68 対敵してみた
十名ほどの先発隊に続く残りの出発は、少し待たされることになった。領主邸から投石機を出してきて、現地へ運搬するのだという。
報告を聞く限り、剣や弓矢で対抗できる相手ではなさそうなのだ。
それを待つ間衛兵たちと少し離れて、トーシャとこの間の情報交換をした。
ひと月以上という長期間になったが、トーシャはずっと魔物を探して歩き回っていたという。
かなりの量の水と食料を『収納』していたし、ノウサギ等の肉の入手に不自由しない。寝具も石の家もあるので、ふつうの野宿よりはかなり快適だ。そういうことで、さほど困窮もなく野駆を続けていたらしい。
魔物については、ネズミやイタチに似た姿で大型のものなど、何種類かに遭遇した。征伐することで、レベルアップも果たせた。ただし最初に比べると、アップ度も少なくなっているという。まあ、そういう仕様なのだろう。
そうしているうち、一昨日の地震と噴火に遭遇した。
かなり離れた山腹から、溶岩流も目撃した。
「それで慌ててこちらに戻る途中、馬鹿でかい魔物を見つけたわけだ」
「ふうん。そのタイミングならやっぱり、噴火が影響しているのかな」
「おそらくな。山奥にいたのが噴火で落ち着かなくなって移動を始めた、というのは十分ありそうだ」
「前のオオカミモドキたちもそうだったみたいだしね」
こちらからも、孤児たちと同居していること、イーストとミソの製造をしていること、などを話す。
その辺を詳しく話していると時間がいくらあっても足りないが、今はとにかくその魔物の件が最優先だ。
真っ直ぐこの町に向かってくるとしたら、先日のように町民全員が避難しなければならなくなる。
詳しく訊くと。やはり魔物の外観は、特撮ものの怪獣そのままらしい。いちばん近いのは、まちがいなく「ゴジ○」だと。
ティラノサウルス辺りを連想させる二足歩行で、かの恐竜よりも両腕は強靱そうだ。
遠目には体表が鱗状態に見えた。大きな木をなぎ倒して進む様子からして、表皮もかなり頑丈そうだ。
「しかしここにきて、怪獣○ジラかよ。あの神様《管理人》、何を考えているのやら」
「考えはともかく、自分でもそんなことを言っていたように、地球のそういう創作物を参考にして創造したということはありそうだね」
「まあ一応、映画のゴ○ラより態は小さそうか。本家は確か、身長四~五十メートルくらいだったよな」
「その大きさはさすがに、あの人もオーバースペックと思ったかな。高層ビルも何たらタワーもないんだから、絵面的にも映えない」
「まあ、な」
「しかしまさか、大きさ以外は本家そのまま、なんて言わないだろうな。ゴジ○にしてもその他の怪獣にしても、もういろいろ記憶はごっちゃだけど、とにかく大砲もミサイルも通用しなくて、水爆落としても平気だったってのなかったか」
「その点でもオーバースペックという判断で、もう少し抑えてくれていないかな」
「映画の怪獣との比較はともかく、小説の魔物なんかを参考にしているという可能性もあるよね。ラスボス待遇の何たら龍に近づけているとか。火を噴くなんてやつ、現実の世界にもあり得ないだろうし、これまでの魔物たちにもいなかったわけで」
「ラスボス――勘弁して欲しいな」
「小説の龍なんてのもピンキリで、冒頭すぐに最強になった主人公に瞬殺されるのもあれば、本当にラストで最強の敵になるのもあるわけだけど。とにかく魔物の中では最強レベルの存在で、火のブレスも噴くし魔法を使ったりするんだよね」
「魔法って、おい」
「今回のやつも火を噴くっていうんだろう? ふつうの生物体系ではあり得ない。魔法の類いを使っていると思うべきなんじゃないのか」
「考えたくねえなあ」
「火を噴くというのが事実なら、目を背けるわけにもいかない」
