96 話し込んでみた
「てえことはハックお前、これを使えばこの世で敵なしレベルということになるんじゃないのか」
「かもしれないな。少なくとも距離をとって相手を仕留めるということなら、まずどんなものでも対処できそうだ。しかし一方、近距離の肉弾戦なら、魔物どころか人間相手でもほとんど敵いそうにない。その意味じゃ、『敵なし』という呼称にはほど遠いことになる」
「マジかよ」
「魔物に関してなら、現実に出遭ったもの、小説でしかお目にかからないもの、全部含めてたいていは何とかなりそうだが」
「そう……か?」
「ところでトーシャは、生物の定義って知っているか」
「定義? いや、言葉に出来る形では知らんな」
「まあ僕もそんなもので、専門家のような正確な表現はできないんだけどね。大雑把な言い方で許してもらえば、『細胞で構成されていて、栄養や酸素などを取り込み、恒常性や成長といった生命活動を行うもの』って感じで、大きなまちがいはないと思う。微生物やウイルスみたいなものになるとこんな感じの定義でいいものやら、そもそもそんなのを生物と呼んでいいのかとか議論があるらしいけど、ふつうにお目にかかる大きさのものならそれほど外れはないだろう。あの管理者《神様》の保証だと、この世界でもそれは同じなはずだ」
「ふうむ。まあ、それでことさら反対はないな」
「で、魔物も生物である限りは、この条件を満たしているはずだ。もしこの条件を満たしていないなら、そっちの方が対処は楽だ。生物でないんだから必ず『収納』できる、それで終わり」
「お、おう」
「小説に出てくる魔物の中には溶岩の中を泳いでいる奴もいたし、特殊な表皮でどんな攻撃も弾くって奴もいたけどな。しかしそいつらも生物である限りは、もし表皮などは頑丈でも、何処かに細胞に栄養や酸素などを取り込む器官がある。単純に言って、胃袋のようなものがあって食ったものを消化吸収しているはずだ。その胃袋に溶岩をぶち込まれて、耐えられるはずがない。逆に言うと、常に溶岩を弾くような器官が栄養を吸収できるはずがない」
「まあ……そういうことになるか」
「僕たちの『収納』だと、十メートル以内に近づけば、表皮の硬さに関係なく胃袋に溶岩をぶち込めるからな。理論上はそれで退治できるはずだ」
「ああ」
「まあこれも小説なんかだと、上位魔物あたりは『結界魔法』とかいうのを使ってどんな攻撃も受けつけないってのが出てくるわけだが。そんな魔法にはまだお目にかかったことがないから、こちらの『取り出し』がそれを超えて行えるものなのかは、実際にやってみなければ分からない」
「ああ、まあいるな。ラスボスクラスの魔王や古龍なんかだと、必ずそんな魔法を使えるんだ」
「そんな魔王や古龍なんかも、まず例外なく『旨い旨い』と言って飲み食いする場面が出てくるから、味覚や消化器官を持つ生物であることはまちがいないんだろう。しつこいようだが、生物でないなら『収納』して攻略終了なんだが」
「そういうことになるな」
「しかし、救いがあるのはな。攻略者がそんなラスボスのいる縄張りに入った場合、相手が即座に攻撃態勢になるということはまずない。たいてい、『よう来たのおワレ、まあ上がっていかんかいオンドレ』とか何とか、そこそこ近距離で余裕をもって話しかけてくるのが決まりだ」
「何でそこで、河内方面のオッサン口調になる」
「いや何故か、厨二病的科白を思い浮かべると背筋が冷たくなるんで、自動的に西日本方面の言語に変換してしまう機能を搭載しているようで――まあそれはともかく、そういう決まりだろ、たいてい」
「まあ、そうだな」
「その『よう来たのお』の発言中はまだ結界魔法を発動していない可能性が高いから、そのタイミングで口の中や胃袋に溶岩をぶち込めば、効果が期待できる」
「容赦ねえな、おい」
「しかしまあこのレベルだと、机上で考えても無駄だ。小説なんかなら、神たる作者が『魔王にはどんな攻撃も通用しない』と決めてしまえば、それで終わりなんだから。他のものだって、『魔法だから』の一言で理屈など吹き飛ばされたら、何も考えようがない」
