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78 邸に招かれてみた

 北方向を見通しても、男たちの影も見当たらない。しかし、そのうち仲間を連れて戻ってくる、などということがないとも限らないだろう。


「とにかく、急いで町の中に戻りましょう。僕たちはノウサギ狩りをしていたところで、そちらに仲間を待たせているんです。呼んで一緒に戻るということでいいですか」

「はい、よろしくお願い」


 さっき森から出てきた辺りの木立を見ると、サスキアが顔を覗かせていた。

 その陰に隠れるようにして、ニールも心配そうに覗いている。

 そちらに寄っていきながら、令嬢に尋ねた。


「それにしても、こんなところに何をしにいらしたんですか。オオカミや魔物が出るかもしれない、危ない場所ですよ」

「その、先日大きな魔物が退治されたところと聞いたので、見に来たのです」


 どうも、貴族令嬢らしからぬ好奇心と行動力を持った御仁らしい。

 見慣れない人間が近づくにつれ、ニールはほとんどサスキアの背後に隠れる格好になっていた。

 二人に簡単に事情を説明し、傍らの荷車を覗いて頷きかける。


「全部まとめてくれたんだな、助かる」

「うん」


 狩って解体を終えたノウサギが一通り袋に入れられ、荷車に縛りつけられているようだ。

 目標より二羽程度足りないが、とりあえずこのまま引き上げることができるだろう。

 振り返って、マルゴットに話しかけた。


「お嬢様の身なりで森の中を抜けるのは難しそうですから、大きく回って北門を目指しましょう」

「はい。馬車もそちらに向けて走っていきましたから、誰か迎えに来るかもしれません」

「そうなったら、心強いですね」


 いつものように荷車を引き、後ろからニールとサスキアに押してもらう。

 護衛の男はまだ臑が痛むようなので、アルトゥルが肩を貸して歩く。

 マルゴットの服や靴はとても野駆に向いているようではないが、とりあえず草木の少ない平地を歩くことに不自由はなさそうだ。

 ということで、森の縁と草地の狭間を縫うように進み、いつもより迂回して森の出口側に近づくと、やや離れて北の門が見えてきた。


「あ、馬車がいました」

「あれですか。ああ、こちらを見つけたようですね」


 門のすぐ外側に、遠目にも豪奢な馬車が停められていた。

 マルゴットが手を振ると、その脇から衛兵二人と男女一人ずつが駆け出してくる。


「お嬢様、ご無事で!」

「心配かけました」


 駆け寄ってきて抱きつかんばかりの勢いの侍女と御者らしい男に、マルゴットが事の次第を説明する。

 一緒に駆けつけた顔見知りの衛兵たちも、安堵の息をついていた。


「お嬢様が難に遭ったと聞き、急いで兵を派遣したところでした」

「森の中を走っていかせましたので、入れ違いになったようです」

「そうですか。手間をかけました」

「ハックくんはよくやってくれた。お手柄だ」

「いえ」


 マルゴットは脇から侍女に抱きかかえられるような格好になりながら、門まで戻ることになった。

 ほとんど時を合わせたように、町中から先日も会った中隊長と兵が数名、駆けつけてきた。門から報せを受けて、領主邸から派遣されてきたらしい。

 もっと上の武官や大人数の兵も準備を始めているという。


「お嬢様にお怪我がなくて幸いだった」中隊長が安堵の顔で唸った。「しかしその賊たち、二人と言ったか? 何処の手の者であろう」

「見た目は普通の町民で、柄の悪いチンピラ、といった感じでしたが」


 答えると、「うーむ」と唸っている。

 しかしすぐに顔を上げ、


「ともかくも、お嬢様を領主邸にお送りしよう。ハックくんも一緒に来てくれ」

「僕もですか?」


 肉を売りに行くなどの用があるので辞退したいところだが、中隊長は許してくれなかった。

 君に来てもらえなければ自分たちの任が果たせない、と強硬に主張する。

 仕方なく、獲物の始末はニールとサスキアに任せ、アルトゥルとともに先に帰すことにした。


「悪いが、頼んだよ」

「分かった」


 サスキアが力強く頷き返す。ここ数回、肉屋と料理屋を回るのにつき合ってもらっているので、要領は分かっているはずだ。

 人とのやりとりの面を別にすれば、ニールも十分に慣れている。


「では、ハックさんも一緒に乗ってください」


 三人を先に門を通らせた後、マルゴットに声をかけられた。

 侍女とともに馬車に乗って、領主邸まで同行せよと言う。

 馬が斬りつけられたと聞いたが、ほとんど怪我はなく、驚いて狂乱しただけだったらしい。さっきもしばらく走った後で落ち着きを取り戻し、北門に到着したということのようだ。

 馬車で門をくぐり、中隊長が騎馬で横について、領主邸に向かうことになった。

 ノウサギ狩りに出てきたのは午後になってからなので、そろそろ日が傾いてきている頃合いだ。

 車内では侍女とともにお嬢様の向かいに座らされ、甚だ居心地の悪い道行きになった。

 今まで出会ったことのない高貴さを隠せない装いの異性で、外見も非の打ちどころがないとしか言いようがない。美しい金髪に碧眼、前世で言うところのフランス人形が生命を宿した、とでも表現したくなる印象だ。

 どうにも落ち着かないので、何とか世間話に努めることにした。

 自己紹介めいた話によると、領主の子どもはマルゴット一人だけで、夫人は五年前に死亡しているのだそうだ。今十六歳のこのお嬢様は、年の近い友人もなく刺激の少ない生活を送っているという。

