11 配られたカードは 前編
「痛みの程度とは、何を基準にするかご存知ですか」
「…………」
「私は──強さと長さだと思います」
此方の反応を窺う素振りも無く、水原は言った。
「貴方の仰った通り、あの日、彼は付近に停留していたバスに轢かれました。睡眠不足で、彼がうっかり信号無視してしまったと──後日、彼の母親から聞かされたもので」
──あの時の顔は、今でも夢に出てきますよ。
水原はそう告げて、その相貌に暗い影を落とした。
顔を伏せたまま、前方を通り過ぎる1台の路線バスに指を向ける。
「あれ程の大型車に撥ねつけられた衝撃を、彼は救急車が来るまでの数分間、何度も味わい続けていたということです。数十回か数百回か、あるいは……」
やがて、彼女は押し黙る。
便器に痰を吐き捨てたような、苦々しい表情を浮かべて。
此処にはもう無い、遥か遠くにある何かを見据えるように、目を細めて。
「勿論、彼を轢いたのは、私ではなくバスの運転手です。法に罰せられたのも、その運転手だけです。でも……」
一瞬、些細な逡巡の後。
「でも、運転手は、彼を殺してはいません! ただ、きっかけを作っただけです!」
彼女は叫んだ。
それは、魂からの慟哭と呼ぶに相応しいものだった。
彼女の中に蓄積されていた汚泥が、言葉となって吐き出されていた。
「運転手は彼を害しました。私も同じ。運転手は彼を殺さなかった。私も同じ。運転手は零を一に、私は一を百にした。何もしてあげられないどころか、私が──私こそがっ!」
やがて、吐き出されるものは言葉ですらなくなっていた。
ただ、嗚咽をもらすだけだった。
背を曲げて、その身を震わせるだけだった。
その背中は、両親とはぐれた子供のように、弱々しいものに見えた。
俺は彼女から目を離し──
「そうか」
と、一言だけ呟いた。
それ以上の言葉を返すことも無く、俺はほんの少し顔を上げた。
視界に映るは、無数の人々──傘を差して、信号が切り替わるのを合図に、彼らは一斉に動き出す。
人、人、人。
右も左も、地上を埋め尽くす程の人の群れ。
その光景から目を逸らすため、俺は空に視線をやる。
未だ天上を覆いつくす雲を眺めながら、不意に気づいた。
ああ、そうか。
此処がそうだったのか、と。
──水原に連れられやって来たこの駅前こそが、半年前の件の現場そのものであったことを。




