74 打ち合わせしてみた
脇で横向きに片膝を抱えていたトーシャが、ううむ、と唸った。
「相手が荒事に慣れた者を送ってきた場合、こっちで戦力になるのはサスキアだけか」
「横で棒や石なんかで助勢できるのが、ブルーノとルーベンに俺程度だな」
「まあサスキアで対処できないほどの人数を繰り出して大ごとにするとは思えないが、それにしても心許ないな。俺は明日くらいにここを発って南へ向かうつもりだったんだが、しばらく用心棒で残ることにしようか」
「そうしてもらえると心強いのは確かだが――もしかすると長期戦になるかもしれないからなあ。トーシャの言うような大人数で直接ここを襲うというのは、まずあり得ないと思うんだ。前の空き地と違ってここは住宅地の中なんだから、それこそ大騒ぎになってしまう。そんな危険を、大商会が冒すことはないだろう。いちばん可能性が高いのは俺を拘束すること、その次は誰かを人質に取ることだと思うから、そこを十分気をつけていきたい」
「そうか」
「トーシャには、自分の希望を優先してもらった方がいいと思う。何でも、マックロート近くの山に魔物の目撃が増えているという情報があるんだろう?」
「ああ、そういうことだ」
「そう遠くないうちに俺たちもそっちに移動することになるのは、不可避だと思う。そっち方面の危険を排除しておいてくれるのは、助かる」
「そうか」
「あと近日中に向こうへ発つなら、頼みたいことがあるんだが」
「何だ」
マックロートに向かう道すがら、南隣のムンドリー村に住むダグマーという男の家を訪ねてもらいたい。
以前世話になった礼として、ミソと焼き立てパンを届けてもらう。
加えて、もし子どもたちがここを出て移動することになった際にはまずムンドリー村に寄ることになるので、便宜を図ってもらえるとありがたい。
ムンドリー村は、この町を出ると最初の宿泊地になる位置どりだ。野営用の場所が設けられているという話だが、これから寒くなる季節、小さな子どもには厳しい状況も予想される。
そう説明すると、トーシャは快く引き受けてくれた。
「分かった、引き受けよう」
「頼む」
再開したミソ仕込み作業の監督をニールに任せて、出かけることにする。肉屋と料理屋と、打ち合わせをしておこうと思うのだ。
そう告げると、サスキアが立ち上がってきた。
「同行しよう。ハックの身柄が狙われる可能性が最も高いのだろう? 一人歩きは避けるべきだ」
「済まない」
サスキアとしてはニールの警護が最優先なのだろうが、この家にみんなといる限りはまず心配がない。今日はブルーノが残り、イザーク商会の三人は護衛を兼ねている。加えてトーシャに留守を頼むと、「承知」と頷いてくれた。
この二日間ノウサギ狩りに行けていないので、肉屋のヤニスはこちらを拝まんばかりの様子になっていた。
このところ周辺の安全に不安があるので今までほど狩りに出られないかもしれないと告げると、いかつい髭の丸顔がくしゃりと顰められる。
「何とかならんかなあ。西の壁工事が始まって、他に狩りに出る者はほとんどいなくなっているんだ」
「安全が確保できる限りは何とかしてみたいと思いますが、毎日どれだけとは約束できそうにありません。大まかには、二日に一回程度、今までより一回の量を増やして、ということでいいですか」
「まあ、仕方ない。できるだけということで、頼む」
「はい」
料理屋に移動すると、デルツにはさらに輪をかけた悲壮な顔で懇願された。内臓肉の在庫が切れると、事実上料理屋として営業できなくなるのだ。
肉屋は干し肉や燻製肉の販売で何とか店を開けるが、こちらは内臓が日保ちしないので、三日入荷が途切れるとお手上げだという。
「今はまあ、パンの売上げでやっていけるけどさ。本業の店が開けないんじゃ、情けないことこの上ない」
「分かります」