 こちらからはいつものように、以前の記憶がないこと、現在は孤児たちと生活を共にしていることだけを伝える。

 あまり詳しい自分語りをするつもりはなかったのだが、侍女がやや興奮気味に声を上げてきた。


「確かハックさんは、魔物が襲来したときに活躍されたという方ではありませんか?」

「まあ、そうなの?」

「いや、あれはたまたまで」


 これもまたいつものように、「剣に秀でた友人がいたので」と説明をしたが。

 きらきら目を輝かせたお嬢様に、その辺りの詳しい話をせがまれることになった。

 ただ、ほどなく領主邸に到着をしたため、あまり墓穴を掘る事態には到らずに済んだ。

 邸内に入ると、大きな胴間声に迎えられた。


「マルゴット、無事だったか?」

「はい、お父様」


 駆け寄ってきた領主は、娘の無事を確かめて安堵の様子になっている。

 簡単に話を聞き、着替えをするという娘を見送って、ようやくこちらに目を向けた。


「ハックにはまた助けられたことになるな。礼を言う」

「たまたま居合わせただけですが」


 アルトゥルとサスキアがいてくれるという心強さがあるから暴漢にも向かっていけたわけで、相手をすぐに追い払えたのも自分一人の力ではない。

 そう説明したが、あまり理解したようでもなく大男はばしばしとこちらの肩を叩いてきた。


「まあとにかくも、娘が世話になった。礼をしたいから上がっていってくれ」

「はあ」


 主人に言いつけられた家令らしい男にほぼ有無を言わせず引き立てられ、応接室らしい部屋に招き入れられた。

 料理屋で食事を共にした件を別にすれば、領主様と一対一で向かい合わせに座らされるという扱いは初めての経験だ。

 商会長たちとの会談のときとは比べものにならない豪華なソファに落ち着き、家令の男だけが主人の後ろ横に控えた格好になっている。


「どういうわけか、お前にはいろいろこの家に幸運を運んでくれる縁があるようだ。この縁は大切にしたいところだな」

「恐縮です」

「一人娘に何かあったらと思うと、肝の冷える思いだぞ」

「それなんですが、今日の暴漢は何の目的なんでしょうね。見た目は柄の悪い普通の町民、といった感じでしたが」

「うむ――その辺はよく分からんな。隣の領の刺客という可能性もあるが、何処かそぐわないようにも思える」

「お嬢様が町民から恨みを買うような理由など、考えられませんか」

「あり得んな。これまで、町民との交流はほぼ持っていないはずだ。本当に町民なら、俺への恨みか何かからのものかもしれぬ」

「そうですか」

「まあとにかく、早急に調べさせることにする」


 そんなやりとりをしているうち、着替えを済ませたマルゴットが入室してきた。外出着よりさらに着飾った見映えの、華やかなピンクの装いになっている。

 顔を洗い髪を整えたということだろう、さっきまでよりもいっそう地の美しさが増して見えている。

 自分の横手に座らせて、父親のいかつい顔にやや目尻が下げられた印象だ。

 改めて、金髪の娘は深く頭を下げてきた。


「本当にハックさん、ありがとうございました」

「いえ、ご無事で何よりです」

「お父様、さっき馬車の中でも聞いたのですけれど、ハックさんは魔物を退治した英雄なのですってね」

「うむ。これまでも、さまざまにこの領の力になってくれている。山で塩の層を見つけてくれたのを始め、何度も魔物の撃退に協力してくれた。最近ではパンを作るイーストというものを製産して、領の経済発展に役立ってくれている」

「まあ、すごいのですね」

「領としては、何としても手放したくない人材と言えるな」

「そうなのですか」


 目の前で領主にやたらと誉め称えられて、何とも居心地が悪い思いになってきた。

 その娘が目をきらきらさせて打つ相づちに、ますます話が膨らんでいく。


「先日も言ったが、ハック、お前この領に仕える気はないか。今日の功績も加えて、悪いようにはしないぞ」

「はあ……」


 かなりの煽てあげの上で、再提案が切り出された。

 何とも話の流れ、いわゆる場の空気の具合から、思わず乗っていきたくなる誘惑にも駆られるわけだが。


「ありがたいお話ですが、先日も申し上げましたように……」

「ふむ。これでもその気にならぬか」

「ハックさん、何が不満なのですか?」

「いえ、不満というわけではなく。この弱輩者にあまりに過分なご提案ですし、今共に働いている者たちへの責任もありますので」

「そんなこと、気にしなくてもいいでしょうに」

「まあマルゴット、あまり無理を申すでない」


 苦笑で、領主は片手を軽く振った。

 口元は笑っているが、その目はそれほど愉快そうでもない、という気もする。


「悪いようにはせぬ。ハック、もうしばらく考えてみるとよい。今日は娘を救ってくれた礼だ、晩餐を供するので、ゆっくりしていくとよい」

「そこまで大げさにしていただかなくても……」

「よい。まさかこの領主の誘いに乗れぬとは言わないだろうな」

「いえ、ありがたくお受けしたいと思います。何分にも礼儀など知らない不調法者ですが」

「そこは、気にせずともよい」

「は、ありがとうございます」


「それでは晩餐に向けて装いを改めなければ」と、マルゴットは部屋を出ていった。

 領主も家令と打ち合わせをしながら、「しばらく寛いでいるとよい」と言い置いて出ていく。

 高貴な人たちとの会話を一区切りして、ほう、と一息つくことになった。

 それでもまだ落ち着かず、姿勢も崩しすぎないように気をつけて、テーブルに置かれた茶を口にしていると。

 しばらくして入室してきた侍女が、声をかけてきた。



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[一言]  こんなやらしい町からみんなを連れて旅立つ気のハックくんと自分たちにどれだけの幸運を与えたのか理解しながらそれになんら報いるワケではないが体よく取り込もうと軽く考えてる領主の裏がわかる読者目…
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