Part7 カラフルな夜
「なんか最近は涼芽さんと話すようになって少しだけ明るくなれたような、そんな気がします」
彼女に笑いかけると、彼女も僕に微笑み返してくれた。
「それは良かった。まぁ、私から見るとあんまり変わってないけどね」
こういった何気ない会話で実感する、“楽しい”という気持ち。もしかしたら幸せってこのことを言うのではなかろうか。などと生意気なことを考えてみたりした。
「本当なら私もスマホを持ってればいつでも連絡取れて良かったんだけど……ごめんね」
「いえ、全然大丈夫ですよ。来れなければ煙草での連絡手段がありますし、直接話せるだけで嬉しいっていうかなんていうか……」
言ってる途中で恥ずかしくなって、歯切れが悪くなってしまった。
「ありがと」
不意に彼女が僕の耳元で呟く。驚きすぎて身体が動かなかった。すかさず彼女の唇が僕の頬に触れる。あの日以来初めての出来事だった。やはり耳鳴りがする。僕は赤くなっているであろう顔を背け、夜風で冷やそうとしたが、こういう時に限って全くの無風である。
「あの……嬉しいんですけど、その……恥ずいです。凄く」
彼女は何も答えなかったが、チラッと横目に見ると嬉しそうな表情をしていた。耳鳴りが落ち着き、少ししてやっと風が全身を冷やしてくれた。また正面に向き直り、黒を見つめる。この時間がずっと続けばいいのに。
暫くして雑談も一段落つき、どちらともなく帰る雰囲気になった。滑り台を飛び降りる。もう慣れたものだ。
「突然だが虚巣君。今日は何月何日か分かるかい?」
「ん? えーっと……十二月の二十三ですか?」
「いや、日付はもう変わってるから今は二十四日だね。二十四日といえば?」
「あー……クリスマスイヴ?」
「御明答!」
こういったイベントでテンションが上がっているのは、少し意外だ。街に延々と流れ続けるクリスマスソングとか、街路樹を縛り付けるイルミネーションとか、夜を明るくしてしまうのが僕は苦手で、夜は暗く、静かで、少しだけ不健全なくらいが一番いいと言うのに。
「そこで明日君にプレゼントがあるから、必ず来てね。それとも……まさか予定ある?」
「いや、ないですけど……。プレゼント……ですか」
嬉しい気持ちはあるのだが……
「あの、それ、貰ってばっかりだと申し訳ないんで、僕も用意しようと思うんですけど、明日までに用意出来るか……」
「あ〜、別にいいのに。ま、でもくれるなら有難く貰っておこうかな。明日じゃなくて全然良いからね」
「はい! あの〜……あんまり期待しないでくださいね?」
「大丈夫大丈夫。私もそんなに自信ないから。明日のクリスマスイヴ、楽しもうね」
ドキッとしてしまった。クリスマスに女性と二人で過ごすことの意味を少し見くびっていたようだ。こんなに緊張して、楽しみなものだとは知らなかった。
僕達は手を振り合いながら別れた。いつもよりカラフルな夜だ。信号の色が変わるのを待つ間、ある一軒家のイルミネーションを見つめていると、視界がぼやけてきた。十字に伸びる青い光が幾つも重なり合い、格子状になっている。隙間に夜を閉じ込めながら。
家に着く。ここは普段通りの灰色だ。着替えを終えてベッドに入る。プレゼント……どうしようか。女性にプレゼントをあげたことなど一度もないので、何をあげたらいいのか見当もつかない。様々な思考が頭を駆け巡ったが、どれもピンと来なかった。
ふと今日の日付を再び思い返す。十二月二十四日、金曜日。スマホのカレンダーを開く。今日の予定欄には「面会」の二文字が青い枠の中に収まっている。忘れていた。出来れば思い出したくもなかったが。僕が煙草と夜に逃げた原因はきっとこれだ。逃げなければ母のようになっていただろう。明日は……いつも通り涼芽さんと接せられるだろうか。プレゼントをちゃんと喜べるだろうか。不安になってきた。
いや、こんなこと考えるだけ無駄だ。それより涼芽さんへのプレゼントを考えなければ……。それから暫く考え込んだが、しっくりくる答えが浮かぶ前に意識が脳の奥深くまで沈んでいった。
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