エピローグ 門叩く音
――助かった俺が悪いみたいじゃん。
あの言葉の意味を、私はまだ考えている――。
「えー、続いて生徒会長から、歓迎の言葉です。では──」
名前を呼ばれた女子生徒が席を立った。
彼女は私の前を通り過ぎる際に、こっそりと此方に手を振った。
私も小さく振り返した。
彼女はくすりと微笑して、そのままステージ上に登壇する。そのまま、マイク前で止まり、一礼した。
マイクの高さを自分様に調節して、彼女は開口した。
私はぼんやりとその様子を眺めていた。
高校二年生の私にとって、其れは実に詰まらないイベントだった。
この日は入学式だった。
大沼太陽――あの喧しい少年と出会ってから、既に2週間以上が経っていた。
あの後、少年が私に言いたい放題言ってくれて、どこかいい話風にオチが着いた訳だが──私は特に、何も変わらなかった。
半年間毎日悩まされた問題を、たかだか半日ですっかり忘れろ、というのが土台不可能な話なのだ。
……そもそも、あの牛丼屋の一件!
他の客こそ不在だったものの、店員は数名居たのだ。
あの後、彼の使った丼を片付けにきた店員の冷ややかな眼差しなど、今でも時折夢に見る。
口にこそ出さなかったけれど、あの眼は間違いなく、こう告げていた。
『痴話喧嘩なら余所でやれ』
いや、確かに私だって騒いだけれど、元はと言えば彼が──否、止そう。
如何なる経緯だろうと、騒いだことでお店に迷惑をかけたのは事実なのだ。
反省すべきだ。
閑話休題、先にも述べたが、私は何も変わっていない。
彼に指摘された頃と、何も。
相変わらず、プライドは高いし、自分の能力が嫌いなままなのにも関わらず、目の前で死にそうになっている人がいたら、放っておけないだろうし。
多分私は、このまま成長するんだと思う。
ふらりふらりと中途半端に生き続けて。
簡単に開き直る事も、何もしないでうずくまる事も──どちらかに傾倒する事もないのだろう。
それが正解なのか、将又誤りなのかは、まだ分からないけれど。
だけど、一つだけ。
一つだけ、決めた事がある。
他の何をかなぐり捨てようと、構わない。
せめて──。
自分が救った人間を、忘れないようにしよう。
***
いつの間にか、生徒会長様は歓迎の言葉を言い終えていたらしい。
すっきりとした表情で、彼女はステージから降りていた。
「えーありがとうございました。えーでは続きまして、えー新入生代表挨拶です。該当者の、えーーーー」
白髪交じりの教師が、手持ちの資料を何とか読み上げていた。
彼はこの学校の教頭だ。
資料を顔に近づけたり、遠ざけてみたり。色々試行錯誤しながら、どうにか職務を熟そうと奮闘していた。
しかし、その姿は老眼鏡を掛けていても、きつそうだった。
背後に控えていた若い教員が、教頭の耳元で囁く。
「えっ、ページが違う? あっ、ほんとだ。失礼しました。では、該当者の──」
周囲から密かな笑い声が聞こえる。
教頭は恥ずかしそうに笑いながら、咳払いを一つした。
眼鏡の中心を押し上げて、教頭は言う。
「該当者の──大沼太陽君、よろしくお願いします」
「はい!」
「えっ」
名前を呼ばれた男子生徒は私の前を通り過ぎる際、口パクでこう言った。
──よろしくな、センパイ♪
「…………………………………」
白い歯をもって、したり顔をする男子生徒を視界に入れて、私は唖然とした。
それから、頬をつねった。
つねった部位はじんわりと痛かった。
……夢ではないのか。
彼はマイクの前に立つと、穏やかな笑みを浮かべた。
私は彼の──大沼太陽のスピーチを適当に聞き流した。
えー唐突になりますが、今回で最終回になります。
打ち切りにしか見えませんが、そうではありません。
説得力皆無かもしれませんが、最初からこの終わり方しかないと思っていました。
本当です。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。




