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Part3 甘い香りと離れぬその名

 唇が重なると何も聞こえなくなった。耳鳴りのような、そんな感覚。驚きはない。きっとこんなもんだろう。初めてなんだ。初めてのキスが数分前に会ったばかりの名前も知らない相手ならこうもなるだろう。そう自分に言い聞かせ、必死に平静を装う。甘い、粘り気のある香りが全身を包む。頭がぼうっとする。まだ世界は眠っている。


 唇が離れ、直ぐに耳鳴りはなくなった。冷たい風が木の枝をすり抜け、鳴いていた。


「私が治してあげるよ。その傷」


 彼女は何時でも笑っている。だが、彼女が楽しくも嬉しくもなさそうに見えるのはどうしてなのだろうか。


「これからまた、ここで会わない? 話し相手になってくれたらいいんだけど」


「いいですよ。一人でいても、嫌なこと考えるだけなんで」


 自分でも驚くくらい、あっさりと他人と過ごすことを選んだ。一緒にいても疲れない人もいるんだな。この人のことを好きになったわけでも、信頼している訳でもない。きっと。だが、彼女に同情され、嬉しかったのだ。この世界で一人くらいは僕のことを分かって……いや、よく知っている人がいたっていいじゃないか。


「僕は毎日この時間、ここにいます。来たければ来てください」


 少しだけ語気を荒げて言った。いきなりキスをした女性と、毎晩二人で会う予定を立てる。それがとても恥ずかしかった。いや、緊張……高揚……の方が正しいのかもしれない。なぜそんなことを良しとしたのか自分でも謎だが、後悔はしなかった。彼女なら僕を助け出してくれそうな気がしたからだ。


「フフっ、そしたら明日も同じ時間に来させてもらうよ」


 僕は彼女の笑顔に呆気にとられた。初めて、初めてホントに心から彼女は笑った、と思う。あぁ、訂正しよう。やっぱり、少しだけ、好きになってしまった。


 彼女は滑り台の階段を二段下って、跳んだ。くるっと振り返り、スカートが広がる。今度の笑顔は……分からなかった。


「聞きそびれてたね。少年、名前は?」


 そういえばそうだった。煙草の火を滑り台の手すりで消す。とりあえず指で挟んだまま、彼女の方へ向き直り、少しだけ深く、肺に酸素を送る。


「僕は目代めじろ虚巣からすです。あなたは?」


鶯巣うぐす涼芽すずめ。よろしくね、虚巣君」


 そう言うと彼女は数歩後ずさりし、再び黒に溶けた。


 全てが夢だったのではないかと思えるくらい、彼女の痕跡は残っていなかった。だが不思議と彼女の唇の感覚だけは、どれだけ夜が更けても消えることはなかった。左手の人差し指で触れるとなんとも言えない恍惚とした気持ちになった。あぁ、明日も、この夜のために生きよう。

最後まで読んで下さりありがとうございました!次回は明日更新予定です。是非ブックマークや評価をよろしくお願いします!

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