Part4 深夜の密会
いい加減寝たフリも飽きてきた。スマホの電源を入れると、強い光に目が眩む。ディスプレイには『12月19日 2時05分』という文字列が煌々としている。親が寝室に入った音が聞こえたのが二十分前。そろそろいい頃だろうか。そっと身体を起こす。軽い頭痛がする。ベッドから出て、床に足をつけるとフローリングがひんやりとした。ギシギシという音をできる限り抑える。クローゼットを開き、服を取り出し、そっと着替える。その最中、寒さで肩が震えた。ファッションには疎く、四、五種類の服をローテーションしている。毎日涼芽さんに会うなら…少しくらい気を遣った方が良いのだろうか。
やっぱり静かに外に出る。うん、きっと今日も良い世界だ。今日も、この夜だけが良い世界なんだ。ポケットに手を入れ、昨日よりも軽快な足取りで階段を降っていく。自分でもしょうもないなぁなんて思うのだが、ポケットには新品の煙草の箱が入っている。あの時の小さな嘘の為、ダンボールから取ってきた。だが……
「ほんとに来るのかなぁ。来なくても……まぁ、不思議じゃないよな」
滑り台についてから5分も経っていないだろうに、妙な焦燥感があった。寒さのせいか、はたまた緊張や不安のせいか少し震える手で新しい箱の封を開ける。一本取り出し、香りを吸いこむ。数十秒こうしていると落ち着き、震えが収まった。口にくわえ火をつける。
大して好きではないこれが、どうしてこうも癒してくれるのか。きっとこれも含めた辺り一帯の空間が好きなんだろう。そこに彼女が来れば或いは……
「今晩は、虚巣君」
噂をすればなんとやら、だ。頭の中だから噂じゃなくて……何だろうか。
「今晩は、涼芽さん」
少しだけ彼女の真似をしながら言った。やっぱり涼芽さんは滑り台の階段を登り、隣にやってきた。さて、どんな会話から始めれば良いのだろうか。頭の中では、RPGや恋愛ゲームよろしく選択肢が並んでいる。趣味は? ……いや、これじゃ合コンか婚活だな。好きな食べ物は? ……聞いてどうする。年齢……もちろん失礼だよな。でも少し気になってはいた。いくつだろうか。雰囲気はとても大人びているが、三十歳はいってない気がする。
「あ、えっと、あの……」
沈黙に耐えられず、声を出してしまった。
「涼芽さんは仕事とか……何されてるんですか?」
うん、咄嗟に出た質問だが悪くない。
「仕事はね、バイトしてるよ。コンビニとかファミレスとかね」
少し意外だった。悟られないよう、出来るだけ表情を抑える。
「やりたいこととか、好きなこととか無くてね。ほんと、つまんないよ」
「ははは……」
苦笑いしか出来なかった。こういう時、一体どういう反応が正解なのだろう。とりあえず適当な相槌を打っておく。あぁ、これじゃあまるで……
「虚巣君は学校生活どうなの?」
……心でも読まれているのだろうか。
「学校は、なんと言うか、つまらないですね。涼芽さんと一緒です。ただ勉強して、友達も居ないですし、毎日こんな時間まで起きてるんで、休み時間とか寝てるだけですよ」
こんなに情けないことを正直に言える。やはり彼女には不思議な力があるみたいだ。
「本当に友達とかいないの?」
半分冗談で言ったところもあるのだが、彼女は思いの外真剣な眼差しでそう言った。少し申し訳ない気持ちになりながら考えてみる。
全く誰とも話さない訳では無い。だが、一回会っただけで心惹かれるくらいで無い限り、知らない相手と話すなんてこと出来るだろうか。まさにこの状況以外で、だ。だって、お互いを知らないのだ。それが何よりの理由である。関わりたくないと思うのは間違ったことだろうか。
「僕、好きじゃないんですよね。クラスメイト全員と友達で当たり前っていうか、その方が良いみたいな風潮。嫌いでもないけど、好きでもない相手と話すのって、少し疲れませんか?」
彼女の問いに対して答えを出すことなく、そう誤魔化した。そして言ってから、はっとした。
「じゃあ私のことは好きなんだ」
彼女のことだ。僕の回りくどい告白じみた台詞を聞き流すはずがない。彼女は笑顔で僕の顔を覗き込んできた。彼女の目を見ることは、出来なかった。正直に言えば、本当に正直に言うと、彼女の事が好きなのかすら分からなかった。今まで経験したことの無い感情に、困惑していたのだ。
「まぁ、どちらかと言えば好きですよ。どちらかと言えば」
「ふーん」
彼女は再び目の前の暗闇に向き直る。僕と彼女の関係は一体なんだろうか。知り合い? 友達? 恋人……はないよな。ここでふと頭に浮かぶ自問。
“彼女が、涼芽さんがもし死んだら……僕は泣くだろうか”
僕の答えは……いや、まだ答えを決めるには早いだろう。僕達は会ったばかりだ。それに……
“この答えがいつかきっと変わる事を僕は望んでいる”
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