Part8 あの彼の昼
その年最後のチャイムが鳴った後、皆はそれぞれの仲良しグループで集まり、浮き足立った様子で話し合っている。女子生徒の声が主だが、たまに聞こえる男子生徒の刺すような笑い声がうるさい。
僕は少しの苛立ちからわざとらしく不機嫌そうな様子を見せつつ、そそくさと帰りの支度をしていた。
今日は終業式で午前授業、つまり明日から冬休みだ。彼らの会話の内容も恐らくはそれかクリスマスだろう。僕の気も知らないで。
彼らからしたら全くの理不尽で理解不能な言いがかりだろうが、僕は彼ら以外に、このどうしようもない憎悪を向けられる対象を知らない。やり場のない怒りのやり場を僕は無理につくってしまったのだ。
こういう考えになる時は決まって、最終的に自己嫌悪に陥る。だから今回は、彼らに理不尽な怒りを向けたまま考えるのをやめることにした。
支度が終わって荷物を担ごうとした時に、また彼がやってきた。高樹迅羽だ。
「や、明日から冬休みだな」
「そうだな」
「なんか予定とかないの?」
「……僕はないけど。高樹はあるのか?」
「いや〜特には」
全く不毛な時間だ。
「悪い、今日ちょっと予定があって急いでるんだ」
僕はそう言うとリュックを背負い直して立ち去ろうとした。
「あ、ちょっと待って」
僕は鼻でため息をつきながら振り返る。
「冬休みさ、どっかで遊ばない?」
予想外の一言だった。誰かに遊びに誘われたのは小学生以来か。しばらく考える。いや、考えるふりをした。
「まぁ、良いけど」
あぁ、僕はやっぱり素直になれないな。
「おぉ、良かった! そしたら今度LINEするから!」
僕は気の抜けた返事をしてその場を後にした。
帰りの道中は駅の構内も、商店街もクリスマス一色であった。もっと前から装飾はされていたのだろうが、気にも止めていなかった。少しだけ、綺麗だ。夜はもっと綺麗なんだろう。
家に着くと母は既に準備が出来ていた。着替えるのも面倒だったので、荷物だけ入れ替えて母と家を出た。
「ファミレスでいい?」
「うん」
昔から会話が多い方ではなかったが、最近は更に少なくなったような気がする。いくら考えても……やっぱり原因はあれしか思い浮かばない。
「いらっしゃいませ〜、2名様ですか?」
笑顔で応対する彼女は僕と同い年くらいだろうか。きっと何も悩みなんてないんだろうな。
壁沿いの4人がけの席に案内された。向かい合うように座るが、ここまで一度も目が合っていない。母の俯いた視線はここ数ヶ月上がっていないように感じる。
メニューを見ている間もお互いに無言だったが、もう何年も一緒にいるから注文が決まったのが分かった。母はトマトパスタを、僕はそれより少し安いハンバーグを頼んだ。
料理が届くまでの間、二人ともスマホを見ていた。通知は高樹からのLINEを知らせるものであった。
『空いてる日教えてくれ〜! そしたらそっちに出来るだけ合わせるよ』
少しだけ、気分も良くなった。母は……何を見ているんだろう。顔は無表情というよりむしろ、険しかった。
料理が届くと二人ともスマホをテーブルに置き、食べ始めた。食器の当たる甲高い音が気まずい。
「虚巣はさ、お父さんの事……どう考えてる?」
抽象的な質問でなんと答えればいいのか分からない。ただ、母はきっと……
「好きだよ。というか、尊敬してるよ」
「あんなことしたのに?」
「うん、それでも……だって……」
そう言わないと、母さんが辛いだろ……とは言えなかった。言えないだけで、そう思っているし、事実であると信じている。
食べ終わるとすぐに店を後にした。会計の時にはもう、あのバイトの女性はいなかった。
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