こちらはミソの最大の顧客だし、仲間のナジャを雇ってもらっている。パンと合わせていろいろと利害が一致しているところなので、何とか便宜を図っていきたいとは思っている。
肉屋と同様に「できる限りは何とかしてみる」と打ち合わせて、その場は辞することになった。
帰途を辿りながら、サスキアが問いかけてきた。
「ということは、今日これから狩りに出るのか?」
「ああ、そうしたい」
「さっき確認したところ、やはりニールも狩りの手伝いと薬草採りは続けたいということだった」
「そこなんだよなあ。ニールの安全は、絶対確保したい」
「ニールは当然だが、お前もだぞ。言ってみれば、狙われる危険が一番と二番の二人組ということになるのではないか」
「まあ、そういうことになるな」
「その二人で人目のない森へ出かけるなど、以ての外だと思うのだが」
「しかし、聞いた通りだ。できる限りでも、これは続けるしかない」
「仕方ないな」女剣士は、これ見よがしに嘆息した。「狩りには、わたしが同行することにしよう」
「いいのか?」
「仕方ない。二日に一度と、頻度を減らしたことだしな。協力しよう」
「助かる」
仲間内で最高戦力のサスキアが護衛してくれるなら、かなり心強いと言える。
ただし、やはり気をつけなければならない。さっきの打ち合わせで「住宅地の中、サスキアで対処できないほどの人数を繰り出して襲うという大騒ぎを、大商会が起こすことはないだろう」という話があったが、森の中ではその限りではないことになる。
しかし一方で、森では常にノウサギの気配を求めて活動しているのだから、そうした襲撃者の接近はおそらく逸早く感知することができる。
危険が迫ったらとにかく早く逃亡を図る、その一手だろう。
そんな打ち合わせをしながら、護衛役とともに帰宅した。
そのまま住居の警護はブルーノとトーシャに任せて、ニールと三人で荷車を引いて森に向かった。
噴火と魔物騒ぎのため久しぶりの森だが、木々の下草はそんな名残も見せず静かに落ち着いている。
「ここまでは魔物も寄ってこなかったという話だったな?」
「ああ。この森を抜けた向こうが最後の戦場で、かなり草地も荒れてしまったけどな」
「ここまで荒らされずに済んで、助かったな」
魔物の死骸は衛兵たちが片付け作業をしているということだったが、もう終了したものか、聞いていないしここからでは見通せない。
例の山側の森は魔物に荒らされて、多くの動物が焼死体になったし生き残りは大移動を行ったはずだ。こちらに影響はなかったか、『鑑定』で見回してみると、ちらちらとノウサギの小さな『光』が蠢いて見える。
とりあえずは、狩りに悪影響はなさそうだ。
むしろ長らく狩りを続けて森の手前側に獲物は少なくなってきた印象があったのが、その騒ぎでこちらに戻ってきているような手応えだ。
「今日はこの辺でもノウサギを待てそうだな。ニールもその辺、薬草を探せそうじゃないか」
「うん」
頷いて、子どもは何度か採集をしている木の陰に回っていく。サスキアも、少し距離をとってその背を追っていった。
やや離れた岩の陰に回ると、ノウサギが寄ってくるのが見えた。
すぐに、狩りは成功。続けて二羽三羽と狩ることができた。
「おや、その薬草は前のと違うのではないか?」
「うん。今ハルクの葉はうちの畑で栽培できている。こっちは解熱剤用の薬草」
「そうなのか」
一息ついていると、二人の声を押し殺した会話が聞こえてきた。
何だかんだ言って、サスキアも楽しそうだし、ニールも他と話すときより口数が多くなっている。
日頃は就寝時くらいしか二人きりになれないので、ここはいい気晴らしになっているらしい。
それでも動物が接近するたび、サスキアは首をもたげて辺りを窺っている。やはり怠りなく警戒はしているようだ。
結局場所を変えながらノウサギを十二羽狩って、森を後にすることになった。
「やあーーッ」
カーーン!
