60 駆けつけてみた
少し身体を休めてから、遊び半分の工作に興じることにする。
五メートルほど離れた先に、ほぼ水平な地面が広がっている。そこへ、さっき切り出した二十メートル×三メートル×三十センチの板を寝かせた。
以前収納しておいたセメントなども使いながら、同じ板を両側に立て、上に蓋もする。結果、両端が開いた長さ二十メートルの石の箱ができあがる。
試しに中に潜り込むと、幅と高さがそれぞれ二メートル以上で、まあ何とか人の立ったり寝転んだりが余裕の広さだ。十人以上が入ることができるシェルターのような用途に適うだろう。
外に出て、両側の開いた部分も石の板で塞ぎ、『収納』した。
つまりはこれで、オオカミモドキのような魔物の襲撃を受けたとき、少なくとも子どもたちが逃げ込むことができる場所が作れる。
こんなものを何処から取り出したか説明に窮するわけだが、もしものときの最終手段としては使えるだろう。
――もっと大きく強力な魔物なら、難しいかもしれないが。
あのガブリンでも、最初の一撃は防げるだろう。子どもたちを保護しておいて、外では頭上からの岩石落としで敵を屠るということなら可能だと思う。
魔物の類いは、また別のものが現れないとも限らない現状だ。避難の方法はいろいろ用意しておいた方がいい。
問題は、もっと強力な魔物の対策と――。
――もし空を飛ぶ類いの奴が出てきたら、現状お手上げなんだよな。
かの小説の類いなら、そろそろ順番としてそんなものが登場してもおかしくない。
ふつうサイズより少し大きい程度の虫や鳥やコウモリなどなら、今のシェルターで防御可能か。
しかしこれも小説によく出てくる、ワイバーン《翼竜》とかコカトリス《鶏蛇竜?》とかいったものなら、対処のしようがないかもしれない。
空を飛ぶものなら今の町の壁では防ぎようがないし、数十メートル上空から高速で襲いかかってくるとしたら迎撃のすべもない。
ガブリン相手に何とか有効な、足元にブロックを出す、落し穴を空ける、数メートル上から岩を落とす、といった方法がまったく使えないわけだ。
そもそもこの世界に、飛道具のような武器はほぼ存在しない。
ちょっと衛兵に尋ねてみたところ、投石機なら存在して、この町にも三機ほど常備されているらしい。聞いた限りでは、人の頭くらいの大きさの石を、数十メートル飛ばせるそうだ。
しかし数十メートルというのは水平距離で、垂直方向には数メートルがせいぜいだろう。上空から高速で襲撃してくる相手に、効果があるとは到底思えない。
あと使えるのは、弓矢程度だろう。
垂直方向に強力な武器は、何か考えられないか。
――何にせよ、火薬がないから無理なんだよなあ。
この世に、火薬らしきものは存在しないようだ。
だからといって、作る知識もない。
そもそも、必要な材料が分からない。
――確か、硫黄と――あと、何だっけ?
といった程度なのだ。
森や山の中を片っ端から『鑑定』して歩いて、偶然【火薬の材料】という表示が出るのを待つ、などという幸運が期待できるような物質ではなかったように思う。
――火薬なしで、垂直方向に動力を持たせる方法……。
遊び半分、試してみることにする。
さっき採掘した巨大な岩石を取り出し、『切り取り収納』で加工するのだ。
長さ二メートルほどの筒に押し子を装着した、注射器のような形状。筒と押し子の接触面にはノウサギの脂を塗りつける。
注射器の針をつける部分は少し周囲が盛り上がった穴だけにして、そこにちょうど収まる木製の球を別に作る。
押し子をぎりぎり引き出し、先に球を装着して、丸ごと『収納』。
高さ五メートルほどの空中に、押し子を下にして取り出す。
落下して、地面に衝突。筒部分を厚くなるように作っているので、重みでぐいと下がる。
その拍子。
ボム、と音を立てて、木の球が空中に撃ち出された。
十メートルほども飛び上がっただろうか。やがて放物線を描いて落ちてくる。
――何とか、成功かな。
名称は、何と言うのか分からない。空気鉄砲とでもいうのだろうか。
とりあえずこれで、高さ十メートル程度の射撃ができることになる。
構造上、的の真下から撃ち出すしかできないわけだが。
威力もどの程度あるものか。小説のワイバーンやコカトリスを撃ち落とすには、かなり心許ない気もする。
――もう少し大きくしたら、どうなるか。
改めて同じ形状で、筒部分が長さ五メートルほどのものを作ってみる。押し子を引き出すと全体で十メートル程度になる。
同様に落下実験してみると。当然、木の球はさっきより遙か高みまで飛び上がった。
計測はできないが、数十メートル。百メートルには達していないと思う。ややしばらくの間を置いて、十数メートル先の草地に落下してきた。
玩具として遊ぶなら、なかなか面白い。
取り出す空中の高度や球の材質などいろいろ変えて実験すれば、しばらく楽しめそうだ。
しかし、武器としては――微妙な気がする。
打上げ高度はかなりのものになったが、やはり威力はそれほど望めない気がする。
空飛ぶ魔物に対して、木の球では威嚇程度にしかならないのではないか。
弾を鉄などで作れないか、先を尖らすなどはできないか、といったところで要検討、か。
――本当に、遊び気分で使うだけなら、面白いんだけどなあ。
長さ十メートルの重厚な石の道具を、高さ十メートルの空中から落下させる。
ブモン、とけたたましい音を立てて、木の球が打ち上げられる。
