Part6 良い友
珍しくその時は、昼食を食べた後も昼休みに起きていた。“規則正しく”夜更かししているからだろうか。眠気はなく、時間だけは余っている。机から単語帳を取り出し、ページをめくっていく。最初の方はもう順番さえ覚えてしまったが、後半は見たことも無い(実際は確実にあるのだが)単語ばかりだ。適当なページで手を止め、読み出した直後、真横に気配を感じた。
「今日は寝てないんだな」
えぇと、名前は、たか……たか……
「あぁ、丁度眠たくなってきたよ。それで?」
高樹だ。下の名前は思い出せそうにない。
「これ、分かんないんだけどさ、教えてくれない?」
彼が出したのはさっきの数学の授業でやったテストなのだが、“まる”で“丸”がない。
「おぉ……マジで……」
「マジでございます。目代センパイ」
ため息と同時にプリントを受け取る。名前は迅羽というらしい。折角だし覚えておこう。彼とはたまに話す。
「僕はセンパイじゃないが……何が分からないの?」
「それが困った事に何が分からないのかも分からんのですよ」
「まぁ、そんなことだろうと思ったよ。しょうがない、よく聞いてよ?」
「はーい!!」
本当に高校生だろうか。彼は無邪気な顔で笑いかけた。
休み時間いっぱい使って一通り教え終わった。肩が凝って……腰も痛い。
「目代って教えるのが上手いよな。」
「そうか?」
机の上を片付けながら流すように応えた。
「上手いよ。教師とかいいんじゃない?」
「いやだよ、あんなブラック職業」
「ふーん、じゃあなんか将来の夢とかはないの?」
ほんの少しだけ開いた窓から冷えた風と騒々しい男子生徒達の声が入ってきた。僕は質問に答えることが出来ず暫く黙っていたが、
「さあな」
と、無理やり誤魔化した。
その日の夜も、やっぱりあの公園に居た。
「………みたいなことがあったんですよ」
夜に昼間のことを思い出すと、眩しく感じる。まるで全てが記憶ではなくて空想なんじゃないかと思える程に。
「そこで涼芽さんに聞きたいんですけど、子供の頃将来の夢とかってありました?」
彼女はさっきあげたばかりの煙草を深く吸う。
「うーん」
声と共に煙草を吐き出すその仕草は、少し似合わない。
「小さい時からひねくれててね。夢なんて絶対叶わないと思ってた。だから、叶う夢しか持たなかったんだ。大学に行って、働いて、一人暮らしがしたい、そんな夢ばっかり。夢はみるものじゃなくて叶えるものってよく言うでしょ?そりゃそうだよ。夢をみて、それが叶わなかったら、きっとそれは悪夢だよ。そうなるくらいなら、私は夢をみない」
久々に彼女の険しい表情を見た気がする。もしかしたら地雷だったのかも……。
「でも、ほら、あの……最近は夢がないって人も多いですし、大丈夫ですよ」
何が大丈夫なのかは分からなかったが、少しでも励ましてあげたかった。
「そうだね、ありがと」
彼女は笑顔に戻ったが、“励まされてくれた”ようにも見えた。
「ところで、その友達、いい子だね」
「“いい子”……ですか?」
「うん、虚巣君の事、気にかけてるように思えるけどなぁ」
「そうですか? 接しててもそんな気はしないですけど……」
「そういうのは身近だと分からないものなんだよ。大切にしなね」
首を傾げながら頷いた。友達を大切にするのは、言葉にするだけでも照れくさいものだ。そもそも僕と彼は友達なのだろうか。そんなことを考えてるうちに今日の煙草も、もう無くなった。
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