「そういうことになるな」
「しかしこちらの世界では、その管理者《神様》が保証してくれているんだからな。生物以外は『収納』できる。生物なら味覚か消化器官か、何かしら吸収する部分を持つはずだ。一般的には口の中か胃の中に溶岩をぶち込めば、息絶える」
「そうだな」
「ということで、今のところ想像される限りの相手は対処可能だと思う。ついでに考察を進めて、小説に出てくる魔物の類いで胃袋を持っていそうにない代表といえば、ゴーレムとかゴーストみたいなのに分類される諸々になるんだろうな」
「まあ、そうだな。すぐに思い浮かぶものとしては」
「ゴーレムといえばもともとの起源は泥人形らしいし、小説の中では岩でできたものがポピュラーだが、そんなの頭からマグマを被って耐えられない気がするな」
「温度によって微妙かもしれんが、無事でいるとは思えんな」
「しかし小説に出てくる金属製のゴーレムになるとよく分からんし、特にミスリルとか空想上の金属を使われて、伝家の宝刀、神たる○○の決定で、どんな高温にも耐える、という設定にされたらお手上げかもしれない」
「わお」
「しかし一方これに関しては、百歩どころか一万歩譲っても異論は出ないと思うんだが、ゴーレムなんてもの、生物の範疇に入るはずがないよな」
「ああ。だから『収納』可能か」
「そう。生前その手の小説を数十作読んだ結果の当社調べで、ゴーレムを相手にして『収納』の類いを実現したのが二作、そんなスキルを持ちながら試みることもなく正面から戦闘を選んだのが残り数十作だった。とにかくも作者と登場人物と読者が戦闘を愛して止まない表れなんだろうな」
「……何というか」
「一方、『収納』を実現した二作というのがどちらも、敵対する側が主人公側の城とかに侵入して引っ掻き回すためにゴーレムを『収納』で運び込む話だった。つまりその手の作者にとって、ゴーレムを『収納』可能かどうか考慮するのは、主人公に苦難を与える目的だけに限られるようなんだな。あくまで当社調べだが」
「マジかよ」
「しかしまあその辺は置いといても、当社の調査で、ゴーレム『収納』可能が二作、判定棄権が数十作で、可能判定は十割という結果になる。もしこちらの世界にゴーレムが出現したとして、『収納』不可という予想は立たない。もし胃袋もないのに生物扱いで『収納』不可というなら、管理者《神様》様を呼び出して三日三晩問い詰める案件だな」
「ああ……」
「ついでにもうひとつの、ゴースト関連だが。ゾンビだろうが踊る白骨だろうが、顔のない鎧だけの武者だろうが、とにかく死体や装備品だけなら文句なく『収納』できるわな。そういう実体部分が消えてしまったら、あいつらどうするんだろう。それから、ポルターガイストだの瘴気に満ちた霧だのも、物体であるものは『収納』できる。少なくとも『収納バリア』でこちらに影響は及ばないようにできる。あとは、何があるかな」
「ゴースト、つまり幽霊そのものは『収納』できないだろうな、たぶん」
「おそらく、生物どころか物体でさえないんだろうからな。そもそも、ゴブリンだとかオークだとかみたいな明らかに生物の端くれみたいなのと、ゴーレムやゴーストなんていう明らかな非生物とを同列に並べて扱う非科学的精神が信じられないわけで。それはともかく、だから根源退治はできないにしても、少なくともこちらに害することはさせないように相手することはできるわけだ。残るのはよく分からん『精神攻撃』とかいうやつだろうが、それが音波とか空気振動みたいなので作用するなら『バリア』できそうだ。それ以上の直接精神に作用する、○○が『魔法だから』の一言で済ませそうな設定だったら、お手上げか。こっちの世界ではまだそこまで魔法が熟成されていないことを願っておこう」
「何とも、だな」
「とにかくも今ここでしている暇つぶし議論の目的は、この世で現れる可能性のある魔物とかへの対処だからな。物理法則を無視した魔法やこの世のものでない存在が現れない限り、今の装備で何とかなりそうだ、ということだ」
