所属している骨太で筋肉質な男子。例えるなら、熊のようにがっしりとした体躯。表情に乏しいが、稀に見せる笑顔は素敵で、意外と親しみやすい──そんな、どこにでも居る学生だった。


 馴れ初めは、本当に些細な事だった。

 休日、偶然立ち寄ったハンバーガーチェーン店。

 其処で珈琲を飲んでいる彼を見かけた。クラスメイトで知った顔だったから、話しかけた。それだけだった。

 その時、彼が珈琲のお供に嗜んでいた小説を、私は知っていた。

 10年以上も連載している人気のミステリー小説だった。


 ──この作者の新刊、もう読みました?


 後から振り返れば、当時の私はなんと強引だったことか。

 首を横に振る彼に、私は鞄から1冊の本を取り出し、それを無理矢理押し付けた。

 彼の反応を待たず、私は席を立ち、言った。


 ──じゃあ、これで。


 彼が目を丸くしている様子など、直接見るまでもなく明らかだった。

 私は持ち帰りのハンバーガーセットの用意ができるや否や、それを受け取り、店を出た。

 

 ──ありがとうございましたーー。


 大学生くらいの店員の声と、同年代の男の子の視線を背中に浴びながら、私は帰路を辿った。

 ……当時の私の奇行について、後に彼はこう言った。

 ナンパかと思った、と。

 ぐうの音も出なかった。




 私にとっての黒歴史──其れから暫く経って、私達2人は付き合うことになった。

 告白は彼からだった。

 唐突に思われるかもしれないが、あれから2~3週間くらい経った頃だった。それが早いのか遅いのか、他に比べようが無いので、私には分からないが。

 彼に聞いても、よく分からないという顔をしていた。

 別に、知らないままでも善いじゃあないか、彼はそう言っていたし、確かにその通りだと思った。今のままで充分だと。


 彼と話すのは基本的に、部活休みの放課後か休日だけだった。

 学校ではお互いに関わる素振りもなく、私達が交際していると知る者はいなかった。

 仲がいい友人知人にも、報告したりはしなかったのである。

 私も彼も異なるグループに居た為に、教室では接点が無かった。わざわざ周囲に喧伝する必要もないし、このままで善い──と思っていた。

 今でもそう思う。


 ……でも、仮に。


 仮に、当時の私たちが付き合っていたと、誰かが知っていたのなら。

 ──私はこの胸の内を、誰かと共有できたのではないか。

 そう思わぬ日はない。

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