Part2 真夜中に二人
「……え?」
薄い笑みを浮かべる彼女は、黒いコートのポケットに手を入れ、ゆったりと近づいてくる。これまた真っ黒なロングスカートが揺れる。服装のせいか、少しだけ茶色がかった髪が目立つ。僕は声をかけられたことも、煙草をつまんでいることも忘れ、ただ見蕩れていた。
「君、いくつ? 高校生?」
また、掴みどころのない声が夜を走る。遠くから聞こえるようでもあり、耳元で囁かれているようでもあった。そして、ふと、焦る。
「え、あ、えっと、高……校生ですけど、これは、その……親が、持ってろって…………」
意味不明。誤魔化すにしてももっといい嘘はつけなかったのだろうか。かと言って今更言い換えれば余計怪しまれる。狼狽え、泳ぎに泳ぐ僕の目に比べ、彼女はすっと真っ直ぐこちらに目線を向け続ける。次の一瞬、目が合う。その深淵はどこまでも広がり、見つめ合っているのに、僕のことは見ていないようだった。また引き込まれる。いつの間にか心拍は落ち着き、動揺も無くなった。
「別に私は君を警察に連れて行ったり、それを咎めるつもりは無いよ」
僕の手元を見てそう言う。彼女は滑り台の階段を一段ずつ登り、隣までやってきた。二人同じ方向を向く。彼女がいても、夜はずっと暗いままだ。
「その煙草、人混みで吸ったり、ポイ捨てしたりしてたらダメだよ? でも、ここで吸っているだけだろう? 私は構わないよ」
「そう……ですか……」
ほっとはしなかった。これから良くないことが起こる、そんな予感がした。
「身体には悪いかもだけど……自分の身体だ。どうなろうと自己責任だからね」
優しいような、意地悪なような、そんな表情。
「一本恵んでくれない?」
今度は意地悪さ二割増の表情になった。
「ん?」
「煙草、ね?」
「あぁ……えーっと、丁度これが最後で……」
どうして嘘をついたのだろうか。僕はそんなにケチだったか? もしかしたら、この人に煙草を吸って欲しくなかったのかもしれない。彼女は美しい。煙草はきっと似合わず、煙草を吸う僕もきっと彼女に似合わない。
「そっかぁ、残念」
信じたかは分からないけれど彼女はそれ以上欲しがらなかった。
「君、煙草好きじゃないでしょ」
少し伸びた灰が落ちる。直ぐにそれは暗闇に吸い込まれ、見えなくなった。しばらくの沈黙。これは……きっと応えなきゃなんだろう。
「えっと、どうしてですか?」
言った後に、質問を質問で返すのは図星の証拠だということを思い出した。
「君、少し辛そうに吸うよね。なんと言うか、煙草が吸いたいんじゃなくて、自分の事を汚して、傷付けたいんじゃないかって思ってね」
そんなつもりはなかった。でも、否定は出来なかった。煙草自体好きではない。街中で他人が吸っていれば、嫌な顔をするだろう。理由は分からない。そういうこともあるだろう。
「確かに、そうかもしれませんね。けど、百害あって一利なし、なーんて、よく言ったもんですよ。ほんとにそうなら吸う人は居ないだろうに……。僕はその一利が欲しいんです。それが僕のことを救ってくれるんじゃないかって。なんせ多くの大人たちの支えになってますからね」
目一杯の皮肉を込めた声でそういった。どんな表情をすれば、どんな感情になれば良いのかも分からず、ただ苦笑いをしながらもう一度吸う。火はあと少し。
「私が思うに、君みたいなタイプは……体よりも心が傷付いてると思うんだが……。別にそれが悪いとは言わないさ。誰にだって消えない傷の一つや二つ必ずあるもんだ。大きな傷を隠すために、ちっちゃな傷を自ら付ける。そうやって……忘れようとみんな必死なんだよ。そうだろう?」
いつの間にか彼女の声は、耳から離れなくなった。彼女の横顔を見る。近くで見ても、やっぱり綺麗な顔をしている。視線に気づいたのか、彼女もこちらを見る。本当に小さく、優しい微笑みだった。何も言えず、ただ時間が過ぎる。数秒の様で、数十分もそうしていたかのようにも思える。
不意に彼女が近づく。抵抗はできなかったのでは無い。しなかったのだ。そして二人はキスを交わした。
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