とはいえ、魔物の使う魔法などというものに実際遭遇したことはないのだから、対策の立てようもない。
こちらとして想定できる攻撃法は――。
離れたところで相談を続ける衛兵たちを見ながら、考える。
「こっちでできそうなのは、頭上から岩を落とすとか、落し穴を空けるとか、だろうけどな。あの衛兵たちと一緒に戦うということなら、それも難しいぞ」
「だな。しかし俺の剣も通用しそうにない相手なんだから、衛兵と同行を断ってこっちだけでやらせてくれと言うわけにもいかんし」
「本当に身長十メートルあるんだとしたら、頭上に岩を出現させるのも届かない可能性があるしな」
「厄介だな」
「ああそうだトーシャ、これできるか?」
思い出して、雨の日に試してみた『収納バリア』を教えてみる。
「身体の周り一メートルの地点で向かってくるものをすべて『収納』」と指示を続けていれば、大型魔物が石礫を飛ばしてきても木が倒れてきても、防げるのではないか。
実際トーシャに実行させて石を投げつけてみると、見事に衝突前に消え失せる。
「おお、確かにできるな。強力な防御になる」
「本当にいざというときは、これを二メートル範囲に広げれば、周囲の何人かも護ることができるかもしれない」
「なるほど、覚えておこう」
「今回の魔物は火を噴くわけだろう? 物理的には熱を持った空気とか燃焼物が飛んでくるということなら、『空気も含めて自分に接近してくるものを収納』と指定しておけば、かなりのところ防げると思うんだ。熱そのものはどれだけ遮断できるか疑問だが」
「なるほどな」
間もなく、投石機が到着した。
十畳間くらいの大きさの荷車に積まれた木製の道具で、構造はよく分からないが、梃子の原理で人の頭程度の石を飛ばすことができるらしい。
五人の兵士がその車を押し引き、他はそれを先導するようにして、出発する。こちら外部の二人を含めて、総勢十八名になった。
森を迂回して進み、町から北東方向の山地に入る。あまり山奥までこの荷車は入れないだろうが、この辺から遠目に目撃できたということで、敵は近いのだろう。
荷車が通れる広さの草地を辿って緩い傾斜を登るうち、遠くから喧噪が聞こえてきた。何やら甲高い咆哮も混じって聞こえる。
わずかに樹木が集中した間を抜け、眼前が開けた。
「おお」
「あそこだ!」
十メートルほどの岩混じりの地面の向こうが、峡谷になっている。
正面方向数十メートル、横向き百メートル以上にわたって地面が切り裂かれ、深い谷底が見えている。こちら側はそれでも急ながら傾斜になっているようだが、谷を越えた向こうはほぼ垂直に岩肌が露出した崖の格好だ。
その崖の上で、怪獣が暴れていた。
本当に何かの冗談かと思えるほどに、特撮の怪獣そのままだ。最も馴染み深いゴ○ラの見た目から、何というんだっけか背中のビラビラみたいなのがなくなっているだけ、と言えばほとんどの日本人には通じそうだ。
百メートル程度離れているので定かではないが、周りに対峙する人間と比較して、確かに身長十メートル近くはあるらしい。
そう、その大型魔物から距離をとりながら、数人の兵士が取り囲んでいるのだ。
剣は通用しないということらしく手にはせず、もっぱら弓矢と投石で巨大生物を牽制しているという格好だ。
「うむ、作戦通りだな」こちらで、小隊長が頷く。「あの崖っ縁までの誘導には、成功したようだ」
「よし、投石機用意!」
周りで、慌ただしく兵士たちが動き出す。
向こう岸では、数えると七人の兵士が矢を射かけては退き、逆側から石を投げては下がり、をくり返している。
それに対して魔物の口から火が噴き出し、辛うじて兵士は身を躱す。
大きな尻尾が振り回され、何とか直撃を避けて兵士が転がる。
そうして攻撃を避けながら牽制行動をくり返し、ここまで魔物を誘導してきたらしい。
