Part9 束の間の家族
コンクリートの冷たい通路を延々と歩いていく。受付からここまで母とは一度も会話がない。かなり重苦しい空気だった。そして、ある部屋にたどり着いた。父と会うための部屋だ。暫く部屋の中で待っていると、遂に父がやってきた。
「久し……ぶりだな、愛紗、虚巣」
その声は弱々しく、精一杯の虚勢を感じた。彼が僕の父である月実だ。今はこうして、アクリルの大きな壁越しでしか話すことが許されていない。
三年前に全てが変わってしまった。 ある日突然父が警察に連れていかれた。そして現在は刑務所暮らしという訳だ。本当に最悪である。最初から、彼がいなければ……なんてことを思うこともあった。
「久しぶり。父さん」
母はずっと黙ったままだった。でも少し……ほっとしたような……多分そんな感じ。
「少し身長伸びたんじゃないか?」
「うん」
きっと“普通”の親子ならこんな感じじゃないんだろうな。
「学校はどうだ? 友達とは上手くやってるか? 勉強は二の次で良いからな。虚巣が楽しく行けてたらそれでいいから」
どの質問にも小さく頷いて答えた。こんなところまで来てわざわざ心配させる必要は無いだろう。僕はいつも愛用している小さな嘘を使った。
「そうか……愛紗も……変わらずか?」
「うん。大丈夫。大変なことは多いけどそれでも、頑張ってるよ」
「ごめんな、苦労かけて……本当に」
全て父さんが悪い。母さんが苦労しているのも、僕が学校に馴染めないでいるのも全部。だから僕も、母さんさえも、父さんに慰めの言葉を口にしない。貶しもしない。それが彼にとって一番辛いことだろうから。
それから暫く会話を交わした。静かに、そっと……。まるで内緒の話でもしているかのように。主に父が質問を繰り返しているが何と答えたかはほぼ覚えていない。まさに上の空であった。
「そうだ、今日クリスマスイヴだろう。プレゼントがあるんだ。」
彼は突然そんな台詞を口にした。思いがけない言葉と前夜の出来事から、急に意識を引き戻されたような感覚になった。
「プレゼント?」
「そう。用意してた訳じゃないんだけどさ、ずっと渡しそびれてたからクリスマスプレゼントってことにしようと思って。要らなければどこかに保管してくれればいいからさ」
「分かった。けど、どこにあるの?」
さっきまで父の表情に僅かに残っていた険しさは消え去り、いつかの様な優しさに満ち溢れたものに変わって見えた。
「家の書斎にある俺の机に、鍵の着いた引き出しがあると思うんだけど、その中にプレゼントがあるんだ」
父は思い出しながら話しているのか、少しづつ確認するような素振りを見せた。
「その鍵なんだけど、押し入れにあるダンボールの底に埋まってると思うんだ」
押し入れの……ダンボール……。
「それって……」
「なんだ、知ってたのか?」
「あ、いやいや、そうじゃなくて……。ダンボールの存在自体は知ってたけど……中身までは知らなかったよ」
まさか大量の煙草の下に鍵があったなんて。もしかしたら言われなくてもいつかは気づいていたかもな。
「中に煙草が沢山入ってると思うから、それひっくり返して見てくれ。きっと入ってるはずだから」
「うん。分かった」
父が今日会ってから初めて本当の笑顔を見せたのは、僕が少し微笑んだからだろうか。彼はその表情のまま、安心したように頷いた。
そうして僕達はひと時の家族団欒を終えた。部屋を出る時、僕だけ先に退出し、母は少しだけ残っていた。何か二人の会話をしたのだろうか。その後に見た母の顔は、いつもの疲れが少しと、安堵を含んでいた。
「お父さんと久しぶりに話して、どうだった?」
帰りの道中に母は念を押すように聞いてきた。
「別にどうってことないよ。やっぱり父さんは父さんで、変わらず好きだよ。」
それが本心だから……とは言わなかった。
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