「よし、その調子だ」
「惜しい! ルーベン頑張れ!」
肉類を売り払って住居に戻ると、庭でルーベンがトーシャに剣の稽古をつけてもらっていた。
木の棒で、何度も打ち込む。教官は、それを苦もなく払い流す。
土の上に腰を下ろして、他の子たちは賑やかにそれを応援している。
すっかりこの剣士は子どもたちに懐かれ、溶け込んでいるようだ。
それだけに、「明日この地を発つ」と告げると、ルーベンを筆頭にかなり嘆かれたらしい。その埋め合わせよろしく、本日二度目の剣の稽古につき合う羽目になったのだとか。
この日の夕食は、貯蔵していたノウサギ肉をいつもより大量に持ち出して、賑やかに焼肉にした。
トーシャへの送別と、ここのところの噴火と魔物襲来が落ち着いた祝い、というところを名目にする。とにかく昨日も一昨日も、夕食時には慌ただしく過ごしていたのだ。
前日も聞いたトーシャの魔物退治の話、南の地にも魔物出没が目撃されているという噂など、みんな目を輝かせて食いついている。
「トーシャさん、国中の魔物を退治して回るんだね」
「力の及ぶ限りってやつだな。これだけ出没が続いているんだ、今後もなかなか魔物がいなくなるということは期待できないだろう。できれば種類ごとに性質や対処法をまとめて、俺の他にも魔物退治に参戦する奴が増えるようにしたい」
「そうじゃないと、みんな安心して生活していけないか」
「そういうことだ」
ただ憧れのように身を乗り出すルーベンに加えて、ブルーノも感心の素振りで頷いている。
食事の後はトーシャと作業場に移動して、二人で話す時間を持った。仲間たちも理解して、気を利かせて二階へ上がっていったらしい。
「とにかくトーシャ、魔物狩りには気をつけろよ。どんな新種が出てくるか分からないし、あのゴ○ラモドキみたいなのがまだいるかもしれない」
「油断はしないさ。あのゴジ○みたいなのだって、落とし穴に落として上から岩や土で埋めてやれば、すぐに仕留められなくてもしばらく動きを封じることはできる。少なくとも村や町に警告を回す余裕は作れるだろう」
「落し穴に埋めてから、頭部の周りの酸素を抜いてやるという手がありそうだな。魔物にしても動物の一種なら、酸素は必要なんだろう」
「おお、試してみる価値はありそうだな。その方法なら、まずどんな動物にも効き目はあるか」
「あとしばらく前から考えているんだが、空を飛ぶ鳥の類い、ワイバーンとかだったら、落し穴は効かないだろう。どうもこの世界では飛道具が限られていて、なかなか対処が難しそうだ」
「そうだな。接近を待って剣に頼るしかないとは思うんだが、ゲームとかだとそいつら、強い風を巻き起こして吹き飛ばそうとするんじゃなかったか」
「何処まで接近を許すことができるか疑問だが、隙を見て口の中とか、できるなら胃の中とかに岩をぶち込んでやるという手があるかもな。どれだけ飛行の力を持つか分からないが、動きを不自由にはできるだろう」
「なるほど。それ、いただきだ」
まだ実際に遭遇していない架空の敵相手の話なので、いくぶん呑気に話し、笑い合う。
話のやりとりで勝手に想像を広げながら、トーシャは首を捻った。
「ワイバーンとかみたいなやつになるか、それともあの○ジラモドキの流れで、怪獣映画に出てくるようなのになるか、か。どれにしても、翼で凄い風を巻き起こしたり、口から火とか超音波とかを出して攻撃してくるってことになってるんじゃなかったか」
「風にしても火や超音波にしても、空気か何らかの物質が飛んでくるわけだよな。どれだけの規模になるかにもよるけど、生物以外の物質である限り、『収納』で消せる理屈だ」
「マジかよ」
「生物以外は『収納』できるという、管理者《神様》の保証なんだ。それができなかったら管理者《神様》が嘘をついたということになる。この世界の神は嘘つきだと、全世界に触れて回ることにしよう」
「おいおい……」
「あの管理者《神様》、そういうところはメンツを気にしそうだから、たぶん嘘つき呼ばわりされることはしないと思うぞ」
「何処まで信じていいのやら、だな」