矢も石も、ほとんど相手にダメージを与えていない。
そのため、何とかしてこの谷底へ突き落とすことを目標に、移動してきたということだろう。
「七人か」小隊長が、顔をしかめた。「三人は犠牲になったということか」
「ですね」隣の兵士が頷く。「少なくとも動きがとれなくなったと思われます」
「これ以上被害を出すことはできん。とにかく、この谷を越えさせない。投石機の狙いをつけろ!」
「はい!」
「お前たち、距離をとれ!」
大声で呼びかけると、向こうの兵士たちが即座に後ろに下がった。
ぶおん、と風を切る音とともに木のアームが振るわれ、大きな石が飛ばされる。
狙い過たず、石は魔物の頭に命中した。
「おお!」
「やった!」
こちらから、歓声が上がった。
しかしそれは、すぐに失望の溜息に変わる。
ほとんど身体を傾けることさえなく、魔物は醜怪な顔をこちらに向け直しただけだった。
がああああ、と大きな口から咆哮が上がる。
続けて、大きく息を吸い込む仕草。
次の瞬間、そこから炎の渦が吐き出された。
「わあ!」
「避けろ!」
喚声を上げて、兵士たちは左右に分かれた。
今まで集まり立っていた地面に着弾、たちまち草が黒々と焼かれていく。
慌てて、投石機操作以外のみんなで消火。こちら二人も、それを手伝う。
幸いすぐに火は消え、投石機の荷車には届かなかった。
「続けて撃て! 足元を狙え!」
「は!」
頭に石が命中しても、傷一つつけることができない。
仕方なく足を目標にして、何とか谷への落下を狙おうということらしい。
こちらを攻撃目標に定めて、魔物は崖っ縁近くに寄ってきている。少し足をふらつかせることができれば、落下も不可能ではなさそうだ。
しかし相手の重心は、かなり安定して見える。何しろ外観は恐竜図鑑で見たティラノサウルスなどよりもずっと下肢が太く、本当に特撮怪獣そのままにがっしりしているようなのだ。
次の投石が膝の辺りに命中しても、痛がる素振りさえない。
両側から射掛けられる矢や石をうるさそうに手で払いながら、こちらに向けてまた口を開く。ぶおお、と音が聞こえそうな勢いで、炎が谷を越えて飛んでくる。
それに怯まず、こちらでは次の石が発射された。あまり間を置かず、連投が可能のようだ。
今度の石は、魔物の足元に着弾した。ぐわん、と地響きを立てて、奥へと転がっていく。
「続けろ! 何度でも撃て!」
「は!」
とにかく、向こうの兵士たちの矢はほとんど効果を見せていない。
こちらから矢を射ても、ようやく届くかどうか。まず傷一つつけることはできないだろう。
ということから、攻撃の希望は投石で魔物の足元を揺るがせて谷底へ落下させる、その一点に尽きるのだ。
できる限りの連発で、石を投じ続ける。
それに対して、何度も火のブレスが谷を越えてくる。
延焼を防ごうと、何人もが消火に当たる。
炎の直撃を避けながら、投石が続けられる。
魔物の足に、地面に、時には下へ逸れて崖の岩肌に、石が衝突を続ける。
しかし相手に傷一つつけられず、用意した石もやがて尽きてしまいそうだ。
見守りながら、トーシャが唸りを漏らした。
「くそ、さっぱり効果が上がらねえ」
「だな」
攻撃は投石機に限られて、自慢の剣を抜くこともできない。焦れったく、トーシャは歯噛みを続けているようだ。
その隣で、着弾を見守り、タイミングを計るのに神経を集中していた。
石が、放たれる。
一呼吸程度の間を置いて、向こうの崖から地響きが返ってくる。
――こんなリズム、かな。
次の投石が、唸りを上げる。
今度は相手に命中せず、崖っ縁ぎりぎりの地面に落ちる。
その、瞬間。
「わああ!」
「何だ?」
周囲から一斉に、悲鳴のような声が上がった。
申し訳ありませんが、この先しばらく投稿頻度が鈍ることになりそうです。
了解いただければ幸いです。