「暇つぶしだったのかよ。まあ、結論には同意するが」
「とにかく暇に任せて話が寄り道したが、別に小説にしか出てこない類いの魔物などと対決する想定をしているわけじゃない。こちらの現実が前世の現実と相違点が多すぎて、特に『収納』の利用法や魔物への対処法なんかについては参考にできるのが小説しかない、という事情だけだからな。こちらの実態に合わせた部分だけを想定しておけばいいわけで、それを超えたことが起きたら諦めるしかない。実際本当に魔王や古龍みたいなのが近づいてきたら、僕は真っ先に逃げさせてもらうぞ」
「反対意見はないかな、その辺についちゃ」
さて、そろそろ食後の腹も落ち着いたかな、と伸びをして立ち上がる。
こちらからは岩陰になる兵たちの宴跡を覗き込む、と。わずかに動くものの気配が感じられた。
「まだ残党がいたかな」
「本当か」
戻ると、夥しい仰向け屍体が転がる岩地の向こう端、大岩の陰からさらに三匹、同種のトカゲが姿を現していた。
群れに遅れた個体、ということになるのか。それにしてもこれだけ時間が経ってから姿を現すとは、さすがに動きがのろい。
岩地のこちら側まで到着するのに、まだしばらくの時間を要しそうだ。
「わずか三匹だろうが、そのままにしておくわけにはいかないな。例え一匹だとしても、町中に入れたらたいへんなことになる」
「だね」
頷き、剣を握ったトーシャに続く。
一面屍体が転がる岩地に踏み込もうとしたところで、人声が耳に入った。背後の、街の方向だ。
「衛兵たちが来たかな」
「そのようだな」
振り返り、長身のトーシャが首を伸ばした。
下り坂になっているやや先の茂みから、木々の枝を折る音、数名らしい話し声が聞こえてくる。
少し待つと、革の鎧を着けた衛兵の姿が現れた。
先頭の三名のうち門で見かけた覚えのある男が、声を上げた。
「おおトーシャ、やっぱり先に来てたのか」
「ああ」剣士は親しげな口調を返す。「こいつと話していたら、魔物退治に何とかなるかもしれない方法を思いついたんでな。試すのにも少し手間がかかるんで、早めに出向いていた」
「そっちのは、ああ、こないだトーシャの友人と言ってた奴か。で、退治の方法だって? どんなことだ」
「あのトカゲ、昨日も言ったように普通だとまったく剣も何も効かないんだがな。ひっくり返して腹の方から攻撃したら、喉のあたり一箇所だけ剣が通るんだ」
「本当か?」
「そりゃ、朗報だ」
話している衛兵の隣の男が、堪りかねたように走り出てきた。
残り数メートルの坂を登り、前方を覗いて驚嘆の叫びを上げる。
「な、何だこりゃあ!」
「何だ、どうした」
残りの兵たちも足を急がせて登ってきた。
次々と茂みから姿を現して、総勢二十名ほどのようだ。
「うわあ、何だ?」
「こんなにいたのか?」
「これ全部、お前たち二人で倒したのか?」
まあ、驚嘆に無理はない。
眼前に広がった岩地に、夥しい数の大きな死骸が累々と転がり広がっているのだ。
正確に数えていないが、結局百を超えていると思われる。
傍に寄ってきていた最初の男に、トーシャは説明を続けた。
「方法が見つかったら、そこそこ楽ではあるんだ。相手はとにかく動きが遅いんでな。向こうに見える板で横からひっくり返してやって、喉を剣で刺し貫いてやる、それだけのお仕事だ」
「なるほど、な……」
「しかしこの数、尋常じゃないぞ」
「これが全部街まで来ていたら、とんでもないことになっていたろうな」
「おい、あれ――まだ生きているのがいるんじゃないのか」
「ああ。俺たちももう終わったと一息ついていたら、かなり遅れて出てきたんだ」
問いかけてきた兵に、トーシャが答える。
呆然としかけていた表情をやや引き締めて、兵たちはゆっくり近づいてくる残党を睨みつけていた。
「確かに、動きはのろいな」
「しかしあれ、舌か? あれだけは素速い動きだ」
「あれだけに気をつければ、攻撃法が分かっているなら何とかできそうか」
頷き合って、こちらの剣士の顔を見る。
「それならトーシャ、その方法ってのを教えてくれ。俺たちで一度試してみたい」
「いいよ」