子どもたちに見せたら、拍手喝采で喜びそうだ。
――到底、見せるわけにはいかないけど。
いきなり空中に取り出すことだけで、ふつうの常識で考えられないミラクルだ。
道具の形状だけでも、こんなものどうやって作るんだ、と大騒ぎされてしまうだろう。岩を綺麗に削って整形し、筒と押し子がぎりぎり密着して滑り動く加減になっている。人間業で作れるとは思えない精密さになっているのだから。
――この『切り取り収納』スキル、反則的に凄すぎるよなあ。
これまでも、ミソ醸成などのための道具、枡や桶などはブルーノとルーベンに作らせてきたわけだが。
実を言うとこの『切り取り収納』で木や石を削って、ほぼ一瞬で仕上げることができる。ただ、できたものを人に見せることができないから、やらないだけだ。
そんな道具を持ち出してきても、何処から入手したのか説明できない。その上おそらく、そうそう人間の手で作れるとは思えない仕上りになってしまっているのだから。
『鑑定』と『収納』、とにかく便利すぎる。
何ができるできない以上に、できてしまったことについて人目を誤魔化すのに神経の大部分を費やさなければならない、という現状だ。
思えばこの世界に来てからひと月半程度だが、とにかくずっとこんな詐欺紛いの誤魔化しばかりに注力を続けてきた気がする。
神経を磨り減らしそうなほどに。
その意味では今日こうして一人で人目憚らない実験遊びができたのは、ストレス解消に役立ったとは言えるかもしれない。
――そう、納得しておくことにしよう。
しばらくの休息の後、よっこらしょ、と腰を上げた。
さっき見つけた荷車通行跡らしい道に戻り、辿ってみる。
やがて道は、壁建設途中の門に行き当たる。東や北の壁ができる以前のものと似通った形状、見るのは初めてだが西の門ということになるのだろう。
こちらは魔物の危険がないためか、門番が立っていない。
そのまま通過して、町中に入った。
少し離れた箇所で、壁建設工事が続いているようだ。
間もなく、道の両側には大きな造りの建物が並ぶようになった。
すぐ左手にそびえ立つのは、先日も訪れた領主邸だ。
その後も、大きな商会店舗などが続く。何度来ても妙に落ち着かない、庶民には馴染みにくい町並だ。
口入れ屋の建物が見えると、少し肩の力が抜ける思いになった。
この先はほぼ毎日出入りしている一角になる。道行く人もふつうの町民という見かけばかりだ。
顔馴染みになった人たちと会釈を交わして、ねぐらの空き地へ向かう小路に折れた。
しばらく進むと。
――あれ?
妙な気配が、漂ってきた。
見ると、道の両脇にヨーナスとマチルデが家から出てきて、先を窺っている。
先といえば、ねぐらの空き地と小屋だけなわけだが。
そこが、いつにない様子になっていた。
牛車が一台、道に停められている。
数名の男が小屋の前に立っている。
それに向かって、ブルーノとサスキアか応対しているようだが。どうにも、剣呑な雰囲気だ。
思わず、小走りになっていた。
「どうしたんだ?」
「ああ、ハック」
小屋の前で、ブルーノが顔を上げる。
対面していた男たちが、こちらを振り返る。
一人は、何処かで見たような見ないような。身なりからして、少し身分高めの商人のようだ。
その部下らしい若い男一人と、護衛か力仕事要員のような男が二人。
少し離れて立っているのは、魔物征伐の際や門番として何度か話したことがあるエッカルトという衛兵だ。
どうも、と会釈をして、そちらへ近づく。
ブルーノが代表らしい商人格好の男に声をかけた。
「済まない。俺たちでは少し理解できないから、このハックにもう一度説明してもらえないか」
「しょうがないな」
子どもたちに侮蔑めいた目を向けて、男はこちらに向き直った。
やはり、見たことがある。
確か、ヘラー商会の会長と同行していたことがあるのではないか。
「ヘラー商会の店長代理、ツェーザルだがね。この土地はうちのものになった。君たちには直ちに立ち退いてもらう」
「はあ」
「理解したかね」
「はあ。つまり、ヘラー商会さんがここを領から買いとったと」
「そういうことだ」
「証明する書類か何か、見せていただくことはできますか」
「ふん、そんな義理もないが、いいだろう」
ツェーザルは、隣の部下に顎をしゃくった。
義理はない、と言いながら、用意はしてあったらしい。
羊皮紙だろうか、見たことのない高級感のある紙様のものに、文字が書き連ねられている。
当然細かくは分からないが、確かに土地所有に関する証書のようだ。ここを指すらしい住所、「土地とそれに付随するものすべて」という意味の記述が読みとれる。
読んでいると、傍に寄った衛兵が頷きかけてきた。
「確かにまちがいない。この土地に関する権利書だ」
「そうですか」
どうも面倒を避けるために、こういう保証をする目的もあって衛兵を同行させてきたらしい。
エッカルトとは門の出入りなどでかなり好意的な調子でやりとりするようになっている関係なので、とりあえず信用してよさそうだ。
顔を上げると、ツェーザルが続けてきた。
「そういうことだ。ここにあるものすべてが、うちの商会の所有になる。不法に住みついた者たちは、直ちにこのまま立ち退いてもらう」
「はあ」
それが事実なら、従う他はない。
まあ、近々移転は検討していたところだ。急いでイザーク商会に相談すれば、転居先も見つかるのではないか。
そう考えながら。
ふと、相手の口調、言い回しのようなものが気になった。